夜の帳が下りた東都水族館内の二輪式大型観覧車内部に、小さく足音が響いている。
「絶対に外に出るな」と言い残して上の方へ行った赤井さんとは別行動で、私なりに内部の調査をした結果、大体の通路と所々にある小さな空間の構図は把握出来た。
ついでに監視カメラも無いようだし、この内部に奴らが乗り込んでこない限りどうにかなるだろう。
勿論、意味深に張り巡らされたコードの意味を考えるなら、奴らが此処に侵入する可能性は限りなく0に近いはずだけど。

そろそろ赤井さんと合流でもしようか。
携帯は使えないから私も上まで行くしかないが、そもそも上って何処まで上に行ったんだろう。


「───!」
「────!!」
「──!」


その時、激しい衝突音と共に何やら声が聞こえた。
慌てて振り返り向かいの通路の奥を目を凝らして見れば、よく知った男2人が一触即発状態ではないか。
いや、あの怪我の具合から見て、寧ろもう触れて爆発した後だ。
相変わらずの仲の悪さに思わず舌打ちをして急いでそちらへ駆け寄りながら、大きく息を吸い込み、出来るだけ大声で叫ぶ。


「安室さん!赤井さんからは嫌味しか返ってこないって言いましたよね!?赤井さん!安室さんを煽らないでって言いましたよね!?」
「お願いだ!そこにいるなら手を貸して!奴らが仕掛けてくる前に爆弾を解除しとかないと、大変なことに…!」


───え?


「絵里衣さん!?何で絵里衣さんまで!?」
「いや、此処に小学生がいる方がおかしいからね?」


何故か重なった声に手摺りから身を乗り出せば、下には驚いた様子のコナン君がいた。
確かに普段裏にいるはずの私が此処にいるのは意外だろうけど……小学生がいる方が明らかに不自然だから。


「本当か?コナン君」
「安室さん!?どうやって此処に!?」
「その説明は後だ。それよりも爆弾は何処に!?」


cool kidなコナン君も、本職が本職な零さんもいるという奇怪な状況は凄く頼もしいはずなのに、何でこんな始まり方なんだ。
思わず頭を抱えながら赤井さんに視線をやれば、彼はその両の翡翠だけで「此方へ来い」と言うではないか。
小さく頷いてみせると、彼は零さんを放って歩き出した。


「分かった。FBIとすぐに行く!」


零さんと一瞬目が合う。
その薄い唇が動いたかと思うと、すぐに彼は階段を駆け下りていった。
声は聞こえなかったけど、多分名前を呼んだんだと思う。
多分、だけど。


「絵里衣、そっちはもう見たんだな?」
「はい、C-4らしきコードならびに本体は数ヶ所確認しています。案内しましょうか?」
「いや、位置だけ教えてくれ」


車軸の爆弾を確認に行くという赤井さんと別れ、消火器ボックスの前で蹲る零さんと小さな名探偵の元に行く。
どうやら、この中に起爆装置が設置されているらしい。


「どう?安室さん」
「もう少しだ…」


扉をナイフで慎重にこじ開けている彼の邪魔をしないように、少し離れたところに肩にかけていた楽器ケースを置いた。
遅刻の理由に使ったため、本当に楽器も入っているし、二重底もばっちり仕事をしているので意外と重いのだ。


「これでもう大丈夫だ」
「やっぱりトラップが仕掛けられていたんだね」
「ああ。安易に開けなかったのは正しい選択だったよ」


とりあえず第一関門を突破したらしい2人の背後に、赤井さんが文字通り降ってくる。
ライフルバッグも背負っておきながら、何処から飛び降りてくるんだこの人。


「赤井さん、爆薬は?」
「やはりC-4だ。非常に上手く配置されている。全てが同時に爆発したら、車軸が荷重に耐えきれず連鎖崩壊するだろう」
「なるほど。悩んでいる暇はなさそうですね」


一般客も大勢いる中、爆弾を抱えた観覧車を舞台に組織とやり合うことになるとは───こうなってしまえば、役立たずの私以外の普通じゃない男性陣には、共同戦線を張ってもらうしかない。
零さんは、この手の爆弾はよくあるタイプで解除も出来るなんて言っているし、まずはこの解体の時間稼ぎからだろうか。

楽器ケースの二重底を開け、リボルバーを取り出す。
今日は特別に、いつもは使わない銃を用意しておいたのだ。


「今度はM13か」


自身のライフルバッグを漁りながら、赤井さんが言った。
銃を得意とし、FBIでもある彼なら見知ったリボルバーだろう。
しかしそれに続いたのは、爆弾に掛かり切りの零さんの隣にいた、小さな探偵さんだった。


「M13…FBIスペシャル!?絵里衣さん、.357マグナムも使うの?」
「M13=FBIスペシャル=.357マグナムって知ってるなんて、今時の小学生はどうなってるの…?」
「こ、この間小五郎のおじさんが観てた海外ドラマにFBIが出てきてて……それで……」


頬を引き攣らせたコナン君は、両手を前で振りながら乾いた笑いを漏らす。
洞察力に記憶力に推理力に…本当に彼は小学生なんだろうか。

このS&WのM13は、FBIスペシャルと呼ばれるFBI制式採用銃として名も通った回転式拳銃である。
つまり、FBIなら知っていて当たり前のリボルバーだ。
弾は.357マグナム…体格に恵まれていない私が使用するには少々精度は期待出来ない拳銃というわけだけど、それが今回の目的だったりする。
多少精度を擲ってまでパワーが欲しい局面を想定して持ってきたのだから。
そんな局面出来れば御免被りたいけど、対組織だから何が起きるか分からないし、代わりにもう一挺使いやすいハンドガンも持ってきているから補えるだろう。


「これを使え」


そうこうしているうちに、赤井さんの空になったライフルバッグが零さん達の元へ蹴られた。
何故かさっきまでやり合っていたくせに、こういう時にちゃっかりフォローとか端から見ていると何だかむず痒い。
愛国心の強い日本警察である零さんからすれば、どうやら訳有りらしい赤井さんのどんな言動も甚だ遺憾なんだろうけど。


「そこに工具が入っている。解体は任せたぞ」
「赤井さんは?」
「爆弾があったということは、奴らは必ずこの観覧車で仕掛けてくる。そして此処にある爆弾の被害に遭わず、キュラソーの奪還を実行出来る唯一のルートは…」
「空から…!」
「そうだ。俺は元の場所に戻り、時間を稼ぐ。何としても爆弾を解除してくれ」


上を見やれば、二輪の隙間から真っ黒な空が見える。
観覧車のゴンドラからなら、さぞ綺麗な夜景が楽しめることだろう。
私がその景色を見ることはないかもしれないけれど。


「絵里衣」


名前を呼ばれ、思考を戻す。
つい感傷的になってしまっていた。
今優先すべきはキュラソー、ノックリストだ。
零さん達だけではない、母を含むその他諜報員の均衡を壊さないためにも、まずはこれを守らなければ。


「私が出来るのは、皆さんの退路確保ならびに後方支援と…後は精々一般客の避難誘導。出来る限り奴らの視界に入らぬよう、極力この観覧車内部での行動にします。既に監視カメラが設置されていないのは確認済みです」
「…本当にいい女だよ、お前は」


M13をズボンの後ろのポケットへ仕舞いながら意見を述べれば、赤井さんはいつも通り笑ってみせた。
メインとして持ってきていた自動拳銃、ベレッタM9はカーディガンのポケットへ。
彼の発言が直球になってきた辺りは気になるところだが、とりあえず私の判断は正解だったようだから放っておこう。

しかしそんなに単純に物事は進まないらしく、起爆装置の基板を眺める零さんから、聞きたくない話が飛んできた。


「ジンとベルモットは、消息不明の『お姫様』によく似た絵里衣さんが、この東都水族館に来ていることを知っています。場合によっては生け捕りにするつもりですよ」


思わず息を飲んだのは私だけではない。
事態を薄々察していた赤井さんも、そして私が追われる側だと知っているコナン君も、零さんの発言に動きを止める。
昨晩の時点で想定内ではあるけれど、事が終わるまで、観覧車から一歩たりとも出られないんじゃないだろうか。


「…昨夜のカーチェイスの際、キュラソーが私を見て『お姫様』と言った時点で、覚悟はしていました」
「じゃあ何故此処に来たんです?まさか彼に無理矢理…というわけではないでしょう」


零さんが鋭く横目をやったのは、赤井さんだ。
毛嫌いしている相手同士だと言うのは身を以て知っているから、いい加減こんな時ぐらい喧嘩を売るのはやめてほしい。


「赤井さんは関係ありません。ノックリストに母が載っている可能性があったので、私の意志で同席しているだけです」
「そうか、絵里衣さんのお母さんはイタリアの…」


記憶力に優れ、何故か諜報組織事情にも明るいらしいコナン君は、前に話した我が斎藤家の諜報員についてもしっかり記憶してくれているらしい。
彼が敵なら、私はとっくに死んでいるだろう。


「SISMIの狼が載っているか、ご存知ですよね?」


そう言えば、暫しの沈黙の後、零さんは口を開いてくれた。
ぼかした回答ではあったけど、本来であればその職に就いていることすら他言無用なのだから信じられない程の妥協だ。


「………かつて貴女も暮らしていたこの日本を、甘く見てもらっては困ります」
「であれば、やはり引けません。私が尋ね人だと明るみに出ることも想定して、消息を絶つ準備もしてありますからご安心を」
「僕がそれを許すとでも?」


手を止めた零さんが此方を振り返る。
その双眸は怖いぐらい鋭くて、彼が本気なのだと伝わってきた。
獰猛なまでにぎらつくプレッシャーは、穏やかな口調に不釣り合いな程に荒々しい。
でも私だって、そう簡単に引くわけにはいかないのだ。


「じゃあ守ってよ」


零さんが3つの顔で各任務を遂行しているように、私にだって任務はある。
自分の立場も力も分かっているつもりだ。
だからこそ、自分のために、家族のために、大切な人達のために、今私はあえて此処にいるんだから。


「組織としても、探偵としても、公安としても、全部こなした上で私も守ってみせて下さいよ」


私より頭も良くて、行動力もあって、何でも出来て、父に認められる程の力がある優秀な貴方なら、こんなの挑発にもなりませんよね?


「貴女が嫌だと泣いてもそうしてみせます。必ず」


それだけ言うと、彼はまた爆弾の解体作業へ戻った。
それを合図に、赤井さんが駆け出す。
私も楽器ケースを背負い直すと足を動かした───が、すぐにコナン君の疑問の声に立ち止まることとなった。


「絵里衣さん、楽器ケース持って行くの!?」
「これには本物が入ってるし…もし楽器もケースも買い直すことになったら、結構出費なの」
「へ?」


想定外の回答だったせいか、ぽかんとしてしまったコナン君に、微笑を付け足してから走り出す。
本物のバイオリンが中に入っているのは本当だし、此処に楽器とケースを置き去りにして結局壊れて買い直しなんてことになると出費が嵩むのも本当だ。
だが真の理由は勿論、二重底に忍ばせてある『お姫様』になるアイテムである。
彼らに見られるわけにいかない、そして私としても手放すわけにいかない。
今回、絶対にしくじってはいけないのだから。


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