わざわざ入口付近まで引き返して貰ってきたパンフレットに載っている地図を頼りに、ある程度の距離を保ちながら周囲を調べていく。
わりとあちらこちらに目を配って敷地内を練り歩いたつもりだが、目立つ風貌の人影はなかった。
途中男子大学生のグループに声をかけられはしたものの、私を付け狙うような視線も感じないし、これでお開きが無難だろう。
実はメインシンボルである観覧車には乗っていないのだが、いくら視界が開けると言っても、女1人で乗るのは怪しすぎるためさすがに自重しておくことにしたのである。


「……?」


パンフレットを畳んでハンドバッグに押し込んでいると、何だか辺りが騒がしくなってきた。
あちらは確か医務室などがある辺りではないだろうか。
人の波を縫いながら歩みを進めると、そこにいたのは今日此処で合流する約束をしていた小さな友人達だった。


「哀ちゃん」
「絵里衣さん…!」


一番冷静に状況を説明してくれるであろう哀ちゃんに声をかけたのだが、私に気付いた彼女の表情は瞬く間に凍り付いてしまう。
慌てて駆け寄って私の服を掴むと、彼女は必死の形相で首を左右に振った。
普段、見た目より遥かに大人びて見える彼女からは想像出来ない程の慌て方だ。


「駄目、絵里衣さん、貴女も───!」
「あー!絵里衣お姉さんだぁ!」
「おせーぞ!」
「お久しぶりです!」


その切羽詰まった緊張感を裂いたのは、少年探偵団の歩美ちゃん、元太君、光彦君。
怯えた様子の哀ちゃんの背に手を添えながら、私は少年少女と目が合うようにしゃがんだ。
3人はいつも通りキラキラした笑顔で、私との合流を遅いと咎めながらも喜んでくれる。
そして今まで少年探偵団として、記憶喪失の女性と一緒にいたのだと話してくれた。
その女性が観覧車で発作を起こしたため、これから病院へと搬送されるらしい。
会話の隙にちらりと哀ちゃんに視線をやれば、口を真一文字に結んだ彼女は私をまっすぐ見つめたままやはり小さく首を振った。
嫌な予感しかしない。


「そっか…じゃあ残念だけど皆帰ろうか。実は私も用事が出来ちゃったから、行かなくちゃいけなくて」
「「「えー!」」」
「また予定が合う時に、今度こそ一緒に観覧車に乗ろうね」


指切りげんまん、と約束すれば、不満そうな3人も納得してくれ、最後には大きく手を振りながら博士の元へ駆けていった。
平和が去り静かになったところで、未だ周囲に気を配る哀ちゃんにそっと耳打ちする。


「この件が解決するまで、哀ちゃんも含めて皆私に連絡しないで。絶対に」
「まさか、絵里衣さん…!」
「ごめんね、本職でちょっと…」
「……気を付けて」


私の状況を察したらしい哀ちゃんも、表情は暗いまま分かったと頷くと博士達の方へと走っていった。
死ぬ気はないし、やり過ごす気ではいるものの、危険な状況であるのは自覚済みである。
この状態を何処まで知っているか分からないけれど、早く赤井さんと合流しなければ。
ハンドバッグから携帯を取り出し、我らが捜査官に連絡するもコール音のみで繋がらない。
彼が電話に出ることが出来ないような状況───まさか、何かあった?
いや、そうであるならまず私に一報があってもいいだろう。
今回は除け者にされる方が後々面倒なことになるのだから。

さて、此処から移動するか、それとも下手に動かず待機するか。
どう転んでも50:50とは嫌な選択肢だ。
水族館での収穫がほぼなかった点を踏まえると、後の選択肢の多様さを評価して後者が無難だろうけど。
更に付け加えるなら、もし奴らが私の存在を把握しているのならこの水族館にいる間に接触する方が好ましい。
これだけ人が行き交っているのだから、目撃者なしにはならないはず。


「えっ、絵里衣さん!?」
「絵里衣さん…?おお、絵里衣さんじゃないですか!相変わらずお綺麗ですなー!」


暫し思考を巡らせていると、背後から声をかけられた。
此方に向かってくるのは、cool kidなコナン君と毛利探偵だ。


「コナン君、毛利名探偵、お久しぶりです」


笑顔な毛利探偵とは対照的に、哀ちゃん同様神妙な面持ちのコナン君が駆け寄ってくる。
彼に合わせて耳を傾ければ、内容は概ね歩美ちゃん達から聞いた通りだった。
記憶喪失の外国人女性と出会ったこと、その女性が銀髪にオッドアイという特徴的な容姿であること、尋常じゃない身体能力で元太君を救ってくれたこと、何やら生まれつき特殊な脳をしているらしいこと、観覧車に乗って発作を起こしたこと、元々コナン君が手を回していた警視庁に身柄が引き渡され警察病院に搬送されたこと───。
最後に、組織のNo.2ではないかと哀ちゃんが疑っていると付け加えられれば、彼女があれだけ必死だった理由も分かる。
しかもその疑念はほぼ正解なのだから、少年少女達を帰宅させたのは文句のつけようもない花丸だ。
先程まで彼らと行動を共にしていたと言う記憶喪失の外国人女性は、間違いなく、昨晩私をお姫様と呼んだあの女である。


「実は私、これから沖矢さんと会わないといけなくて…」
「昴さんに…?」
「ちょっと時間がかかりそうだし、最悪戻ってこれないから、落ち着くまで連絡はしないでほしい」
「………どうしても、どうしても必要になったら、してもいいよね?」
「私には駄目よ。絶対に」
「絵里衣さん…」


不安そうに私を呼ぶコナン君は、今の会話で、私が本職でこの件に深く関わる必要があると理解したらしい。
期待通り、そして予想通りではあるけど、それにしても彼はとんだ頭脳の持ち主だ。
もう何度も見てきてはいるが、毎回毎回言葉も出ない鋭さである。
赤井さんが沖矢さんとして生活出来るのも、彼の頭脳と人脈のお陰だし。

コナン君達と別れたところで、携帯が鈍く振動した。
折り返し連絡をくれた彼に、把握している状況を手短に告げる。
頭も良ければ捜査技術も十分な赤井さんは、それだけで次の展開が見えるらしい。


『東都警察病院まで来れるか』
「すぐ向かいます」


肩に食い込む楽器ケースを背負い直すと、私は急いで東都警察病院へと向かった。
途中、既に話が通っているジェイムズさんと動いているであろう親友に、現状把握しているキーワードを端的に記載しただけのメールを送っておく。
これで必要があれば、ジョディからコナン君に連絡がいくはずだ。
送信完了を確認してから、私はその履歴を削除した。








「お疲れ様です」
「早かったな」


東都警察病院の入口から少し離れた道路脇に、赤い厳つい車が停まっている。
車種は知らないが、昨晩これで激しめのドライブをした挙げ句色々あったのだから間違えるはずはない。
助手席に乗り込み、楽器ケースを後部座席へと押しやると、左側から見慣れたメーカーの缶コーヒーが差し出される。


「奢りだ」
「ありがとうございます」


移動ばかりで喉が渇いていたから有り難い。
ごくごく喉を鳴らさん勢いで缶を傾けていたら、何故か鼻で笑われた。
何だか気まずくて横目で見れば、今度は翡翠が意地悪く輝く。


「どうした」
「いえ、何も」


ややこしい言い回しだけならまだしも、それっぽい行動は心臓に悪い。
早々に空になった缶を足元のダストボックスに押し込み、私はハンドバッグから携帯電話を取り出した。
着信はなし、最後に受信していたジョディからの了解メールを削除してから、電源を落とす。


「賢明な判断だな」
「巻き込むぐらいなら、死んだ方がましですから」


その時、警察病院の駐車場にフォルムが綺麗な白い車が入っていった。
それは、昨晩共にカーチェイスを繰り広げたRX-7、零さんの車だ。
私が息を飲むのと同時に、隣の赤井さんもぴくりと反応する。
何故か警察病院にやってきた光彦君、元太君、歩美ちゃん達と入れ違いの形で、零さんの車がすぐに出てきたのだ。
隣に金髪の美女───ベルモットを乗せて。
3人組は例の女、少年探偵団として記憶を取り戻す協力をしていたキュラソーに単に会いに来たのだろうけど、零さんとベルモットはその微笑ましさと正反対の会話を交わしたのだろう。

小さな舌打ちと共に、赤井さんは車を走らせた。
しっかりと距離を取った上で零さんを追いかける。
変な胸騒ぎのせいで心臓が痛い。
いや、変な胸騒ぎじゃない…私は確信しているのだ。
ノックリストに載っていたとキュラソーから伝え聞いたベルモットが、裏切り者のバーボンを始末しようとしている、と。
当然、赤井さんもこれに気付いたからキュラソーではなくバーボン追跡に切り替えざるを得なくなったわけだ。
馬も合わなければ立場上は助ける必要もない零さんのフォローに回ってくれるかは分からないけど、彼が始末されるのなら、同じくノックリストに載っていたであろう水無怜奈ことキールも始末されるはずだし。
FBIとしては、わざわざ偽装工作までした協力者でもあるCIAの諜報員を失うのは痛い。

零さんの車は迷うことなく港の倉庫街へと入っていく。
陽の下に出るわけにいかない面々が、公に出来ない行動に出るには打ってつけの場ではないか。


「此処にいろ。非常事態以外動くなよ」


粗方目的地が分かったところで目立つ車を脇道に停車させた赤井さんは、私にそれだけ言うとライフルバッグを背負って行ってしまった。
出番がないのは分かっていたし、みすみす奴らの前に姿を出す気はないものの、このお荷物感は如何なものだろう。

ぼんやり橙に染まる夕暮れをただ眺めているわけにもいかず、私は後部座席から楽器ケースを引き寄せた。
膝の上で蓋を開け、二重底も開けていく。
そこに現れたのは拳銃二挺と弾丸、そして最終手段の染色料だ。

立場を弁えろ、それでいて出るところを誤るな。
常に考え、冷静に、機会を逃すことなく食らいつけ。

何事もなかったかのように楽器ケースに蓋をすると、何事もなかったかのようにそれを後部座席の同じ位置へ戻した。
それから少しして戻ってきた赤井さんに、何事もなかったかのように声をかける。


「ご無事で何よりです」
「待ては出来たようだな」


運転席に乗り込みシートベルトを締めた赤井さんは、悪戯に笑ってみせると先程の出来事を掻い摘まんで話しながらハンドルを切った。
向かうは東都水族館だ。


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