療養中という設定上、あまり激しいことは出来ないが、毎日同じサイクルでは飽きてしまう。
と言うわけで、博物館にでも行こうかと思ってバスに乗ったのが宜しくなかったらしい。


「あ、絵里衣お姉さんだ!」
「こんにちは!」
「姉ちゃんもどっか行くのか?」
「あら、君達はこの間の小さな探偵さん達ね」


つい先日知り合いになったばかりの少年探偵団と遭遇してしまったのだ。
この閉鎖空間───バスの中で。
ぞろぞろと乗り込んできたのは子供5人と大人1人。
元々知り合いな3人が言うには、初めましてな子供2人が少年探偵団の残り2名で江戸川コナン君と灰原哀ちゃん、付き添いは近所では有名な発明家の阿笠博士と言うらしい。
今回はこの阿笠博士の引率で、皆でスキーに行くそうだ。


「お姉さん、今日は持ってないの?」
「うん。博物館に行くだけだから」
「持ってない?」


歩美ちゃんの質問に疑問を抱いたらしいコナン君が、座席から顔を出した。
バスの最後列の一番端を陣取っていた私の前の席が、彼なのだ。


「この姉ちゃんの、骸骨みてーなんだぜ!」
「骸骨…?」
「もう、元太君違いますよー!あれは骸骨じゃなくて…」
「あ!新出先生!」


コナン君にとんでもない誤解をされた気がするが、わいわいしているうちにバスが次の駅に着いたらしく、新たな乗客が乗ってきた。
車内は立っている客はいないものの中々の乗車率で、そろそろ空席がなくなる頃だろう。

なんてぼんやりしていたら、次の瞬間思わず噴き出しそうになってしまった。


「Hi!クール・キッド!また会いまーしたねー!!」


───親友の素晴らしい演技に。
新出先生とやらと一緒に乗ってきたのが、同僚のジョディだったのである。
と言うことは、彼女が腕を組んでいるあの男性が例の人物の仮の姿って…私今すぐ降りた方がいいんじゃないだろうか。
チラッと目が合って、一瞬驚いた顔をされたし。
ただでさえ仲間との接触は好ましくないというのに、仲間と知り合いがまた繋がっているとか本当に勘弁してほしい。
しかもジョディが言ってた切れ者の小学生って、このコナン君なわけね。
あれ、そう言えばいつの間にコナン君と哀ちゃん席替わったんだろう。

しかし、私の災難はこれで終わりではなかった。
これもまた良く知った人が、咳をしながら隣に座ったのである。
いくらマスクで口元が隠れているといっても、さすがに彼が誰か分からない程私はニブくはない。
降りたい。
今すぐ降りたい。
だってこれ完全にキーパーソン尾行中。
後で、何でバスに乗っていたのか絶対問いただされる。
隣を陣取っている赤井さんに。
完全無視のくせに、何故隣に座ったんですか。

言うならば、この時点で既に想定外が幾つも重なっていた。
だが、まだ最大のトドメが残っていようとは一体誰が想像出来ただろうか。


「騒ぐな!!!騒ぐとぶっ殺すぞ!!!」


そう、まさかこれだけの偶然に加え、バスジャックにまで巻き込まれるなんて、一体誰が想像出来ただろうか。
あちこちから悲鳴が上がり、スキーウェアに身を包んだ犯人が天井に向かって銃を撃つ。
お陰で、本物の拳銃を所持した2人組による本物のバスジャックであると分かったわけだけど。


「さあ…あんたらが持ってる携帯電話を全てこっちに渡してもらおうか…」


前にはジョディ、とついでに例のキーパーソン、隣には赤井さん。
そして私も一応FBIの一員である。
色々なことに普段から慣れたメンバーがこれだけ乗車しているのだから、民間人のまま、出来るだけ最小の被害でこれを終わらせたい。
とりあえず、犯人の要求通り鞄から携帯電話を取り出し、右手を伸ばして差し出した。


「さっさと寄越せ!」
「…っ!」
「あ…」
「絵里衣お姉さん怪我してるのに…」


携帯電話を奪い取られた反動で、ズキンと裂けるような痛みが腕に走る。
日本に来る前に撃たれた傷は、まだ治る気配がないのだ。

痛みに顔をしかめたせいか、携帯電話を取りに来た犯人も怪訝そうであったが、何より困ったのが小さな探偵さん達の声だ。
怪我を知っている元太君と光彦君と歩美ちゃんの心配の声が聞こえてきて、非常に居たたまれない。
小学生に心配される大人という構図は勿論、一般市民に心配されるFBIという構図も中々である。
少年少女の思い遣りは素直に嬉しいが、私のハートは別の意味で粉々だ。
心なしか隣からも一瞬視線が刺さった気がする。
人事部は外に出ている捜査官程敏感ではないのだから、勘弁してほしい。








それからと言うもの、親友が犯人を転ばせ英語でまくし立てたり、


「Oh〜〜sorry!!」


ジョディの後ろの席で、どうやら大人しくしていなかったらしいコナン君が犯人に殴られたり、


「何してんだこのガキ!!」


また懲りずに犯人の行動を探ろうとしたらしいコナン君が新出先生に救われたり、


「止めてください!!ただの子供のイタズラじゃないですか!?」


何故か楽しそうなジョディがコナン君と喋ってたせいで犯人に目を付けられたり、


「おいそこ!さっきから何やってんだ!?」


薬を飲もうとした阿笠博士が犯人に怪しまれたり、


「何やってんだゴソゴソ!!」


最後列でよく見通せる分、何度もヒヤヒヤさせられた。
犯人達の要求───仲間の釈放は警察側が了承したらしいけど、この床に置かれたスキー袋は爆弾だろうし、早く片付けないと爆発しかねないというヒヤヒヤは残っている。
でも今までの行動を考えると、どうやら乗客に犯人に通じた人がいるみたいで、下手に動くと余計に縺れそうだ。


「おい!そこの眼鏡の青二才と奥のカゼをひいた男!前へ来い!!」


え、奥のカゼをひいた男って……赤井さん?
FBIきっての戦闘力を持つ赤井さん?
それに新出先生も組織の一員なはずなんだけど…この人選は完全にミスだと思う。

ご指名を受けた2人が、犯人の身代わりとしてスキーウェアを着込む頃、バスはトンネルへ突入した。
中は暗いが、犯人が乗客に成りすますため素顔を晒しているのは見て取れる。


「人質を一人取らせてもらう…一番後ろのガム女!おまえだ、前に来な!」


バス最後列、私とは反対の右側にいた女性が人質として犯人に捕らわれた。
事態は悪い方に向かっているようだけど…さっきからコナン君がひっそりと動いている。
友達と仲良くスキーに向かう最中バスジャックに遭遇しているというこの状況で、怯えることなく行動する様は正直普通の小学生とは思えない。
親友の言う通り、相当coolだわ、彼。


「よォし!スピードを上げろ!!ヘタなマネするなよ…オレ達の言う通りにやってりゃ助かるん…」
「よく言うよ…どーせ殺しちゃうくせに…」
「な!?」
「だってみんなに顔を見せたって事はそーいう事でしょ?なんとかしないとみんな殺されちゃうよ…この爆弾で!!」


トンネルを抜け、明るくなった車内に晒されたのはルージュの文字が記されたスキー袋。
阿笠博士とコナン君によって掲げられたその爆弾、最後列に身を潜める歩美ちゃん、足元でタイミングを見計らう光彦君と元太君───


「早く!!!」


突然の急ブレーキに車体が大きく揺れる。
前の座席に咄嗟に腕をかければ、思ったより二の腕が痛んだ。
もしかしなくても傷が開いているのだろう。


「新出先生!その女の人の両腕を捕まえて!!その人がつけてる時計は爆弾の起爆装置だ!!」


コナン君、どんな観察眼してるのよ…。
しかもその隙に、ジョディが犯人の戦意喪失させてるし。
このバスの乗客、普通に考えて普通じゃなさすぎる。


「逃げなきゃ、早く逃げなきゃ…い、今の急ブレーキで時計をぶつけて起爆装置が動き出しちゃったのよ!!爆発まであと30秒もないわよ!!」


漸くエンディングかと思いきや、人質女性もとい犯人の仲間の女性の一言で、一瞬平和を取り戻した車内は再び混乱に包まれた。
乗客達は一目散にバスを飛び出し、少年探偵団達も手と手を取って逃げ出す。


「ちょっと哀ちゃん何してるの?早く逃げないと爆弾が…」
「私はいいの!貴女は逃げて!」
「いや良くないでしょ」


フードをすっぽり被った哀ちゃんは、椅子に座ったまま何かに怯えるように、全てを拒絶するように私の手も拒んだ。
その姿はまるで───


「コナン君もそうだけど、哀ちゃんも普通の小学生とは思えないわね」
「!!」


哀ちゃんが更に縮こまってしまったその時、銃声と共に窓ガラスが割れた。
その犯人は此方へ走ってくるコナン君に違いない。
今時の小学生は拳銃も扱えるの?


「君、本当にcoolね」
「絵里衣さん!?何でまだ此処に!?」
「哀ちゃんが動いてくれなくてね。コナン君が来たなら大丈夫か」


哀ちゃんの手を引いたコナン君の手を引き、そのまま3人で割れた窓から飛び出した。
その直後爆弾は爆発し、爆風に後押しされながら勢い良く地面を転がる。


「コ、コナン君?」
「コナンくーん!!」


刑事さんと子供達が駆け寄ってくる前に、私はそっと反対側から乗客の群れに紛れ込んだ。
きっとあの3人は、私の怪我を心配してくれるだろうから。
だが紛れ込んだ場所が悪かったのか、ニット帽の見るからに怪しい男に擦れ違い様に声をかけられた。


「怪我は?」
「ありません」
「怪我の具合は?」
「…大事ありません」
「後でゆっくり聞かせてもらおうか」
「お手柔らかにお願いします」


何で今日バスに乗っちゃったんだろう。


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