東都水族館内のレストランの窓際席を確保した美しい女は、その空間に不釣り合いなノートパソコンと小型カメラをテーブル上へと用意した。
昨夜警察庁に侵入し、日本警察の追撃で追い込まれ姿を消した仲間の捜索のためだ。
今朝事故現場付近で見かけた彼女のジャケットから推測するに、まさかとは思うが、この東都水族館近辺に身を潜めている可能性が浮上したのである。

マナーとして注文した紅茶は置き去りのまま、女───ベルモットはPCで顔認証プログラムを起動させた。
尋ね人の本来の姿は、長い銀髪にオッドアイと目立つ容姿だ。
そのままの姿でいるのなら肉眼でも容易に確認出来る程なのだから、プログラムの手にかかればあっと言う間だろう。


「…いた」


案の定、プログラムはすぐに大衆の中から目的の人物を弾き出す。
ベルモットが双眼鏡でその場所を見下ろせば、間違いなく昨晩から音信不通な仲間がいた。
用は済んだとさっさと不釣り合いなものを片付けつつ、千の顔を持つ魔女は美しく魅惑的な口元に弧を描きながら、右耳に装着した通信機のボタンを押す。
しかし使命を果たしたカメラを仕舞う途中、何かを検知したらしくPCのシャットダウンに時間を取られることとなった。


「見つけたわ、ジン」
『何処にいた?』
「東都水族館よ」
『水族館…?』
「ええ、安心して。すぐに連れて帰るわ」


用件を手短に報告し通信を切ろうとした時、ベルモットがはっと息を飲む。
その小さな動揺を察した男が、電波の先で何事かと問いただした。


「ちょっと待って…」


麗しい容貌を驚きに強張らせた彼女の視線の先、シャットダウン出来なかったノートパソコンの画面に新たなウィンドウが開かれている。
そこに綴られた文言は『princess』。
princessとは、とある事情で組織が消息を追っている、東洋系のある女の通称だ。
つまりこれは、ベルモットも予想だにしなかった朗報だった。

急いで画面を操作し、その該当の人物を確認する。
小柄な東洋系の女は、薄い茶色の髪を靡かせながらベンチへと腰掛けた。
何やら電話をしているらしい。
裾に大きめのフリルがついた白のブラウスと動きやすそうな濃い色の細身のボトム、そしてゆったり羽織ったパステルカラーのカーディガンと、一見小綺麗な印象を与える女性だ。
整った容姿も相俟ってか、遠くから見ても気品が感じられる。
髪の色や雰囲気はベルモットがかつて見たことのある彼女とは多少異なるが、確かによく似ているようだ。


「…まさかこんな所で『お姫様』候補を見つけるなんて」
『何…?』
「認証照合率は67%だけれど…確かによく似ているわ」
『フン…ワシントンで橋から落ち消息不明と聞いていたが、姿を変え日本に潜んでいたというわけか』


細められた女優の目が、再度彼女を捉える。
これがお姫様の仮初めの姿と言うのなら、些かおざなりにも思えるクオリティの変装だ。


「さぁ、どうかしら。姿を変えるなら、もうちょっと上手く変装してシステムにも引っかからないようにすると思うけど…。ひとまずはキュラソーを優先でいいのよね」
『ああ…』


今度こそ通信を切ると、そそくさと荷物を纏めたベルモットは足早にその場を去っていく。
琥珀色の紅茶だけが、冷たくその場に取り残された。



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