夢を見ていた。
自分の無力さと迂闊さ、罪悪感。
それらを抱えて、まんまと意識を手放したにも関わらず、夢の中の私は少なからず幸せだった。

まだ日本にいた頃、FBIに入局しようだなんてこれっぽっちも思っていなかった頃、父も母もただの警察官だと思っていた頃、何も知らない私はただの女の子だった…はず。
滅多に会うことのない父は今思えばそれは親バカで、母にも甘い人だったが私にはそれはもうとびきり甘かった。
母は母で、天然なのかしっかり者なのか何とも掴みどころのない人で、家族揃うとわりと賑やかだったのを覚えている。

だが物心ついた頃、我が家がけして普通の家庭ではないのだと感じるようになった。
世の中には沢山の職業があるけれど、両親は少々珍しい職に就いていたのだ。
そして何故か2人共、私の知らないところで何かと戦い、何かから私を遠ざけていた。
それを察したのはアメリカに移ってからで、私は段々人を見るようになり、そして生きるための術を身に付けるようになる。
私が理解したと勘違いし始めた頃には、仕事で国内外を飛び回っていた両親と会う回数は、極端に少なくなっていた。

そんな両親と似たような道を進んだはずの私は、何処か似たような境遇の仲間達と共に日本へ出向き、その世界では有名な両親の子とは思えない程の失態ばかりを披露し、そして───


「……ん」
「絵里衣ちゃん、気が付いたのね!」
「有希子さん…?」


ゆっくり上半身を起こせば、妙に体が重いことに気が付いた。
此処は医務室?
ベッドが1つだけある簡素な部屋に、私は寝かされていたらしい。
てっきり奴らに拘束されたかと思ったけど…?


「ご気分は?」
「…申し訳ありません」
「謝罪が聞きたいわけじゃありませんよ」


私が目を覚ますのを待っていてくれていたらしい沖矢さんが、「貨物車が爆発したせいで、途中下車になったんです」と言いながら、利き手で優しく頭を撫でてくれる。
罪悪感が加速するから止めてもらいたいが、同時に安心感に包まれ落ち着くだなんて、この歳にもなって恥ずかしい。
細められた瞳に非難の色が見えないし…どれだけ甘いんですか、ホント。


「絵里衣さん!」
「コナン君…」
「ちょうど彼も来たことですし…何があったか教えていただけますか?」


慌てた様子で、コナン君が部屋に飛び込んできた。
まだ事態を把握出来ていないけれど、彼はわざわざ私を見に来てくれたと言うわけか。

全く記憶にないが、沖矢さんが言うには、突如列車から切り離された貨物車が爆発したせいで運行中止、乗客は途中下車となったらしい。
私はと言うと、倒れていたところを沖矢さんに発見され、そのままこの駅の医務室に運び込まれたそうだ。
一体何がどうなっているの?


「沖矢さんと一緒に哀ちゃんと合流した後、哀ちゃんをB室に…有希子さんに任せて、私は化粧室か自室に戻るつもりでした」
「何故そこでB室に入らなかったんです?」
「そぉよぉ!哀ちゃんも『絵里衣さんが…!』としか言わないし、心配したんだから!」
「すみません、有希子さん。私といると被害が拡大すると思ったので…それにあの安室って人、何だか…」
「安室さんは奴らの仲間だったよ」
「奴らの?」


コナン君が曰く、例の組織の切れ者の探り屋バーボンが、あの毛利探偵の弟子である私立探偵安室透で、哀ちゃんの家族とも顔見知りな厄介な相手なんだとか。
聞けば毛利探偵事務所の下にある喫茶店ポアロでバイトしていると言うし、何と言うか、灯台下暗しとはよく言ったものである。
これで、またよく分からなくなってしまった。


「それで?」
「その途中、突然部屋に引き込まれてからの記憶がありません。7号車のE室以外の部屋で、背後から身動きを封じられて薬を嗅がされたのは確かですけど」
「妙ですね」
「おかしいよね」
「…え?」


沖矢さんが、ふむ、と腕を組み何やら思案し始める。
すると、同じタイミングでコナン君も鋭く疑問を口にした。
現場を実際に見て、私を運び出してくれたと言う沖矢さんと、協力者───怪盗キッドを通して状況を知ったと言うコナン君曰く、私が倒れていたのは8号車だと言うのだ。
8号車と言えば、殺人事件が起きた列車であり、私が立ち入ることを避けた車両である。
つまり、7号車で私を眠らせた後、一度も立ち入ったことのない車両にわざわざ移動させられていると言うことになるわけだ。
私が哀ちゃん絡みの本筋で奴らの邪魔になったのなら、眠らせた後そのまま7号車客室に捨て置けばいいだろうし、万が一私を『お姫様』と知っての行動なら、今こうやってこの医務室にいること自体がおかしいではないか。


「考えられるとしたら、貴女を発見しやすくするため、でしょうか。8号車は煙が充満していましたが、呼吸しやすいよう低い位置で気道は確保されていましたし」
「絵里衣さんは知らないかもしれないけど…奴らの仕業で8号車で火事が起きたことになってたから、後ろの車両の乗客は皆前の車両に避難してたんだ。客室より廊下の方がずっと誰かの目に入りやすいし、逃げ遅れて気を失ってるって思ってもらえるだろうし…それが目的だったかも」
「それだと、余計に犯人が何をしたかったのか分からなくなるね」


こう説明されれば、いくら私でも違う可能性にシフト出来る。
犯人の意図が全く見えないと言うことは、先入観や固定概念に捕らわれて自ら可能性を狭めていると言うことではないだろうか。
8号車で起きた殺人事件や哀ちゃんとバーボンの接触がフェイク、もしくは逆に私の戦線離脱そのものがフェイク、はたまた両方───?


「絵里衣さんを眠らせて、8号車に連れてきたのが安室さんだって言う可能性は?」
「顔を見てないし、気付いたら此処だったから、何とも…」
「今のところ、一番可能性が高いのは彼でしょうね。彼女を例の人物と認識していたかは置いておいて…毛利探偵とも顔見知りである彼女は利用しやすいし、状況から考えてもそうだ。もちろん断言は出来ませんが」
「とりあえず、絵里衣ちゃんも無事だったことだし、そろそろ此処を出ましょうか。コナンちゃんは博士達と行くのよね?」


私が意識を失う最後の最後まで手を離さず任務を遂行したのは、おそらく『確実』が欲しかったからだろう。
犯人が組織の人間なら、火事騒ぎならびに貨物車爆発の騒ぎに乗じて私を確保するため。
犯人が組織の人間でないなら、その者にとって何らかの利用価値もしくは妨げとなったため。
でも実際は、犯人は眠らせた私を早く見つけさせたかった───多人数の元へ追いやりたかったのではないか。
素直に考えれば、哀ちゃんとの対峙もしくは8号車の客室内や貨物車に目を向けさせないためだけど、『殺人事件の犯人の他に、私を襲った何者かがいると証言させるため』とも考えられる。
これが私への警告であれば、私達以外に『お姫様』を知る者がいることになるだろう。
これが見せしめであれば、此方側のメンバーや実力が把握されていると言うことになるだろう。
であれば、やっぱり───。

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