柔らかな日差しを感じ、何度か目を瞬かせると、見慣れない天井と見慣れない景色が飛び込んできた。
不思議に思ったまま上半身を起こせば、いつぞやにも借りたことのある工藤邸の客室だと分かる。
昨晩、真純ちゃんのお見舞いに一方的に行った後、ジェイムズさんから資料をもらうのだという沖矢さんもとい赤井さんに引き止められ工藤邸に残った。
そしてすっかり見慣れてしまったリビングで、日付が変わる頃に届いた最新情報を元に、赤井さんが思案する様を見て、たまに飛んでくる質問に答えて、たまに意見を言って、それから……寝てしまったのか。
事件の状況整理中に寝て、しかもベッドまで運んでもらったとか……………………駄目だもう起きたくない。

が、そうも言っていられないので、気まずいまま渋々リビングに行くと、存在を主張している大きなテレビで、昨日コナン君達が阻止出来なかった第四の狙撃のニュースが流れていた。
その対面のソファーに腰掛けた沖矢さんは、サイコロを1人静かに眺めている。
声をかけるのを躊躇っていると、私の気配を察したらしい彼が此方を向くことなく口を開いた。


「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはようございます…昨日は先に失礼したみたいですみません。ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、私としては絵里衣さんの平和そうな寝顔を飽きるまで眺めることが出来たので、役得でしたから」


嫌味か。
羞恥と屈辱で死にたくなるから、これ以上はやめていただきたい。
沖矢さんに何を言ったところで勝てるとは思っていないが、もう少し付き合いやすい性格にしてほしかったとは切に思う。

リビングが散らかっているからと案内されたダイニングキッチンで何故か用意されていた朝食だかブランチだかをいただき、至れり尽くせりの餌付け状態の現状に密かに落ち込んでいると、昨晩から確認していなかった携帯が短く震えた。
差出人は哀ちゃんで、真純ちゃんが目を覚ましたから皆で見舞いに行くことになったという報告である。


「私はこれから出掛けますが、絵里衣さんはどうされますか?」
「真純ちゃんのところに行こうかと。目が覚めたらしくて、今から子供達も向かうそうなので」
「分かりました。ではそちらはお願いします」


何だかんだで途中まで沖矢さんに送ってもらって、真純ちゃんへのお見舞いの品も買ってから病院へ向かう。
昨晩も一方的に訪問したばかりだけど、花束はあくまで表立って見舞うことが出来ない兄である彼からのお見舞いだったのだ。
私は彼女の友人として、そして内密ではあるが彼女の兄の仕事仲間として、堂々とお見舞いに行けるからね。

にしても、寄り道をしていたせいもあって、すっかり遅くなってしまった。
少年探偵団達はまだ病室にいるだろうか。

彼女の名が記された406号室の扉を開けようと手を伸ばせば、それより先に扉が開き、何かがぶつかってくる。
反動で尻餅をつくと、飛び出してきたらしいコナン君があわあわと謝ってきた。


「ご、ごめんなさい絵里衣さん!」
「ううん…私こそごめんね。大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ!」


すくっと立ち上がると、コナン君は瞬く間に廊下を駆けていく。
あんなに急いで……まさか、何か分かったのだろうか。


「あ、絵里衣さんも来てくれたんだね!」


病室に入るなり歓迎してくれたのは、事件に巻き込まれ病室の住人となってしまった真純ちゃんだ。
ベッドの上で上半身を起こした彼女は包帯を巻いた痛々しい姿ではあったが、その表情は花が咲いたように明るく、ちょこんと見える八重歯が可愛らしい。
立ち上がって椅子を譲ってくれようとした園子ちゃんと蘭ちゃんを制してベッド際へ行くと、真純ちゃんは左腕を庇いながらペットの如く擦り寄ってくる。


「ふふっ、嬉しいなぁ…姉さんがいるとこんな感じなんだろうなぁ」
「世良さん、本当に絵里衣さんのこと大好きなんだね」
「モチロン!いっそ兄と結婚して、本当に義姉さんになってくれれば良かったと思うぐらいにはね!」
「「え」」


思わず顔を見合わせた蘭ちゃんの目が点になった。
多分私の目も同じだろう。
いろんな意味で洒落にならないから、それは絶対駄目だ。


「この懐きっぷり、もはや異常ね…」


園子ちゃんの意見に賛同したらしい子供達まで頷いている。
此処にいるメンバーの大半は私の正体を知らないし、真純ちゃんが私の正体を知っていることも知らないのだから、当然と言えば当然の反応だけど。
でもまさか、所属は違えど貴女の兄と同じ職場で働いていて、貴女の兄には世話になったと言うだけでこんなに慕ってくれるとは想定外だった。
本人曰く姉という存在に憧れていたらしいし、私も真純ちゃんのような友人が出来たのは嬉しいと思うけど。


「そう言えば、夏休みの宿題ってそれだよね?」


未だ私から離れない真純ちゃんの頭を撫でながら問えば、元太君、歩美ちゃん、光彦君から元気一杯な肯定が返ってきた。
私にはもう既に立派なミニチュア模型に見えるが、資料が足りないためまた今からベルツリーに上ることになったらしい。
さすが鈴木財閥。


「コナン君も誘ったんだけど、このミニチュア模型見たらまた何処かに行っちゃって…」
「コナン君が?」
「あ、そうだ絵里衣さん、良かったら絵里衣さんも一緒に行きませんか?ベルツリーは夜景もちょーいい感じでロマンチックなんです!」
「ありがとう、園子ちゃん。でもごめんなさい、この後はちょっと…」


せっかくのお誘いだが、今の歩美ちゃんの話から察するに、コナン君は此処からヒントを得て次の行動に移ったはずだ。
この話は沖矢さんに流しておくべき情報だろう。

しかし暗に用事があるのだと濁したのがマズかったのか、園子ちゃんがまた恋愛ネタで食いついてきた。


「まさかデート!?どっちとですか!?」
「絵里衣さんに彼氏だって…!?」
「ちょっ、園子も世良さんも落ち着いて!」


完全に二択でデートだと迫ってくる園子ちゃんと、突如浮上した彼氏の影に顔を歪ませる真純ちゃんと、その2人を止めようとする蘭ちゃん。
デートじゃないし、そもそも二択から間違いだし、彼氏いないし、貴女のお兄さんと結婚もないし───もう女子高生のパワーについていけない…。


「とりあえずデートじゃないし、彼氏もいません。ちょっと用事があるだけだから…ね?」


極力冷静に優しく諭せば、園子ちゃんは「面白くないですよぉ!あんなイケメン2人からアピられてるのに!」と不満げに、真純ちゃんは「今のところはこれ以上突っ込まないでいてあげるよ…今のところはね」と意味深にだが元の様子に落ち着いてくれた。
この年齢の子からすれば、年上の知人の恋愛は気になるところよね。
生憎2人の期待に応えられないけど。

それからも色々と渋られたが、結局蘭ちゃんのフォローで何とか病室から出ることが出来た。
今度改めてお礼を言おう。

病院から出たところで沖矢さんの携帯に連絡すれば、近くにいるからと迎えに来てくれた。
赤い可愛らしい車の助手席に乗り込み、シートベルトを締める。
ハンドバックを膝上で抱え直したところで、車は思ったより速く走り出した。


「コナン君、何か分かったみたいですよ」
「ああ…きっとあのサイコロの謎でしょう。私も先程確証を得たところです」
「解けたんですか?」
「ええ、まぁ」


沖矢さんが言うには、あの狙撃地点に置かれていたサイコロを数字の順に繋ぐと、皆がよく知る図形が現れるらしい。
地図通り上から見るのではなく3Dとして横から見ることで、シルバースターを示す星形が出来上がると言うのだ。


「余った数字をベルツリーの第一展望台に当てはめれば、の話ですが、これなら今の推測全ての辻褄が合う…つまり最後の狙撃はベルツリーから」
「ベルツリーから狙撃…?」


最終狙撃位置がベルツリーって…それ、ちょっと…!


「沖矢さん、降ります」
「は?」
「あの子達が…あの子達が、宿題のためにベルツリーに行くんです。最終狙撃地点がベルツリーなら、間違いなく犯人と遭遇する…!」


前を見ればもうすぐ赤信号。
シートベルトを外し、ハンドバックを掴めば、それを拒むように軋む程強く右腕を掴まれた。


「……っ!」
「降りてどうするんです?ベルツリーに向かうとでも?」
「そうです。事情を知る私がいる方が、民間人だけよりはマシでしょう」
「ふざけるな」


車が信号に引っかかって止まる。
伸びてきた右手にハンドバックを奪われると、後部座席に放られた。
その反動で中身が座席にぶちまけられる。
人質ならぬ物質か…別に荷物がなくとも問題ないけど、左利き相手と、この右ハンドルの狭い車内での攻防は分が悪い。
いくら力を入れようが、私の利き腕は未だ相手の利き腕に掴まれたままだ。


「お前が行っても何もならない。大人しくしていろ」
「今回例の組織は絡んでいませんし、私もFBIです」
「そうだとしても、行かせるわけにはいかない」
「それはFBIとしての意見ですか?それとも…貴方個人の意見ですか?」


信号が青に変わった。
私が逃げないようにであろう、赤井さんは片手だけで器用に運転を続ける。


「シートベルトを締めろ」
「答えを聞いていません」


後部座席で何かが転がる音がした。
多分、鞄から零れ出たリップや携帯が振動に合わせて動いたのだろう。


「───両方だ」


呆れた様子で溜め息を吐いた後、赤井さんは押し出すように答えた。


「FBIとしても俺個人としても、お前を現場に行かせるわけにはいかない。例え別のものを犠牲にすることになっても」
「……何で…」
「お前は表に出る捜査官ではない。対近距離での腕は評価するが、トータルで見て差は歴然」
「そうですが…!」
「そもそもお前の領域はそこではないだろう」
「領域…?」


赤井さんの腕が離れていく。
掴まれていた箇所がじんじん疼いて、私の心のように痺れていた。


「それに、俺はお前を誰かにくれてやるつもりはない。髪の1本であろうとも、な。つまり、俺に目を付けられた時点でお前に勝ち目はないんだよ」
「そんな…」
「分かったら諦めてシートベルトを締めてくれないか。急がなくては手遅れになる」


散々罵声を浴びせられた挙げ句頭から冷水をぶっかけられた隙に、足払いされて這い蹲ったところを踏みにじられたような気分だ。
だが、彼が言いたいことは大体分かった。
そして私が非戦闘員であることも、非常に厄介な相手に目を付けられてしまっていたということも。

指示に従った後、体から力を抜いてシートに背を預ける。
どんどん流れていく景色を眺めていると、情けない顔をした自分が窓ガラスに現れた。
こんなだから、大人しく自分の立場を弁えていろって言われるのよ。

ぐんぐんスピードを上げ進んでいた車は、それからすぐに裏道らしい暗がりに停車する。
明らかにライフルが入っているであろう鞄を手にした彼についていけば、躊躇いなく潜り込んだのはあのベルツリーから見た建設中の浅草スカイコートだった。


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