次に目が覚めた時、案の定私は1人ベッドで眠っていた。
ご丁寧に物理的に寝かしつけられたお陰で気分は最悪だが、点と点は既に線で繋がっている。
フィーチャーフォンだけを私に持たせているのも、その証拠。
となれば、やるべきことは1つだ。

と言うわけで、体調も幾分良くなったので好き勝手室内を調べさせてもらった結果、分かったことがいくつかある。
まず此処が、全部屋白と黒のモノトーンで統一された2LDKのマンションの一室で、私が着そうな服が数着ある以外は全く生活感がないということ。
部屋の行き来は自由だけど、玄関と思しき扉に鍵が見当たらず、そもそも開け閉めが不可だということ。
同じく鍵が見当たらない窓は、小窓もベランダに通じているのだろう窓も全てとても強い磨り硝子らしく、何処を見ても曇ったまま、光以外の情報を与えてくれないということ。
冷蔵庫には1週間程度の食料、台所には必要最低限の用具や調味料が揃っていて、食に不自由はないということ。
これらから普通に考えれば、私は彼に拉致監禁されて、何処にいるかも分からないまま脱出手段を絶たれている状態だろう。

がしかし、これが私を『外に出さないため』ではなく、『外から守るため』であれば、話は大きく変わってくる。
例えばこの窓、外の景色は朧気どころか全く見えない。
拉致監禁されている側からすれば、居場所が分からないようにされている、つまり景色を見れば何処にいるのか明確に分かるような立地であると考えるのが妥当だ。
けど裏を返せば、私が外を見るのを防いでいるのではなく、私が外から見られる可能性を排除しているということにもなる。
鍵が見当たらない扉だって、自分以外の人物は外からも中からも開錠施錠出来ないようにしているとも取れるし、生活感がないのに私の衣食が用意されている点を都合良く解釈するなら、此処は私を危険から隔離するためだけの部屋という結論に至るではないか。

もう夜も更けて、いい時間だ。
出来れば早めに答え合わせをさせてもらいたい。
彼にはこの件だけでなく、父のことも訊かなければならないのだから。
私が眠ってから沖矢昴を訪ねたと仮定して、一悶着あったとすれば、今晩は戻ってこないかもしれないけど。








「…起きていたんですね」
「此処には帰ってきてくれないかと思いました」
「何があっても戻る予定にしていましたよ」


しかしそれは杞憂に終わり、あれから1時間以上経過してから彼は戻ってきた。
疲れが見える苦笑から察するに、赤井さんとコナン君が上手くやってのけたのだろう。


「絵里衣さん」
「ミネストローネ食べます?手持ち無沙汰だったので、勝手に作ったんですけど…」
「…いいんですか?」
「訊きたいことは沢山ありますが、とてもお疲れのようですので」


肩を竦めてみせる彼は、何かを諦めたかのように「では、いただきます」と頷いてみせる。


「それからでも遅くないですよね、降谷零さん」
「約束しましたからね。全てお話しすると」


本当に心身共に参っているようだったけど、話術巧みに、彼はそれは美味しそうにスープを平らげてくれた。
その間は特に核心に触れることなく、私の体調を気遣ったり、イタリア料理であるミネストローネの豆知識を教えてくれたりと、ごく普通の遅めの夕食の時間だったように思う。


「僕のことをご存知のようなので少々説明は省きますが…僕は貴女のお父様に会ったことがあります」
「貴方が警察庁の人間であると疑い始めた時点で、その可能性に気付くべきでした」


互いに一呼吸ついてから切り出されたのは、やはり予想通りの肩書きだった。
やや失念していたが、ICPOの鷲と称される父は、そもそも警察庁からの出向でそこに在籍していたのである。
即ち安室透───降谷零は、父の同志だったのだ。


「僕の上司が貴女のお父様の元部下でして、一度ご挨拶させてもらったことがあるんです。『零君』と、とても気さくに接して下さいましたよ」
「そこで私のことを聞いたんですね。『感受性豊かで慈愛に満ち、その聡明さで何事も切り抜ける』でしたっけ───事実無根、親バカらしい感想でお恥ずかしいですけど」


園子ちゃん達とテニスに行った日、試されていたのは彼ではなく私。
今思えば、とんだ茶番劇である。


「僕のことを非常に評価して下さって、貴女にそっくりだと言う奥様の写真も見せていただきました。『もし娘が日本に来ることがあれば、余程の事態の時だ。日本警察として、可能な範囲で協力を頼む』と。お会いしたのはこの一度きりです」


父と彼の接点は分かった。
でも、自身に全く関係のない、言わば縦社会の出会いで、わざわざここまでして私を?
たった一度の、そんな邂逅で?


「腑に落ちない、という顔ですね」
「だって貴方からすれば、自分の上司の元上司、なんて遠い存在からの自分勝手なお願いと言うか…」
「確かにそうかもしれませんね」


私の向かいで淡々と話してみせる彼は、警察庁に身を置く所謂公安警察で、例の組織に潜入捜査をしている安室透ことバーボンで、そして元上司の頼みを個人的に遂行している、三重苦状態だ。
これが日本警察の、日本への忠誠心…?


「ですが僕からすれば、あのアメリカンイーグルが僕を認めてくれて、そして他でもない僕に大事な娘を託してくれたんです。日本にいる貴女を守ることは、僕の使命でもあるんですよ」


今日、安室さんは、降谷零として沖矢昴こと赤井秀一に会いに行った。
2人の関係は詳しくは知らないけど、現在不法捜査中である我々は、彼に問い詰められれば不利でしかない。
日本にいるFBIの中でもキーパーソンである赤井さんが不自由となれば、奴らと攻防も出来なくなってしまう。
そうなれば、正体を隠して日本に潜伏している『お姫様』である私が、危険に晒されやすくなる───だから私を此処に隠しただなんて、最初から全部当人は置いてきぼりで、何も知らず何も出来ず、ぬくぬくと守られているだけのまさに『お姫様』扱い。
これ以上、無関係な人を巻き込むのは御免だ。


「零さん、もう…」
「その話は聞けません。貴女は何も気にすることなんてないんですよ」
「気にすることしかありませんけど…」
「まぁそうでしょうね。ですが一時休戦にしませんか?また熱をぶり返すかもしれませんし」








こうして丸め込まれた私は、それから2日間このマンションで寝込むこととなった。
微熱を繰り返して完治に時間がかかるとは、本当に想定外である。
その間、扉を開けることが出来る唯一の存在である零さんは、短い時間ではあったけれどきちんと連絡をくれた上で介抱しにきてくれた。
ここ数日で何とも不思議な関係になったものだ。


「ありがとうございました」
「いえ、お気を付けて」


彼の車で、私が姿を消した同じ時間、同じ場所に送り届けてもらって、阿笠邸へと急ぐ。
きっと赤井さんとコナン君から事情は説明されているだろうけど、何も言わず居候が消えたのに違いはない。

大きな音を立てたつもりはないけれど、室内に入ると途端に何かが向かってきた。
思わずしゃがめば、その小さな体が勢いのまま飛び込んでくる。


「…心配したわ」
「ごめんね、哀ちゃん。ただいま」


パジャマに上着を羽織っただけの哀ちゃんを、ぎゅっと抱き締めれば「苦しい」と抗議されてしまった。
でも優しい哀ちゃんが、私の腕を振り払うことはない。


「…おかえりなさい」


この時、私の脳内は哀ちゃんで一杯だったわけで───数時間後、工藤邸に缶詰めにされ、切れ者2人に尋問の如く問い詰められることになるなんて、予想だにしていなかった。

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