ベルツリーを後にし阿笠邸に戻ってきた私は、何故か隣家の居候の手によって工藤邸にお邪魔することになった。
しかもいつも通されるリビングではなく、何故か2階の部屋───クローゼットとテーブルセットとベッドしかない、見るからにお客様用の客室に押し込まれたのである。
元々人の数歩先を行く頭の良さを見せ付けてくれる彼ではあるが、今日もやっぱり意味が分からない。

1人首を傾げていると視線が突き刺さる。
そんなに不思議そうな表情をしていたのか…沖矢さんはフッと笑うと穏やかに言った。


「花火で遊びたい気持ちには蓋をして、見て楽しむだけで我慢して下さい」
「この姿だと私の方が年上って覚えてます?」


彼の言う通り、もうそろそろ阿笠博士の計らいで子供達が花火を始める頃だ。
勿論博士は私も誘ってくれたんだけど、突然現れた沖矢さんに拉致されたので参加出来ず……ああそうか、阿笠邸で花火をするなら屋上で、つまり沖矢さんはすぐに皆の姿を確認出来るようにこの簡素な客室を選んだのか。


「気に障ったのならすみません…やはり男としては、年上の女性の前だからこそ格好をつけたくて」
「今のは格好つけたんじゃなくて、単に私を馬鹿にしただけじゃないですか…」


私の溜め息を合図に言動だけ本来の姿に切り替わった沖矢さんもとい赤井さんの用事は、やはり今日起きた狙撃事件についてだった。
世間的に死んだことになっている彼には、FBI側からの情報は入っていないらしい。
まぁ彼の生存と正体を知っているのは私とジェイムズさんぐらいだから、チームのボスであるジェイムズさんからの応援要請がない限り、彼が動くことはないだろう。
だが彼に応援要請をするということは、即ち死んだ人間の腕を頼らなければならない程窮地であるということにもなる。
捜査に深入り出来ない民間人の私はまだしも、出来れば彼には沖矢昴として、己の任務を全うしてほしいところだ。


「───と言うのが現段階での情報です。引き続き私は、民間人として生活する過程で、写真の人物を見つければジョディに情報提供…という形で動きます」
「成程…公に捜査に加わることはないとは言え、人を見る力があるお前なら適役だろうな」
「これでも人事部ですから。それに知っての通り、今回のキーワードは狙撃手。もし私がこの件に関わるとしても、役に立てることは少ないでしょう」


狙撃に適したポイントやターゲット、武器入手ルートやスキル等々、知識としてある程度のことは知っているが、相手はあのSEALsだ。
私程度では到底先回りは不可能。
目の前の彼程の狙撃手であれば話は変わってくるだろうけど、何しろ今はまだ手掛かりが少なすぎる。


「それにしても絵里衣…お前も中々飽きさせないな」
「はい?」
「かなりの確率で事件に巻き込まれてくれるじゃないか。大人しくしておけと忠告したはずだが?」
「不可抗力です。私は大人しくしてるつもりなので」
「知っているさ。引力とでも言えばいいのか…様々なものと引き合う体質なのだろう。良いものも悪いものも、な」


沖矢さんの顔と声で、そんな楽しそうに嫌味を言われましても…。
組織絡みであまりいい状況とは言えないのは自覚しているのだから、そっとしておいてほしい。
まだ彼に詳しくは話していないが、私の中の例の人はグレーのままだしね。


「安心しろ…その体質を利用していつぞやのように囮になんぞなろうと言うのなら、力ずくで止めるまで。その体質のせいでこれ以上事態が悪くなると言うのなら、泣いて喚いても此処に繋いでおくまでだ」
「いや、ちょっと…………安心と懸け離れたデッドエンドに聞こえるんですけど……」
「奴らに渡すぐらいなら、一歩も外に出れんよう翼をもいで拘束する方がよっぽどましだからな…」


嫌味の次はサラリと脅しか。
赤井さんに面と向かって言われるのなら「この人目的達成のためなら本気でやるぞ」って素直に思ったんだろうけど、沖矢さんに言われると余計に不気味に感じる。
闇に飲まれると言うか……本当に根刮ぎ堕とされてしまいそうで。
これだから、頭が切れる人との会話は嫌なんだ。


「………………帰っていいですか?」


するとその時、急に外が明るくなった。
沖矢さんに続いて窓際へ行けば、住宅街の真ん中にも関わらず、空高くで光の花が咲いている。


「打ち上げ花火…?」
「夜はまだ長い。大人達の夜はこれからでしょう?絵里衣さん」


その後沖矢さんに散々酒を飲まされた私は、翌日立ち上がる気力も出ない程に打ちのめされることとなった。
私に恨みありすぎでしょう貴方…。








散々な目に遭った私がまともに行動出来るようになったのは、昼を過ぎてからだった。
人様の家で、薬でも盛られたのかと思うぐらいの熟睡具合だったのである。
二日酔いらしい頭痛や吐き気はなく、ただただ眠り続けただけというのは幸いだったけど、「おはようございます、ご気分は如何ですか?」なんてご機嫌な沖矢さんに、ブランチ…いや、もう12時過ぎたしただのランチか…をいただくことになったのは屈辱なんて言葉では言い表せない敗北感を与えてくれた。

その負の感情を捨て去るように、とりあえず狙撃が行われた浅草付近に移動して、ふらふら捜査がてら歩いていると、昨夜からほったらかしであった携帯が着信を告げる。
相手はジョディだ。


「Hi,ジョディ」
『Hi,じゃないわよエリー!今まで何してたわけ?何度も電話したのに…』
「昨晩、腹癒せで大量にアルコール飲まされて潰されてたのよ」
『腹癒せって…貴女その人に何したのよ…って言うか、私達以外に一緒に飲む相手いたのね…』


まさか過保護な貴女の元カレから嫌味と脅しを頂戴したとは言えず、適当に誤魔化して用件を訊けば例の事件の続報だった。
警視庁と協力してハンターが連絡を取りそうな3名の聞き込みなど、近辺調査をしているらしい。
そこから犯人に繋がる何かが見えれば苦労はないけど…。


「…もしかしたらこの事件、もう少し背景を探った方がいいかも」
『背景?』
「分かりやすく見えているようで、実は何も見えていない気がするのよね…」


そう、まるで一面に広がる大海原のように。
青い水面は誘うかの如く手招きしているが、その先奥深くに眠っているモノに気付けなくて───。


「本部には連絡してるんでしょ?確か発端の件の資料は何の変哲もない調書だったはずだけど、何の変哲もないからこそもう一度洗う方がいいかも」
『何度調べても損はないものね。そっちにも手を回しとくわ』
「ええ。また何かあったら連絡する」
『お願いね』


通話を終えてから観察を再開する。
まだ事件は終わっておらず被害者が増えるとしたら、犯人がこの近辺に再度姿を現す可能性は0ではない。
つまり今、ハンターならびに写真の中の誰かを見かけることがあれば、まだ見えていない部分の情報を持つ重要参考人となるはずだ。
とは言っても、捜査線上に浮上した人物には既に聞き込み済みだろうし、警戒対象には警備もついているだろう。
深読みしすぎ…?


「あれ、絵里衣さん…?」
「コナン君…」


悶々と考え込みながら歩いていたせいで気付かなかったが、向こうからコナン君が駆け寄ってくるではないか。
事情を訊けば、昨日藤波を狙撃した犯人を追った際に落とした携帯電話を、交番まで取りにきたらしい。


「絵里衣さんはバイオリンの練習……ではなさそうだね」
「コナン君も知ってると思うけど、そっちの方でちょっと…ね」
「絵里衣さんも知ってるの!?」
「ざっとだけは。一応建前上民間人だから、あくまでフォローだけしかしてないけど」


各捜査官が担当した案件の紐付けや最終的な事件の資料管理も鳥籠で行っているため、シルバースター剥奪の一件についても目にしたことがあるのだと付け足せば、コナン君は大人びた表情で詳細を乞うてきた。
覚えている範囲での事件の概要と調書の内容、個人的な感想を話すと、彼は暫し考え込んだ後、「そっちの筋で分かったことや思い出したことがあればまた教えてほしい」と言う。
探偵としての性か、今後の展開の予見からか───私が承諾を返すと、礼を述べてから博士作のスケボーで去っていった。
その後ろ姿を見送って、私も踵を返し帰路につく。

もう日は沈んでしまった。
あまり遅くなると、また過保護な隣人から小言をもらうことになりかねない。
小学生じゃあるまいし、それは絶対避けないとね。


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