ベルツリー急行があんなことになってしまったお詫びということで、園子ちゃんと蘭ちゃんにテニスに誘われた。
安室透との接触、ならびに何故か戦線離脱させられたという奇妙な結果にもなっていたから丁重に断ったのだが、最終的に園子ちゃんにどうしてもと押し切られてしまった。
しかもわざわざ迎えに来てくれるらしく、何故か駅前で待つようにこれもまた強く訴えられたのである。
だから急拵えのスポーツウェアを入れた鞄片手に待っていたわけだけど───現れた人物によって脳内に警告が鳴り響くこととなった。


「おはようございます。すみません、絵里衣さん。お待たせしたみたいで…」


私の前で滑らかに停車した、形の綺麗な白い車から降りてきたのは渦中の人物である安室透。
整った顔立ちを曇らせながらも爽やかに挨拶をしてみせた彼は、極自然に私の鞄を手に取ると助手席のドアを開けてくれる。
いや、何で貴方の車に乗ることになってるの───と、此処で私は漸く、今回園子ちゃんにテニスに誘われ駅前で待っているよう言われた理由を把握した。
イケメンである彼目当て、そして恐らく、その彼の発言を真に受けた結果なのだろう。


「もしかして、迎えが僕だって聞いていませんでしたか?」
「はい、実は…。あそこで待っているよう言われただけだったので…」


目的地に毛利探偵達が来るなら下手なことはないだろうと乗り込んだ車は、丁寧に、そして快適に道を進んでいく。
ハンドルを切る安室さんは手慣れた様子で、普段から運転しているのが私でもよく分かった。


「実は、絵里衣さんとゆっくり話をしてみたいとつい漏らしたら、本当に気を遣ってくれたみたいで…」


しかも、初めて会った時から感じていた通り、彼の話術はかなりのレベルらしい。
移動中に飽きさせないように話をしてみせる姿勢は勿論、私に興味があるのだと攻めてくるのも忘れないのだから、多分警戒しているのに気付いているのだろう。
彼らしき別名の存在を此方が把握しているところまで掴んでいるかは、まだ分からないけど。


「だから今日は役得として、色々話し相手になってくれると嬉しいです」
「口下手なので、退屈させてしまうかもしれないですけど…」
「そんなこと有り得ませんよ。感受性豊かで慈愛に満ち、その聡明さで何事も切り抜ける女性……そう何度も聞かされていましたから。簡単に興味は尽きません」
「生憎、全然身に覚えないので…誰から聞いたのか知りませんが、例え探偵としてでも役に立たない話ばかりかと」


誰から聞いたんだ、そんな話。
私のことを話すとしたら毛利探偵関係者か少年探偵団だけど、ただのバイオリン奏者としか知らないはずの私をそんな風に言うだろうか。
感受性豊かというのも、慈愛に満ちているというのも、聡明というのも、切り抜けるというのも、私自身覚えがない。
FBIとしての私を見られていた?
それとも毛利探偵の関係者や少年探偵団ではなく、もっと別の誰かから話を聞いた?
こんな美化された話を?
一体誰から?


「いいえ、そんなことはありませんよ。僕個人として、貴女への興味が尽きることはないんです…姫を守る騎士の如くね」
「…!」


まさかこの人、私が例の『お姫様』だと気付いてる───!?
聞きたくない単語の登場に思わず息を飲む。
じゃあ最初の出会いは偶然ではなく、仕組まれた必然だったのか…となると、先日のベルツリー急行で居合わせて知り合いとなったせいで特定された?
街で見かけた姿形の似た私を、二段階で確認した上仕掛けにきたの?

顔から血の気が引いていくのが分かる。
彼が本当に組織の人間の安室透であるなら、私は今まさに逃げ場のない鳥籠の中にいるようなものだ。
ハニートラップにかかるつもりはないけれど、そちらに気を向けすぎて足元を掬われる、なんてことになりそう。
相当頭が良さそうだし、今日1日襤褸を出さなかったぐらいで振り切れたらいいけれど…いや、振り切る必要はなくなるかもしれない。
もし私がデータで知る彼と目の前の彼が同一人物であちらが本業なら、少なくとも敵ではないのだから。


「もし気分が悪くなったらすぐ言って下さい。乗り慣れない車だと酔いやすいでしょうし…」
「お気遣いありがとうございます。今のところ問題ないです。運転お好きなんですか?」


それからは互いにつかず離れずな会話を交わし、毛利探偵達より一足早く目的のテニスコートに到着した。
安室さんに誘われるがまま空いていたコートを借りて打ち合っていたら、次第に辺りが騒がしくなってくる。
私が見て分かるぐらい、彼はテニスが上手いし、顔立ちも良いから恐らくそのせいだろう。
授業ぐらいでしか触ったことのないレンタルのテニスラケットを、ぎこちなくしか振れない私に対し、彼は打ちやすいようにボールを返してくれるだけでなく、優しく笑顔で声をかけてくれるのだ。
彼のことを知らない人からすれば、それは輝いて見えるはず。


「ねぇ、お姉さん。彼氏さんテニスプレイヤーなんですか?」
「いえ、違いますけど…」
「嘘ぉ!勿体なーい!じゃあテニスサークル?プロみたいだし、彼氏さんカッコ良すぎですよね!羨ましーい!」
「いえ、サークルでもないし彼氏でもないですけど…」
「「えっ!?」」
「え…?」


そろそろ毛利探偵が来る頃だと安室さんが席を外すや否や、高校生か大学生ぐらいのギャラリーに声をかけられた。
話題は当然彼のことだ。
どうやら大学生のテニスデートに見えていたらしく、否定してみせれば途端に周りの女の子から驚きと喜びの声が上がる。
想像以上に彼はモテるらしい。


「じゃ、じゃあお姉さんフリーってこと?」
「マジで?」
「絵里衣さん」


女の子達につられて男の子達も騒がしくなってきたところで、後ろから名前を呼ばれた。
と同時に、優しく肩を引かれ数歩後退る。


「安室さん…」
「毛利先生達がいらっしゃいましたよ。行きましょう」


上から降ってくる心地好い声と柔らかい人の良さそうな笑みを、固い胸板に背を預ける形で受け入れながら頷いた。
満足そうな彼にエスコートされ毛利探偵達の元へ向かう。
彼の隣を歩きながら、私の脳裏には1つの答えが漂っていた。

先程のあの体勢───彼の胸に背を預ける体勢は、ベルツリー急行の中で眠らされた時の体勢と似通っている。
あの時は突如伸びてきた腕に背後から抱きすくめられ、薬の染み込んだハンカチを口に当てられたのだ。
当然抵抗はしてみたものの、腹に回された逞しい腕はびくともしなかったし、口元にあった手は私のものより大きかったはず。
そして私の後頭部は犯人の胸元あたりにあったから、私より大分背の高い男性の犯行だと考えるのが妥当。
彼、安室透は今のところ、この少ない条件全てを満たす男性だ。

さっきの感覚からしても、十中八九私を眠らせたのは彼だけど───であれば何故、あの時私を連れ帰らなかったのかという新たな疑問が浮上する。
組織は、何らかの理由で私を生きたまま確保する必要があるはずなのだから、意識のない私を騒ぎに乗じて回収と言うことも十分可能だっただろう。
やはりベルツリー急行時点では私が尋ね人と確証がなく、あくまで姿を確認することだけが目的だったのか。
それとも、私より優先すべき事態があったのか。
もしくは、私を眠らせたのは別の目的からなのか。


「お久しぶりです絵里衣さん!テニスデートどうでした!?安室さんと進展ありました!?」
「もぉ、園子…!」
「何もないけど…やっぱりこれは園子ちゃんが仕組んだことなのね?」
「だって、イケメンの願いは叶えないとダメじゃないですか〜!」


全く以て意味は分からないけど、相変わらず園子ちゃんは楽しそうで、蘭ちゃんは申し訳なさそうだ。
女子高生の恰好のネタにされていると言う事実を、喜ぶべきか悲しむべきか…。
そんな私の胸中を知るはずのない2人は、続いてスペシャルコーチである安室さんに教えを乞いに行った。


「すっごーい安室さん!」
「ナダルみたい!」
「ジュニアの大会で優勝したらしいって、ポアロの店長に聞いて驚いたよ!」
「まぁその直後に肩を痛めて、このサーブ数は打てないんですけど…教えるだけなら支障はありませんから」
「よろしくお願いしまーす!」


安室さんが見せたサーブに感嘆を漏らす彼女達を横目に、組織の一員であるバーボンの登場にすっかり固まってしまっているcool kidの隣に腰を屈める。
少年は私に気付くと、ぴくりと肩を跳ねさせた。


「大丈夫?小さな探偵さん」
「絵里衣さん、何で奴が此処に…って、大丈夫?」


心配そうに眉を寄せた彼に聞き返される。
バーボンのことなら今のところは大丈夫なはず、としか言えないけど…。


「じゃなくて、すっごく顔色悪いよ?もしかして何かあったの!?」
「いや…多分変に気を張ってたからじゃないかな。彼の車で此処まで来たから」
「そっか…それなら余計に休んでいた方がいいんじゃない?」


小さな手が軽く汗ばむ前髪を払ってくれる。
どうやら安室さんによる練習が始まるようだけど、私は日陰で見学が良さそうだ。
その方が襤褸を出す可能性も減るし、彼を観察していても不思議ではない。


「では、サーブから始めましょうか!」


蘭ちゃんと園子ちゃんに断って、コートの隅へ移動する。
が、その時。


「危ない!!」
「へ?」
「コ、コナン君!?」


何処からか飛んできたラケットが、コナン君の頭に直撃してしまった。
飛んできた先を見れば、大学生らしき女性が血相を変えて此方に向かってくる。
けして安堵してはいけないのだろうけど───奴らの絡んでいないただの事故のようだ。








それから、コナン君を医者に見せるために、事故の原因となった琴音さんの別荘にお邪魔することになった。
何でもサークルの集まりで試合をしていたところ、ラケットが汗で滑って吹っ飛び、たまたまコナン君に直撃したらしい。
診断の結果軽い脳震盪だったようだし、とりあえずは良かったかな。


「じゃあ少年も無事だった事だし…皆さん俺らと団体戦やりません?丁度男女4人ずつだし…なんならミックスダブルスでも…」
「俺は構わねーが…」
「まぁ試合も練習の内ですし…」


その言葉に、未だぼんやりしているらしいコナン君が首を傾げる。
この状態でも意識を向けられるとは、さすがcool kidだ。


「私は体調不良ってことで外してもらったんだよ」


ソファーの後ろから声をかければ、コナン君から「まだ顔色悪そうだけど、絵里衣さんは大丈夫なの?」と心配の声が返ってきた。
私の顔色より今は君の脳震盪でしょう。
気遣いのお礼も込めて「後でぎゅってさせてね」と言うと、ポンと音が聞こえるぐらい一瞬で真っ赤になった。
可愛いなぁ、コナン君。


「お昼、冷し中華だけど皆さんも食べます?」
「食べます食べます!」
「でもいいんですか?」
「ええ!ケガのお詫びも兼ねて!」
「んじゃやっぱ俺の分はいいよ!昨夜のアイスケーキの余りを部屋で食べるから…」
「そんな物ばっか食べてるともっと太るわよ!」


このままお昼ご飯を此処でご馳走になるみたいだし、私も手伝いますか。
体調不良と言うことになっているけど、別に問題ないしね。








結局体調を気遣ってくれた蘭ちゃんと園子ちゃんに程々で追い出されたので、私はコナン君の様子を見に、教えてもらった石栗さんの部屋へ向かった。
リビングだとクーラーの調子が悪いからと、コナン君が彼の部屋でお世話になっているらしいのだ。


「あれ、琴音さん?」
「絵里衣さん…」


石栗さんの部屋の前で、何だか変な雰囲気を纏う琴音さんと出会した。
私と同じように昼食の有無を確認しにきたらしいけど、ケンカでもしたのだろうか。


「そう言えば、コナン君が───」


視線をドアの方へ逸らした瞬間、ガンという鈍い痛みがこめかみに広がる。
と同時に、私は意識を手放した。

  return  
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -