バスジャック事件の事情聴取終了後、解放された私は何処からともなく現れた赤井さんに拉致される形で車へと押し込まれた。
彼の愛車は日本ではあまり見ない左ハンドル───つまり外車だ。
アメリカでの暮らしに慣れている私からすれば普通だが、この国では少々目立つ気がする。
何か厳ついし。


「ドライブに付き合ってもらおうか、お嬢さん。なに、素直に話せばそんなに時間は取らせんさ」
「…言葉をもうちょっと選んでいただけませんかね」


家まで送ってくれるんだろうけど、それにしても赤井さん、凄く楽しそう。
ややこしい言い回しと時折ニヒルにすら見える笑みのせいで、いろんな物が台無しになっている半面、いろんな物の魅力が倍増しているのだから憎らしい。


「で、何を話せばいいんですか?」
「そうだな…まずは此処での生活について聞かせてもらおうか。見た目は少々変わったが、名前はそのままらしいしな」


手慣れた様子でハンドルを切りながら、ちらりと翡翠が向けられる。
怪我のことも含め、全部話したのはジェイムズさんだけだし、そもそもジョディですら此方に来てから顔を合わせたのは今日が初めてだ。
ましてやそのタイミングで赤井さんにも対面することになろうとは、まさか思ってもみなかったけど。


「向こうで起きた銃殺事件から私の特徴を掴んではいるようだったので、髪は地毛に戻して化粧も変えました。が、名前は別に世間的に珍しいものでもなかったのでそのままに」
「何かあった際に、組織の目が自分に向くよう仕込んでいるわけか。お前を囮に使うつもりはないと言ったはずなんだが」
「承諾した覚えも納得した覚えもありません」
「成程、斎藤を相手にする時は相当頭を使う必要があるらしい」


前々から思っていたけれど、この人の頭の中はどうなっているのだろうか。
私のちんけな考えなんて鼻で笑われるレベルだろうし、例え私が必死に頭を悩ませたものだとしても、鼻で笑う前に不要な情報としてそもそも眼中にすら入らない気がする。
最初から敵うはずのない相手だからこそ味方としては心強いが、別の意味で恐怖とも隣り合わせだ。


「…その髪は地毛だと言ったな」
「ああ、はい。地毛ですよ。半分は日本ですが、鷲と狼の間の子なので」
「ホー…」
「あれ、ジョディから聞いてませんか?」
「入局試験時に出会った東洋系の美人で、成績が優秀だったために即鳥籠入りして名が消えた異例中の異例の女、としか」
「それ本当に私のことですかね。何か盛られてますけど…」


おい、ジョディ。
彼になんて説明をしてくれているのか。
入局試験時に出会ったのは正解だし、即鳥籠入りして名簿から名前が消えたのも正解だが、その他が少々盛られている。
私はけして成績優秀というわけではなく、親の名で鳥籠入りしたのだから。
美人という表現も含め、ジョディのことだからリップサービス込みでそう説明したのだろうが、赤井さんが真に受けるタイプじゃなくて良かった。


「これが嘘の情報だと言うのなら、是非本人の口で直接訂正してもらいたいところだな」
「そうきますか…」
「何せ相手はあの『鳥籠』だ。此方の個人情報は把握済みだろう」


彼の言う通り、鳥籠には莫大な個人情報も眠っている。
だから、鳥籠に入る権利のある私は、捜査官1人の個人情報を手に入れるなんて朝飯前というわけだから、フェアではないと言いたいのだろう。
だが忘れないでいただきたい。
私は彼の個人情報を知る必要もなければ、当分鳥籠に戻ることもないのだ。


「知ろうと思えば知れますが知りませんし、当分あそこには戻りませんのでイーブンですよ。お友達としてこれから宜しくレベルです」
「お友達、な。中々面白いじゃないか。じゃあその友人である斎藤は、俺に茶の一杯でもご馳走してくれるよな?」
「え?」


緩やかに車が停まった。
いつの間にか見慣れたアパート付近に到着していたらしい。
そして一応家まで送り届けてくれた赤井さんは、しっかり我が家に上がり込むつもりだと。
この人は、本当に根掘り葉掘り聞き出すつもりなのか。


「………どうぞ」


と分かっていても彼を追い払うなんてスキルを持ち合わせているはずもないので、我が家で一番高価であろうソファーに座っていただいた。
生憎広くはないから、私はベッドに腰掛けながらコーヒーを啜る。
急な帰省となったため家具は適当に安い物を近場で見繕ったのだが、ゆったり足を伸ばしてリラックス出来るようにソファーだけはそこそこの物を購入したのだ。

いつも通り無表情のままコーヒーに口をつけると、赤井さんは徐に立ち上がった。
そのまま玄関へ向かってくれれば良いのだが、当然そんなこともなく此方へ歩いてきたかと思うと、何故かマグカップを取り上げられる。


「脱げ」
「は?」
「自分で出来ないようなら手を貸すが」


マグカップをサイドテーブルに避難させると、ずいと迫ってきた赤井さんと壁に挟まれる形となってしまった。
そんな色っぽい事実は欠片もないのだが、セリフが直球すぎて羞恥が募る。
多分、彼は私の傷を確認したいのだ。
でもだからって、普通異性の前で脱がないですから!


「ちょっ…赤井さんストップ!やめて下さい…!」
「焦らされるのは苦手でな」
「分かりました、分かりましたから!」


セーターの裾にかけられた、数秒の葛藤も許せなかったらしい赤井さんの手を両手で押さえれば、ニヤリと意地悪そうな笑みが返ってきた。
インナーを着ているとは言え、ベッドの上で壁際に追い込まれてセーターを脱がされるなんて構図、恥ずかしくて死ぬ。
ついでにこのアパートは壁も薄いから、大声を出したら様々な憶測が飛び交うことになるだろう。

大きく溜め息を吐きながら、右手だけセーターから引き抜き前へ出した。
予想通り、朝巻き直した包帯には赤い筋が滲んでいる。
それを数秒眺めたかと思うと、彼は思ったよりも優しくそれを解いていった。


「聞かせてもらおうか」
「約1週間前の夜、本部からすぐの脇道で後ろから1人の男に声をかけられました。私が機敏に反応したせいか、その際発砲され、このザマです」
「男は?」
「死んでます。20代ぐらいで上下共にグレーか黒の服、中肉中背。おそらく東洋人ですがこれといって特徴のない顔でした。マフィアとすれば品のない笑い方をしてたぐらいで」


目前に晒された傷を前に、赤井さんの眉根に皺が刻まれる。
骨に影響はないが、男が放った弾丸は二の腕の外側の肉をがっつり抉ってくれたのだ。


「何処まで聞き出せた?」
「誰かを捜していること、そのため私の顔を確認したがっていること、確認した結果私が尋ね人で生きて連れて帰る必要があること…ぐらいですかね。詳しく訊く前にあの世に逃げられたので」
「大した情報はなかっただろうが、少々惜しいな…」
「申し訳ありません。起爆装置を作動させる力が残っているとは想定外でした」


赤井さんが部屋を見渡し、出しっ放しであった消毒液やら薬やら包帯やらがごちゃ混ぜになっている薬局の袋を手繰り寄せる。
医者以外の人に丁寧に処置されるなんて、何だか胸がざわざわして擽ったい。


「自爆か」
「はい」
「つまりお前は、右腕を撃たれ負傷した後犯人を戦闘不能にはしたが、最終的に自爆されたんだな?」
「……そうですけど」
「つくづく人事部にしておくには勿体ないと思うよ」


駄目だ、盛られてる。
失態なのに、何故か私の功績盛られて評価上がってる。
いや、もしかして逆で今までが低すぎたとか?


「まさか1人処理してから此方に来ていたとはな…」
「怪我して奴らの仲間に逃げられただけですけど…家だってそのままですし。私がやったことなんて鳥籠対策ぐらいです」
「鳥籠対策?」


真新しい包帯を選別していた手が止まった。
薬局で適当に籠に放り込んだ包帯数点は全てメーカーが違うものだったはずだが、包帯にも得手不得手があるのだろうか。


「鳥籠への入り方ってご存知ですか?」
「いや…」
「正式な個数は私も知らないのですが、所謂生体認証を幾つもクリアしないといけないんです。だから風邪なんて引いてたら絶対入れませんし、生きた本人でないと突破出来ません」
「認証データの抹消か…」
「はい。カイルに頼んで、ボタン1つで私の認証を全て削除出来るようにしてあります」
「……………」


帰省を持ち掛けられた時、真っ先にどうにかしなければならなかったのは鳥籠だ。
言わば、生きた人間が鍵になっているあの部屋に簡単に入られるわけにはいかないから。
脅されようが何されようが組織の人間に荷担する気はないが、万が一ということだってあるだろう。
赤井さんは特に意見を述べたりしなかったが、この沈黙は悪いものではないと思いたい。


「…ひとまずは、今まで通り民間人として生活しておいてくれ。何かあれば連絡するように」
「分かりました」
「それから、面倒事には関わるなよ」
「それはお約束出来ないですけど…。ちょっと個人的に気になることもあるので」


自分でやるより遥かに綺麗に包帯を巻き直してくれた赤井さんは、どうやら相当器用な人らしい。
頭が良くて行動力があって銃の腕も良くて分かりにくいけど優しくて何でも出来るって、神はこの人に才を与えすぎだと思う。
少しぐらい私に分けてくれてもいいのに。


「…極力大人しくしていろ」
「善処します」


どうやらこれで用事は済んだらしく、赤井さんはコーヒーを飲み干すと、すたすた玄関へ向かっていく。
慌てて後を追って見送れば、振り返った彼の利き手が頭に乗せられた。


「また顔を見に来る。くれぐれも表に出るな」
「元々『鳥籠』ですから。精々室内で放し飼いですよ」


頭を撫でられたのなんて何年ぶりだろう。
扉が閉まる前に見せた優しい顔を振り払うように、私は左手で鍵をかけた。


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