『ベルツリー急行に乗るってこと、何で教えてくれなかったんだよ!絵里衣さんに話したいことも色々あったのに!』
「ごめんね、私も蘭ちゃん達と会うまで知らなかったの。その後は火事のせいで気分悪くなっちゃって、人と会うどころじゃなかったし…」


久しぶりの着信かと思えば、開口一番、すっかり拗ねてしまった真純ちゃんに責められた。
確かに彼女との接触を意図的に避けたわけだから、謝罪しか出来ないわけだけど、しいて言うなら私も彼女と同じく『戦線離脱させられた組』だ。
あの舞台に招待されていない、所謂招かれざる───いや、それより『居るべきではなかった者』だろうか。
沖矢さんとコナン君曰く、真純ちゃんは赤井さんの亡霊に気絶させられて、舞台から強制的に降ろされたらしいし。
多分彼女は組織のことを知らなくて、哀ちゃんが狙いな奴らからすれば邪魔な存在だったんだろう。
女子高生探偵で行動力のある彼女のことだ、もしかしてと言うこともあったかもしれない。


『なぁ、絵里衣さんも赤面の人魚を見に来ないか?』
「赤面の人魚って…あの怪盗キッドの?本来ならベルツリー急行で展示する予定だったって聞いたけど」
『それが爆破のせいで出来なくなったから、普通に展示することにしたらしいよ!蘭君達に訊きたい事もあるし、ボクも行くつもりにしてるんだ…ボクとしてはこの話、絵里衣さんも聞いておいてほしいんだけど』


この含んだ言い回し…つまり赤井さん絡みで、ってことか。
ベルツリー急行では、沖矢さんではなく赤井さんが賭に出たって話は概要だけ聞いたけど、蘭ちゃんと接触したとは聞いてない。
例の彼絡みではないみたいだし、他に何かあったのだろうか。


「…分かった。待ち合わせどうする?」








「さあさあ、お立ち合い!取り出しましたのは1本の缶コーラ!ご覧の通り潰れてて…中身はもう1滴も入っておりません!」


そして当日。
待ち合わせ場所である展示場前で、飲み終わったかのように潰れた缶コーラを取り出した園子ちゃんは、芝居がかった口調でその缶を振り、あっと言う間に元通り買ったばかりの姿へと戻すという魔法のような手品を披露してくれた。
職業柄洞察力と演技力が板に付いてきたのか、成程よく出来たトリックだと感心していると、隣の女子高生2人、蘭ちゃんと真純ちゃんも驚きの声を上げる。
しかし同席していた小さな名探偵には、全てお見通しだったらしい。
TVでやっていたものだとあっさりトリックを暴いてしまい、そのせいで園子ちゃんのご機嫌は急降下してしまった。


「蘭!何で連れて来たわけ!?あのナマガキ!!絵里衣さんも、今の有り得ないと思いません!?」
「何て言うか…ホント頭良いよね、コナン君」
「招待したのは次郎吉おじ様でしょ?コナン君はキッドキラーだからって…それより驚いたのは世良さんよ!怪盗とか興味なさそうだったのに、絵里衣さんまで連れてくるなんて…」
「興味なくはないさ!」


有名なミステリーの探偵達には、何かと怪しげなライバルが付き物だと言いながら、真純ちゃんはチラリと自身の帽子へ目をやった。
一見何の変哲もないただの帽子だけど…彼女の本題は此方だと言うわけだ。


「それに君がベルツリー急行で拾った、この帽子の事も聞きたかったし…」
「え?廊下に落ちてたの拾っただけだけど…」
「じゃあ見かけなかったか?黒い服に黒い帽子を被った、右のホオにヤケ…」


え?
それって───


「おお!来たか史郎んトコの娘っ子!こないだのベルツリー急行はすまなかったのォ!」
「いいわよ!別に次郎吉おじ様のせいじゃないし!」


ちょうどその時、颯爽と現れた鈴木次郎吉相談役の登場で、真純ちゃんの『訊きたい事』の答えは有耶無耶になってしまう。
真純ちゃんからすれば、死んだはずの大好きな兄の影がチラついたにも関わらず戦線離脱してしまったわけだから、探りを入れて当然と言えば当然なわけだけど…今後を考えれば、このまま自然消滅が好ましいかもしれない。
組織の事を知らないであろう真純ちゃんが、同じく組織の事を知らないであろう蘭ちゃんからベルモットについて聞いたところで得るものはないだろうし、得たら得たで巻き込まれるリスクが上がるだけだ。


「それにしてもすごい賑わいですね!」
「さすがキッド様人気!」


怪盗キッドともう何度もやりあっているらしい鈴木次郎吉相談役の案内で、私達は展示場に足を踏み入れた。
中は思ったより人でごった返していて、中々の混み具合だ。
園子ちゃんの言う通り、客層から見てキッド狙いの人が大半のようだけど。
でも展示物は絵画も石像もさすが鈴木財閥といったレパートリーで、キッド抜きにしても十分興味深い作品の数々だ。

時折写真も撮りながらぐるりと館内を回っていると、辿り着いた先にやけに人集りが出来ていた。
大きなガラス───水槽の前に人々が集まっているようだが、此処からでは何が展示されているのかまでは見えない。
わざわざ水中に展示する美術品って…何?


「水槽?」
「そうじゃ…彼奴が狙っておるのは、この亀が背に纏っておるレッド・ダイヤモンド…赤面の人魚じゃよ!!」


水槽の中を縦横無尽に悠々と泳いでいるのは、10cm程の亀だった。
背中にレッド・ダイヤモンドのついた金のネックレスを背負っており、よく見れば腹側にも数十個の宝石が付いている。
次郎吉相談役曰く、その亀が泳ぐこの水槽は硬質ガラスで出来ており、水槽の奥は厚さ2mのコンクリートの壁となっているらしい。
天井の両脇は特殊合金の金網だと言うのだから、確かに頑丈なバリケードなんだろうけど、一体何処の監獄だと言うのか。


「いかな月下の奇術師でも盗られやせんと思ってのォ!」
「恐ろしく悪趣味だけど…」


更にこの亀はただの亀ではなく、半年前に海難事故で亡くなったあのイタリアの大女優の飼っていた、『ポセイドン』と言う亀らしい。
噂によると、海難事故で船が沈む前に、この亀だけは助け誰かに引き取ってもらおうと思った飼い主が、お礼と飼育代を兼ねて亀に宝石を貼りつけたとか。
そして願い通り現地の漁師が海面に水槽ごと浮いているこの亀を見つけ、巡り巡って次郎吉相談役の元へ辿り着いたそうだ。
失礼は承知だが、映画的とでも言えばいいのか…何て非現実的な話だろう。
鑑定もまだと言うし、この亀にどれほどの価値があるのか…。
イタリアと言うのは個人的に興味深いところだけど───って、あれ?
そう言えば、この亀がポセイドンだなんておかしくない?
いや、おかしいまではいかないけど、何でわざわざポセイドンにしたの?


「おい!観覧の時間は終了だ!!関係者以外はこの部屋から退出しろォ!!ぐずぐずするなァ!出てけェ!!」


後ろの方から何やら声が聞こえる。
他の客達が嫌な視線を送る先には、口うるさくスピーカーで退出を促す男性がいた。
30代…40代?
ジャケットは着ていないけれど、格好とその発言からして、日本警察か。
その日本警察に大声で促された客達は、皆渋々といった様子で出口へと向かっていく。


「誰だ?あの人…」
「警視庁捜査二課の中森警部よ!怪盗キッド専任の警部さんらしいけど…」
「そうそう、キッドがからむといつもいるし…」
「へェー…じゃあいつもキッドにしてやられてるのはあのおじさん…痛たたた…」
「おいボウズ!!聞こえなかったか!?関係者以外は出てけって言っただろ!?隣のアンタもだ!」
「いえ、私達は…」


私の隣にいた真純ちゃんが、頬を抓られ痛そうな声を上げる。
園子ちゃんや蘭ちゃんは顔パスだろうし、私達が注意を受けるのは納得なんだけど、『ボウズ』って…まぁ真純ちゃんを初めて見るなら間違えもするか。
彼女は兄が大好きなそれは可愛い女の子で、同時に一見中性的な子だもんね。
今日のボーイッシュな服装も、大きな勘違いの要素だろう。


「まぁ仕方ないさ!ボクは今日初めて警部さんと会ったわけだし…それにホオをつねったのは、キッドの変装かどうか確かめる為だろうし…ね!!」


今度は中森警部から痛そうな声が上がる。
蘭ちゃん達が私達について説明してくれようとしたが、それより先に真純ちゃんが自分で解決してしまったのだ。
男性の急所を膝蹴りすると言う物理技で。
股間を蹴られた中森警部は、女には理解出来ない激しい痛みに耐えているらしく、すごすごと大人しくなった。








「よォ蘭!」
「お父さん!来ないんじゃなかったの?」
「TVのニュース観てたら気になっちまってよ…一応娘も心配だし…」


そうこうしているうちに、犯行予告まで後30分となり、駆けつけた毛利探偵も加わって厳戒態勢が取られ始める。
これだけ分かりやすく周囲を固めていても、毎回あっさりと掻い潜ってみせると言うのだから、怪盗キッドはそれは知能が高く、技術にも秀でた男性なのだろう。
初めて会った時の印象はキザな男の子って感じだったけど、案外侮ると痛い目に遭うのは此方かもしれない。


「んじゃ、予告の8時まであと30分だから、トイレ済ませてくるよ!」
「あ、近くのトイレ混んでたから、2階のを使った方がいいかもー!」


お手洗いへ駆けていく真純ちゃんの背を見送っていると、ポケットで携帯が振動したのが分かった。
ディスプレイに表示されたのは、ここ最近高頻度で会っている隣人───沖矢さんからの着信だ。


「何かありましたか?」
『何かなければ連絡してはいけないのですか?』
「いえ、そう言うわけでは…」
『なら、絵里衣さんの声を聞きたくなったから…と言うことにしておいて下さい』
「沖矢さん、私が今何処で何をしているかご存知ですよね?」
『ええ、勿論。だからこそ、ですよ』


相変わらずな言い回しに、これ見よがしに溜め息を吐けば、いつの間にか聞き耳を立てるように傍に寄ってきた園子ちゃんが、楽しそうに「昴さんですか?」と訊いてくる。
電話口の声に相槌を打ちながら頷いてみせれば、園子ちゃんと蘭ちゃんから黄色い声が上がった。
「前に昴さんが言ってた…」「やっぱり…」とか聞こえるあたり、『大学院生の沖矢昴』と『バイオリン奏者の斎藤絵里衣』の関係を、彼女達が食いつくような言い回しで話したのだろう。
案の定、嫌味も込めて沖矢さんに状況を伝えると何の悪びれもない肯定が返ってきて、私は頭痛に悩まされながら電話を切ることになった。
彼からすればその方が都合がいいのかもしれないけど───此方の身にもなっていただきたい。
そもそも本当に何の電話だったのか。


「絵里衣さんが安室さんと引っ付かないのって、もしかして昴さんがいるからですか!?」
「彼とはただの隣人だけど…沖矢さんから何か聞いたの?」
「たまたまお隣さんで、深夜にドライブデートするぐらい仲良くなって、引っ越し先もたまたまお隣さんで、あわよくばこのままずっと隣にいる権利がほしいと思っている…とか何とか」


概ね予想通りのようだ。
成程ね…私を言いくるめられるように、幼気な女子高生を巻き込むとは彼も人が悪い。
抑止力としては十分なキャスティングだけど、牽制されっぱなしじゃ此方もジリ貧。
傍らで大人しくしていた、沖矢さんの事情を知る小さな名探偵も目が点だし…まさか小学生まで呆れさせてしまっているとはね。


「今の電話は、デートのお誘いとか?」
「いいえ…特に用事はなかったみたい。最近事件に遭遇することも多かったし、心配してくれてるんだと思う。まぁ過保護なお兄さん…かな。年下だけど」
「じゃあもしかして、今日何処に行くとか毎日報告してたり!?それって彼氏気取りって言うか、もう付き合ってません?」


女子高生2人が照れながらもきゃあきゃあ騒ぎ始めた時、真純ちゃんがお手洗いから戻ってきた。
彼女だけがローテンションでクールだけど、3人で恋バナで盛り上がり始めたのを横目に溜め息をついた私に、コナン君が苦笑と共に同情の眼差しを向けてくる。
一番子供が一番大人なのね。

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