女子高生達から、大人の恋だのイケメンの片思いだのと散々からかいのネタとされているうちに、いよいよ犯行予告時刻が迫ってきた。
外からも聞こえるキッドコールが彼の人気の高さを表しているけど、この展示場内の警備も彼の才能を表しているらしく、今から何が起こるのかと言う程の緊張感である。
ターゲットである赤面の人魚を前にしている私達にも、言いようのない期待と緊張感が走ったその時───


「えぇ!?」
「ど…どけどけェ!!」


突如足元のカーペットが背後から捲れ上がった。
後ろから足元を掬われる形でされるがままに真正面にある水槽に向かっていく途中、隣にいた真純ちゃんに肩を強く引き寄せられる。
パチンと此方にウィンクまでしてみせた彼女は、突然の出来事にも関わらず何だか余裕そうだ。


『Three…Two…One…』


カウントダウンに合わせ、どうやら二方を吊されていたらしいカーペットが外れると、水槽周りに待機していた機動隊諸共、私達は勢い良く解放された。
巻き込まれた面々は尻餅をつく羽目になったけど、真純ちゃんのフォローのお陰で大して痛くはない。


「園子、世良さん、絵里衣さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
「それより宝石は!?」
「え?」


いつの間にキッドの仕掛けエリアから出ていたのか、心配そうに駆け寄ってきた蘭ちゃんとコナン君に気を取られているうちに、真純ちゃんの焦った声が飛ぶ。
皆の視線が水槽に集まった───がしかし、その水の中に、あの飾り付けられた亀は見当たらない。
まさか、この一瞬の間にやってのけたと言うの…?


「ウソ…どこにもいないよ?」


光を失った水槽を中心に、ざわめきが広がっていく。
カーペットのせいで視界を塞がれ、身動きを封じられたのは確かだが、それにしてもどうやってあの亀を?
機動隊員も警部も毛利探偵も私達も巻き込んだカーペットの中で、一体……もしかして、この中に?


「あ、でも水槽の中に…カード?『シャイな人魚は泡となって我が掌中に消えました…怪盗キッド』」


戸惑いを隠せない私達を余所に、亀の代わりに水中を漂うカードに記された文言は、世間を騒がす怪盗キッドの勝利宣言だった。


「へぇ…これ、私は立場的にどう出ればいいのかしら」
「それって、仕事って意味だよね?」


目線を合わせて頷いてみせれば、小さな名探偵は乾いた笑いを返してきた。
私の呟きの意図を知るのは、此処ではコナン君と真純ちゃんだけだ。
ただの付き添いであるバイオリン奏者として拍手を送るのが正解か、それともFBIとして目を付けるのが正解か…中々難しいところである。
しかもこの状況から考えるなら、やっぱりキッドはまだ展示場内にいるんじゃない?


「ほ、宝石が…亀ごと消えただと!?そんなわけはない!!捜せ!!絶対にこの水槽のどこかにいるはずだ!!岩の陰とか砂利の中とか!!」


警部の声で機動隊員が動き出す。
見学者である私達も水槽に近付き中を覗き込むが、静寂を見せる水中には、やはり生き物がいるように思えない。


「ん?こ、これは怪盗キッドの…」
「何!?」
「何て書いてあるの?」
「ほ、宝石は頂戴した…信じられんのなら確かめてみよと書いてあるわい!」
「な、何だとォ!?」


次郎吉相談役に届けられたキッドカードに、更にざわめきが広がる。
後方に下がっていた彼に、キッドはどうやってそのカードを届けたのかしら。
しかもコナン君のあの食い付きっぷり…小さな名探偵と月下の奇術師には何か因縁でも?
私が知らないところで、また何かが繋がってる?
それにさっきから感じている、この言いようのない違和感は───何?


「今すぐ水槽の金網のロックを解除し…脚立を用意せィ!!儂が直接調べてくれるわ!!」


次郎吉相談役が水中の亀を調べている間に、一歩下がって全体を見つめてみる。
室内の出入り口は、かなりの人数の日本警察が閉鎖。
監獄のような水槽を取り囲むのは中を確認している次郎吉相談役と一部の機動隊員、中森警部に毛利探偵、園子ちゃん蘭ちゃん真純ちゃんの女子高生組にコナン君。
私の頭脳では、マジックのタネは分かりそうにない…が、何と言うか、向こうでは味わうことのない空気が新鮮でそれでいて───妙だ。


「だ、駄目じゃ…どこにもおらぬわ…」


犯行成功に沸き立つキッドコールが、展示場内にも響き渡る。
一方室内に染み渡るのは焦燥感で、迂闊さを指摘する真純ちゃんの一言から聞き取りが始まった。

次郎吉相談役曰く、トリックに使われたカーペットも照明も数日前に取り替えられており、日本警察のチェックを掻い潜っていたそうだ。
何でもカーペットにコーラをぶちまけた客がいたから張り替えた、とのことだが、その内装業者がカーペットの色に合う照明と交換しないかと持ち掛けてきたと言うのだから、怪しさ満点である。
最初から、完全にキッドの手中ではないか。


「今思えば内装業者のあの2人組…もしかしたら…」
「もしかしたらじゃねえ!!そいつらがキッドとその手下なんだよ!!展示場がここだってバレバレじゃねーか!!」
「済んだ事をグチグチと…まぁ今回は儂らの負け!撤収じゃ!!どーせもう彼奴はここから立ち去ってしまっ…たたた…」


だが、真純ちゃんが突如次郎吉相談役の頬を引っ張ったせいで、事態は更に横へと転がった。


「───と見せかけて…まだこの展示場内にいるんじゃないのか?」


怪盗キッドは、いつも暗闇にするか煙幕を張って姿を消すのが定番だが、今回は明かりがつきっ放しで姿さえ見せていない。
彼が本当に亀ごと宝石を盗ったなら、まだこの中にいるはず───出入り口を固めていた機動隊員も変な動きはしていないし、キッドなら宝石付きの亀を今も持っているはずだから、ボディーチェックをすべきだと言うのだ。
真純ちゃんの意見は間違いではない…けど、ボディーチェックは警察機関の基本中の基本。
怪盗キッドがこれを読めないはずはないだろう。
であれば、キッドは亀を持っていない=亀は何処かに隠されている?
それとも、キッドは亀を持っている=キッドと亀は此処にいない?


「まずは絵里衣さんかな!ボクは背中側をやるから…2人は他を頼むよ!」


同じグループでボディーチェックをすることに一瞬驚いたように見えた真純ちゃんも加え、歳の順だの何だので、最初に私がボディーチェックを受けることになった。
とは言っても知り合い同士で簡単に触るだけだから、私の知るボディーチェックよりは遥かに甘いものだ。
今日は本職の物は携帯していないし、何も警戒する必要はない。


「おい!そっちはどうなんだ?」
「こっちもチェック終了!宝石も亀もなかったわよ!」
「え?でも蘭ちゃんのチェックがまだ途中…」
「大丈夫!蘭は見れば本物かどうかわかるから!だよね?蘭」


次に真純ちゃん、そして園子ちゃん、最後に蘭ちゃんのチェックを開始したところで中森警部から声をかけられ、園子ちゃんは意味深にボディーチェックを切り上げてしまった。
2人の友情…なんて理由ではないだろうけど、まさかキッドが蘭ちゃんに?

───と、ここで私は漸く、喉につっかえていた違和感の正体に辿り着いた。
小さな名探偵は蘭ちゃんの不可解な行動から何かを推理している様子だけど、おそらく注意すべきは彼女ではない。
何かがちぐはぐな人物が、別にいる。








「ええい、撤収じゃ撤収!!」


夜も10時を過ぎたところで、堪忍袋の緒が切れたらしい次郎吉相談役が解散を促す。
しかしそれを遮って、何故か園子ちゃんが、それこそ人が変わったのではないかと思う程強い口調でこの事件を紐解き始めた。
そんな風に床にへたり込んだら、お腹が冷えそうだ…なんて考える暇がある私は、こんな時でも案外冷静でいられるらしい。


「大丈夫!ここにいるみんなのふがいなさにちょっと目眩がしただけ…だって誰も気づいてないんだもの…赤いダイヤ『赤面の人魚』を背負った亀は盗まれたんじゃなく…ただ単にみんなの視界から消えただけって事にね!!」


水槽から亀がいなくなってしまった点に関しては、園子ちゃん曰く、手品師が良く使う磁石を使用したトリックで、亀がプレートに貼り付いてしまっていたから。
インクルージョンだの何だの…正直彼女がここまで博識だったとは想定外だ。
しかも言った通り、次郎吉相談役の上着の内ポケットから本当に亀が出てくるのだから、彼女の知識と推理は正しいと証明されたのである。


「ねぇ絵里衣さん!絵里衣さんってイタリアのクォーターなんですよね?」
「ええ、そうだけど」
「じゃあ普通神話から名前をもらうなら…ギリシャ神話よりはローマ神話になりますよね」
「まぁ、そうなるでしょうね」


いきなり話を振られたから何事かと思えば、彼女は神話にも精通しているようだ。
これであっと言う間に、『偽物の亀』をこっそり回収しようとした次郎吉相談役の言動は全て暴かれた。
残る謎は、怪盗キッドの所在だけである。


「んで?キッドはどこなんだよ?」
「さぁ…仕掛けは全部リモコンで遠隔操作できる物ばかりだし、操作は入り口に押し寄せた客に紛れてやったでしょうから…」
「え…?」


此処まであれだけ完璧に推理しておいて───園子ちゃんは何故最後に、まるで彼を庇うようなミスを?








結局怪盗キッドの変装は暴かれないまま事件は解決となり、解散を言い渡された私達は帰路につくこととなった。
その前にお手洗いに行くと言う蘭ちゃんと園子ちゃんについて私もお手洗いに入るが、個室も用具入れも異常は確認出来ない。
入れ替わるなら此処しかないだろうと思ったんだけど、さすがに考えが単純すぎたのか。

用もなくなり一足先に廊下に戻れば、突如響いた鈍い音と共に視界を何かが横切った。
いや、ちょっと今の───


「テンメェ…よくもボクにスタンガンを…」
「世良さーん、下着下着!」


私の前を凄まじい勢いで通過したのは、本物の真純ちゃんだ。
彼女の見事なまでの飛び蹴りを食らった偽物の真純ちゃん───怪盗キッドは、変装を解いて早々に姿を眩ましてしまう。
やっぱり真純ちゃんがキッドだったか…言動がヤケに男の子っぽいと思ったのよね。


「あ、絵里衣さんどうしよう!もうボクお嫁に行けないよー!」


泣き真似をしてみせる真純ちゃんは、ボーイッシュなだけでやっぱり可愛い女の子である。
どう返せばいいか分からず、言葉に詰まりながらもとりあえず慰めれば、真純ちゃんは蘭ちゃんに隠してもらいながら着替えを始めた。
そして一段落してから、男子トイレで捕まっていた理由を話してくれる。


「え〜〜〜〜っ!?女子トイレが混んでたから男子トイレに入ったぁ〜?」
「だって早く済ませたかったし…元々ボク女の子に見えないしな」


だから身ぐるみ剥がされて隣に…偽物が男らしかったのは、演技の問題ではなく見本の問題だったわけだ。


「そーいえばその帽子の事、何か聞いてなかったっけ?」
「これを拾った時に怪しい男を見なかったかって聞きたかったんだけど…」


真純ちゃんがチラリと此方に視線を向ける。
確かに私も知る貴女の兄の話だけど、そっちは偽物だ。
ある意味無関係な彼女に、それを伝えることは出来ないけどね。


「別に見なかったけど…お気に入りの帽子なの?」
「ああ、死んだ兄がよくこういうの被ってたから、ボクも真似して…でもさ、君が拾ってくれたこれには、なぜか兄がよく帽子につけてたカタがついてる気がするんだよ…そんな事…あるわけないのにな…」


明るくも苦しそうに見える真純ちゃんは、本当に兄が好きなのだろう。
彼の死の真実を知ったとき、心を開きつつある彼女を裏切っている私を、彼女は果たして許してくれるだろうか。

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