ん?
何だ今の音…何かが落ちたような…。

鈍い音に現実に引き戻されたらしく、オレはベッドの上で上半身を起こした。
…にしても暑っちーなこの部屋…オレが寝てんだからクーラー止めないでくれよ…。
もういい時間だろうし、とりあえずリビングに───な!?


「絵里衣さん…!?石栗さん…!?」


床に転がされたように倒れている絵里衣さんと、ドアの前に倒れている石栗さん。
しかもドアを塞ぐように仰向けで倒れている石栗さんは、頭から血を流しているじゃねーか。

慌てて駆け寄り辺りを見渡す。
どうやら石栗さんは既に亡くなっているようだ。
テニスラケット、棚、花瓶……たまたま花瓶が落ちてきて打ち所が悪くて…?
ってことは事故…いや、違うな。
だとしたらラケットがこんなところにあるわけねーし、床に広がる血は乾いている…これは殺人だ。
───まさか、絵里衣さんまで!?


「絵里衣さん…絵里衣さん!」


息はあるようだが、ぐったり倒れ込んでいる絵里衣さんの肩を揺さぶるも起きる気配はない。
外傷は頭部の打撲痕ぐらいだから気を失っているだけか…体調不良も相俟って眠っているんだろう。
この間の薬を使われた時ならまだしも、FBIの彼女が犯人と思しき一般人に殴られて気絶、ましてや物音に気付かず意識を飛ばしたままなぐらい大きく被害を受けるだなんて───


「…もしかして」


彼女の顔にかかる髪を払えば、やはり顔色は悪く肌は汗ばんでいる。
が、唇は少し乾燥しているように見えるし、体温も高そうだ。
酷くはねーだろうけど、脱水症状か?

とその時、ドアの先から金属音と喋り声が聞こえてきた。


「あ…開けるなァ!!」


咄嗟に入口まで走って制止をかける。
僅かに開いた扉の隙間から見えたのは、驚いた様子の安室さんだ。


「開けちゃダメだよ…」
「コ…コナン君?」
「ドアをふさいでるの死体だから…」
「え?」


石栗さんを動かすことは出来ない。
出来るだけ早く絵里衣さんを窓から出して、水分補給させねーと…。


「安室の兄ちゃん、警察に連絡と、後さっきボクを見てくれたお医者さん呼んできて!それから、スポーツドリンクを持ってきてほしいんだ!」
「どういうことだい?」
「何でか分からないけど、絵里衣さんが頭を打って部屋の奥で気を失ってるんだよ。クーラーがついていない暑い部屋の中で発汗、体温上昇、口渇…多分軽度の脱水症状を起こしてると思う」
「分かった」


絵里衣さんの元へ踵を返し、少しでも涼しくなるよう襟元を扇ぐ。
未だ意識を失っているらしい彼女からは、海外の血筋を仄めかす薄い茶色の瞳は閉じられたまま、か細い呼吸が返ってくるだけだ。
コナンの体じゃベッドに運ぶことも出来ねーなんて…。
元々顔色も悪かったから、バーボンのせいで些細なことにも敏感になっていたはずだ…早く落ち着いて休んでもらわねーと。


「………………コナ…く…?」
「絵里衣さん…!」
「コナン君!」


絵里衣さんが目を覚ましたと思った矢先、鋭く声がした方に顔を向ければ、窓際に何故か安室さんがいた。
ドアから入れねーから、隣の部屋から渡ってきたのか。
言われるがまま鍵を開けると、部屋に入るや否や一目散に絵里衣さんの前にしゃがみ込み、軽々と抱き上げて先程までオレが寝ていたベッドへと横たえた。


「あ…ろ、さん…?何…?」
「それは後で。今は楽にしていて下さい」


ぼんやりしている絵里衣さんを手慣れた様子でざっと見てから、安室さんはポケットに突っ込んでいたペットボトルを手に取ると、


「すみません、失礼します」


と何故か断りを入れてからそれに口を付け、そして───


「!?」


今度は絵里衣さんに口付けた。
って、ええええええええ!?
これの謝罪かよ!
確かに、辛うじて意識のある今の絵里衣さんなら、噎せずに水分補給出来るかもしんねーけど…。


「……とりあえずはこんなところかな。コナン君は大丈夫かい?」
「うん、ボクはもう平気だよ。それより絵里衣さんは…」
「常温で自作のだけど、経口補水液は飲んでくれたし酷くはないみたいだから、ひとまずは大丈夫だと思う。直に警察も医者も来るし、部屋を出てからちゃんと診てもらうよ」


見てるコッチがそわそわする応急処置を数度行ってから、安室さんはほっと安堵の息を吐いた。
続けて濡れタオルで絵里衣さんの首筋を冷やす彼の横顔は真剣そのもので、普段の人の良さそうな柔らかい雰囲気は微塵も感じることが出来ない。
作業として淡々とこなされた処置自体は全く無駄が見当たらないが…何だこの拭いきれない違和感は。
眠ってしまったらしい絵里衣さんの頬を撫でる仕草や、そんな彼女を見つめるその瞳は凄く優しくて、まるで本当に好意を抱いているようにも見えるじゃねーか。

イケメン好きのミーハーな園子曰く、絵里衣さんの事を話している時の安室さんは、よりイケメンらしい。
優しくかつ真剣に彼女を思い、知ろうとすると言うよりはそもそも最初から全て包み込み受け入れているみたいで、女のカンがあれは間違いなく好意だと告げている、と。
それが羨ましくもあり悔しくもあるが、イケメンな安室さんが絵里衣さんがいることでよりイケメンになるのなら、お似合いだし許すしかないし、て言うか全力で応援するしか選択肢がない…とか何とか行きの車内で言ってたからな。
でもまさか、組織の人間であるこの人が、園子の言う通り本当に彼女に想いを寄せているとでも?
これが精巧に仕組まれたハニートラップっつーなら分かるけど、今みたいな顔を演技で出来るとは思えねーし、大体昴さんにあれだけ押されて囲われても全く靡かない絵里衣さんに、そんなものが通用するとは…。

ん?
待てよ…もしかしてオレは、根本から大きな勘違いをしてるんじゃねーか?
もし安室さんが、いやバーボンが絵里衣さんの正体を知った上で接触しているのなら、これは好意ではなく心からの安堵───組織に生きたまま連れて帰らなければならない彼女の命に別状がないのを、ただ安心し喜んでいるとも取れる。
ハニートラップは彼女に危険が及ばぬよう守るためのフェイクで、じわじわ周りを固めて逃げられないようにしてから、根刮ぎ確保するつもりだとしたら?
やっべぇ…現状をきちんと把握した上でどーにかしねーと、絵里衣さんが…!


「漸く来たか…」


窓の方に目を向けた安室さんの言う通り、外が騒がしくなってきた。
静岡県警が到着したんだろう。


「………絵里衣さん」


小さく名前を呟いて、安室さんはすっかり落ち着いた絵里衣さんの頬を名残惜しげに撫でる。
何なんだよ安室さん…アンタはオレらの敵じゃねーのか?
彼女を、組織に生きたまま連れていく算段じゃねーのか?
なのに、何でそんな顔───。

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