「さすがヘル・エンジェルの娘さんだ…よく似てらっしゃる」


噎せ返る白煙が立ち込める中、見知らぬ彼女に変装して8号車に乗り込めば、人がいないはずのそこに現れたのは、毛利探偵の弟子と名乗っていた色黒の男だった。
コイツが名探偵の言う悪い奴なのか?


「初めまして。バーボン…これが僕のコードネームです」


そうウイスキー名を告げた男の後ろに、さっきまではなかった影が見える。
煙ではっきりとは分からないが、壁に凭れ掛かって座ったまま体勢を崩し倒れたような───ってあれ、斎藤絵里衣!?
以前錦座にあるビルの屋上で出会った、自称バイオリン奏者の美人じゃねぇか!
この間会った時より化粧もしてるし、雰囲気の違う格好をしているが…間違いない、彼女だ。
その目は固く閉じられていて、ぐったりと意識を失っているようだ。
あの位置なら、変に煙を吸う事も少ないだろう。
───ん?
って事は、彼女はこの男に連れてこられて、あそこに…?


「バーボン…このコードネーム、聞き覚えありませんか?君の両親や姉とは会った事があるんですが…」
「ええ…知ってるわよ。お姉ちゃんの恋人の諸星大とライバル関係にあった組織の一員…お姉ちゃんの話だと、お互い毛嫌いしてたらしいけど」


危ねぇ…彼女の事も気になるが、今は耳に集中して、目の前のイケメンをやり過ごさなくちゃなんねー。
何か爆弾も仕掛けられてんだっけ?
辻褄が合わねー回答なんかすれば、逃げるチャンスも無くすかもしんねーな。
つか、まじあのボウズ何と戦ってんだよ。
明らかに普通じゃない自称バイオリン奏者の彼女も、明らかに訳アリで姿を隠しているオレが変装している彼女も───一体何なんだ?


「さぁ…手を挙げたまま移動しましょうか。8号車の後ろの貨物車に…」


突きつけられたのは本物の拳銃。
命の危機に瀕していると言うのに、鈍色のそれは、不思議な彼女との出会いを思い起こさせる。
ただ綺麗な人だと思ったんだ。
同時に普通の人ではないとも。
だが…一期一会でお終いにならなくて良かったぜ。


「その前に…その人は無事なの?」


両手を挙げながら目で背後の彼女を示せば、男は冷たく横目でそれを確認しただけで、すぐ此方に視線を戻した。


「ええ…この騒ぎで気を失っているだけのようですから。君との一件が片付いたら、混乱に乗じて車掌にでも引き渡しますよ。そうすれば言い訳も出来ますしね」


まるで興味のない態度ではあったが、一応常識は持ち合わせているらしく、彼女の介抱を理由にこの8号車から脱しようとしているようだ。
火災騒ぎのせいで本来なら此処は蛻の殻のはず…気を失っている彼女と一緒なら、例え誰かに見られたとしても、8号車から脱出してきた乗客と思われるだけだからな。
全く…マジで厄介な事に巻き込まれちまったぜ。








「聞いてねぇぞ!!拳銃に爆弾に…何なんだ!?あの危ねぇ奴らはよ!!」


何とか列車から脱出して文句の電話をかければ、電波の先からはボウズの軽い声が返ってくる。
何でただ下見のために乗車してただけで、こんな目に遭わなきゃなんねーんだ?
こっちは命懸けだったっつーの!


『まぁこれで貸し借りはチャラって事で…』
「当たり前ぇだ!!」
『あ、オレが渡したその携帯、ちゃんと探偵事務所に送ってくれよな!』


まぁ一応無事なわけだけどよ…って、そう言えば彼女は大丈夫だっただろうか。
爆発したのは8号車と貨物車の連結部分だったから、8号車の前方、7号車寄りで倒れていた彼女に爆弾の被害はないはずだけど。
あの男が有言実行したのなら、今頃医務室にでもいるのかもしれない。


「なぁ名探偵、例の彼女は無事保護されてるよな?」
『例の彼女?』
「斎藤絵里衣さんだよ、自称バイオリン奏者の。確か安室さん…だっけ?あの男が倒れてたの見つけたっぽかったけど」
『何…!?』


先程とは一転して、ボウズの声が緊張感を帯びる。
こんなに動揺を見せるなんて、マジで彼女何者なんだ?
この探偵ボウズと、どんな関係って言うんだよ。
血縁…いや、違うな。
そんなもんじゃない。
それよりもっと───


『絵里衣さんの事はこっちでどーにかすっから、オメーは首突っ込むなよ!』
「オイオイ、オレは唯一の目撃者───って切りやがった!」


オレの扱い酷すぎんだろ!
まぁ、これでキッドとしての仕事は多少やりやすくなっただろうし…彼女と接触しても文句は出ないだろう。
二度あることは三度ある、ってね。


「…こいつは貸しにしとくぜ、名探偵」

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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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