ふと目が覚めると、見覚えのないベッドに横になっていた。
スプリングが軋むことなく上半身を起こせば、ホテルではない、何処かの寝室いるのだと分かる。
部屋が薄暗いのは、しっかりと黒いカーテンが閉められているからだろう。
漏れ入る日差しは明るいようだから、少なくとも夜ではない。
あっちにあるのは別の箇所に繋がっているのだろう扉で、向こうに見えるのはウォークインクローゼットだろうか。
大きな家具はこのベッドのみ、他に確認出来るのはカーテンとクローゼットと扉…とにかくこの所々が黒いだけの白い部屋は、モノトーンな雰囲気も相俟って何とも殺風景に感じる。
いや、殺風景と言うより…


「生活感がない…?」


そっとフローリングに足をつければ、想像していたような冷たさは感じなかった。
が、それとは別の冷たいモノが、背筋を駆け上がっていく。
服が違う。
私が着て出てきた、あの寝間着代わりの服じゃない。
よく思い出せ、寝てる間に何があった?
違う、寝てる間のことは思い出せない。
意識を完全に失うまでの間に、何があった───?

意を決して、まずはウォークインクローゼットと思しき扉を開いてみる。
やはり予想通りクローゼットではあったけど、そこに収められていたのは、カーディガンやトップス、ボトムに至るまで全てが女物だった。
そしてそれらはどれも、普段私が愛用しているブランドばかりなのである。
ぐらりと視界が揺れたのは、体調不良のせいだと思いたい。


「………そうだ」


私は朝、安室さんに呼び出されて、言うならば彼に拉致された。
体調不良だった私は、ろくに会話も出来ないまま車で此処に連れてこられて…少し眠ってから、安室さん付き添いで病院に行ったはず。
そして薬を貰って帰ってきて、また眠っていたのか。
結局いつこんなに可愛らしい服に着替えたのかは思い出せないけど…いや、思い出さない方が幸せかもしれない。
さっさと此処を出て、直接話をするべきだろう。


「おはようございます。気分は如何ですか?顔色は大分良くなったみたいですが…」


扉の先はリビングだった。
予想通りそこにいた安室さんは、ご丁寧に私を黒塗りのソファーへと座らせてくれる。
そして用意してあったらしい粥と水と薬を、手早くガラス張りのローテーブルへとセットした。
私が起きたら、何をして何を言うか決めていたのだろう。


「薬を飲む前に眠ってしまったので、少々焦りましたよ。朝からほとんど飲まず食わずですしね」
「安室さん」
「無理はせず、食べられるだけ食べて下さい。お口に合えばいいんですけど」
「安室さん」
「…分かって下さい。貴女を巻き込むわけにはいかないんだ」


隣に腰掛けた彼の眼差しは、驚く程真剣だ。
伸ばされた手に反射的に肩を揺らせば、優しく、酷く優しく額にその手が触れた。
ひやりとした掌は大きくて、とても大きなものを守り続けているのだと思うと、何故だか泣きたくなってくる。
どうして彼はこうも、精神的に揺さぶってくるのだろうか。


「もう巻き込まれているって、知っていますよね?」
「ええ、それでもです。さぁ食べて下さい。まだ熱はあるようですから」


促されるまま口をつければ、じわりと染み渡る旨味にただただ目を瞠ることしか出来ない。
美味しいのは勿論だけど、私好みの味付けな点と、味覚が回復している点のダブルで驚かされた。
空腹を感じない胃でも、これなら受け入れられる。

いつもより遥かに時間をかけて食事を取る間、安室さんはずっと隣で見守っていた。
何をするわけでもなく、時折声をかけながら、本当にただ見守っていたのだ。
まるで私の介抱だけが目的のように。


「話を聞かせてもらえませんか?私と───貴方のこと」
「事が無事に済んだら、全てお話ししますよ。実はそろそろ時間でして」


腰を浮かした彼の腕を咄嗟に掴む。
しかしそれは素早く返されて、私が腕の中に収まる形となった。
やはり体術に秀でているらしい。
すぐ上にある整った顔立ちは、冷たくも温かく私を見下ろしている───かと思いきや、次の瞬間には目の前が埋め尽くされた。


「……っ…」


器用に押し込まれた固体と水が、否応なしに喉を落ちていく。
何───薬!?
にしてはおかしい。
目が開けていられない。
テーブルにあったのは、医者から処方された風邪薬のはず。
ただの風邪薬で、こんなに視界が揺れるなんて───


「まさか…」
「怪しい物ではないので、ご心配なく。僕はただ、静かに療養してほしいだけですから。病院から帰ってきてからも、熱がかなり上がったんですよ」


ずるずると意識が引き摺られていく。
またこうやって私は蚊帳の外なのか。
───蚊帳の外…?


「こんなことをして…」
「ええ、怒られるでしょうね。貴女の───」


私は本当に馬鹿だ。
何で今までこれに気付かなかったんだろう。
彼の正体が───であると疑い始めた時に気付くべきだった。
出会ってからも、ヒントはあったと言うのに。


「───お父様に」


最初からずっと、私は何も知らずに守られていたんだ。

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