奴らの組織の一員・バーボンこと安室透に、来葉峠の絡繰りが気付かれたかもしれない───。
小さな名探偵を戦慄させた懸念は、瞬く間に大きな確信へと変わっていった。
優れたキャストの手配から急ピッチで進められた計画は、急ピッチで滞りなく現実になろうとしている。
しいて言うなら、工藤邸に缶詰めにしておくべき斎藤絵里衣の体調不良が気になるところではあるが、イチかバチかの作戦は、今のところは追い風が吹いているようだ。

この大規模な来葉峠の絡繰りのタネを知る人物は、限られている。
共に知恵を出し合った赤井秀一その人と、事情を話さざるを得なかった彼の上官のジェイムズ。
変装術を身に付けている元大女優・工藤有希子と、科学者としての才に長けた阿笠博士。
そして特殊な職務で一枚噛んだ、重要人物の斎藤絵里衣。
今回もまた、これら各方面に秀でた面々を揃えて、頭が良すぎる相手を上手く躱さなければならないのだ。


「はー…」


何時間もフル回転させているせいでごちゃごちゃしている頭を乱暴に掻き、机に突っ伏す。
もうそろそろ小学生は帰路につく頃だろうが、彼は普通の小学生ではない。
大量のモニターが設置された一室で1人調整を行っていた小さな名探偵は、静かに震え出した携帯に疲れた体を跳ねさせた。


「誰だよこんな時に…」


わざわざ呼び寄せた、今回の策に必要不可欠なメンバーは1階にいるはず。
小さな友人達や、最も大切な幼馴染みには適当な嘘を吹き込んであるし、どちらからかの連絡だろうか。
気怠げにメールボックスを開けば、すっかり仲良くなってしまった友人達の名が並んでいる。


「な…!?」


しかし、軽い気持ちで開いたメールは、小さな名探偵の前に大きく立ち塞がることとなった。


「赤井さん…!」


勢い良く部屋を飛び出し、転がるように階下へ向かう。
リビングでは、工藤優作と赤井秀一扮する沖矢昴が、落ち着いた雰囲気の中、何やら談笑しているところだった。
大人の余裕とでも言えばいいのか、これからの大仕事を感じさせない穏やかな空気である。


「どうした、ボウヤ」


近付いて腰を屈めた赤井に突き出されたのは、何の変哲もないスマートフォン。
だがそこに表示されているメールには、些か不可解な文言が綴られている。
そしてご丁寧に添付されている写真には、メールに書かれている内容が事実であるという決定的な証拠が写っていた。


「絵里衣さん、安室さんといるみたいだよ」
「ホォー…大人しくしておけと言ったはずのお姫様は、携帯も持たずに外出したというわけか。やはり盗聴器も仕掛けておくべきだったな」


手早く自身のスマートフォンを操作した赤井は、何の変化も示さないその画面に視線を落としながら口角を上げる。
『デートかと思ったら、絵里衣さんも風邪を引いているみたい』───その文面に添えられた写真、絵里衣が寄り添うように安室にエスコートされる姿が撮られたのは、どうやら隣町の小さな診療所の前らしい。
けれど、彼女が持ち歩くであろうものに仕込んだ発信機は、赤井が遠隔で確認する限り、全て隣家にあるようなのだ。
つまり十中八九、絵里衣は居場所を悟られないように安室と行動を共にしているのである。
小さな友人達のメールに書かれている通り、体調を崩した絵里衣は出会した安室と病院に行った───これだけで事が済めば大層平和な世の中だ。


「だが彼がアイツを傷付けることはない…いや、『決して出来ない』が正しいか。そうだろう?ボウヤ」
「……うん」


安室透が何者であれ、獲物を手中にしておきながら、みすみす見逃すなんてことはないだろう。
しかし彼が彼女に危害を加えることはないと、確実に言い切ることが出来るのだ。
少なくとも彼は、彼女の味方なのだから。


「アイツも馬鹿ではないからな。それを見越しての行動かもしれん」


果たして、本当にそれだけだろうか?
以前感じた不可解な点が、まだ線になっていない。
透明のピースが、声を出さずに笑っている。
化かし化かされて、最後に笑うのはどっちか───鋭い眼光をグラスに隠した彼は、一抹の疑問をそっと飲み込んだ。

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