私が日本に帰省して3日が経過した。
例の男の自爆のせいで負った傷は大したことはなかったけど、その前に撃たれた方が厄介で。
思ったより深く抉られていたらしく出血もかなりの量となり、血が止まった今でも少々動きが制限されてしまっている。
何だかんだで完治まで数ヶ月とは、FBIとして情けない。

そんなわけで、私の日本での設定は、海外公演中に腕を痛めてリハビリ要となったバイオリン奏者、になった。
バイオリンは両手を使用する楽器だから、この怪我も上手く利用出来る。
それに、楽器ケースは少々大きめを選んで二重底にしてあるから、あまり宜しくない荷物を隠すことは勿論、もしFBIとバレても言い訳は十分に可能となっているのだ。

それから、組織にバレようがバレまいがすぐに殺されることはなさそうなので、下手に偽名は使わず名前はそのままでいくことにした。
念のため、ではあるが、髪だけは本来の色に戻しておくことにしたけど。
顔立ちが日本寄りだからアメリカでは黒に染めていたのだが、本来の髪色は明るい茶色なのだ。
恐らく日本では黒より都合がいいだろう。
これぐらい手を抜いている方が、後々本当に囮になる際に動きやすいはずだし。

住まいはかつて日本にいた時の家ではなく、新たにアパートの一室を借りることにした。
木馬荘という名前が可愛らしいし、周りは静かだし、立地も悪くない此処は中々お気に入りだ。
近所付き合いが鬱陶しくないのも良し、大家さんのところの息子さんも可愛くて癒される。

こうして民間人としての生活をスタートさせたわけだが、ジョディから状況伺いの連絡がくるぐらいで、本当に怪我で演奏不可になったため戦線離脱して帰国したただのバイオリン奏者のような毎日を送っていた。








「ねえ、お姉さん。ミルキー見なかった?」
「こんな犬なんですが…」
「見てたら教えてくれよ。雄也のばあちゃん寂しがってんだ!」
「ミルキー?」


民間人らしく近所の公園のベンチでぼーっとしてたある日、小学生らしき3人組に声をかけられた。
四方を住宅に囲まれたこの公園に子供が遊びに来ることはけして珍しくはないが、どうやらこの子達は普通の小学生じゃないらしい。
カチューシャが可愛らしい女の子に、ミルキーの写真を見せてくれた丁寧な話し方の男の子に、恰幅のいい男の子。
訊けば、3人は同じ帝丹小のクラスメートで少年探偵団だと言うのだ。
本当はもう後2人メンバーがいるのだが、今は3人でクラスメートの依頼を解決中だそうだ。
そう言えば、大家さんのところの息子さんも帝丹小の1年生じゃなかったっけ。


「で、今は3人で迷子のわんちゃん捜しをしてるんだね」
「そーだぜ!」
「絶対ボク達少年探偵団が見付けてみせます!」
「でも、この公園でも見た人がいないなら、こっちには来てないのかなぁ」


うーん、と腕を組み悩み始める少年探偵団達。
最近の小学生は洒落た遊びをするんだね、なんて言ったらお姉さん扱いしてくれなくなるかな。


「このミルキーちゃん可愛いし小さいし利口そうだし、もしかしたら案外お家の近くで見つかるかもね」
「確かに、その可能性は十分考えられますね!」
「もう少しこの辺り見て回ったら、1回家の方に戻ってみよーぜ!」
「うん!」


気合いを入れ直した3人は、少年探偵団として任務を全うしようと瞳を輝かせている。
眩しいばかりのその顔は、普段鳥籠に籠もっているだけの私にはとても新鮮だった。
まぁ、鳥籠は鳥籠で重要箇所を担っているし、根暗ってわけでもないけれど。


「あ、お姉さん、それ楽器?」
「ああ、これはね…」


私の傍らで鎮座していた楽器ケースを膝の上へ乗せると、さっきとは違った意味で輝いた視線が集まる。
きっと中身を見たら驚くんだろうな。


「何だよコレ!骸骨みてーじゃん!」
「うわぁ…」
「元太君、骸骨みたいって…これ、電子バイオリンですよね?」
「よく知ってるね」


えへへ、と嬉しそうにはにかんだ少年が言った通り、私が持ち歩いている楽器は、子供からは骸骨と思われても仕方がないであろう電子バイオリン。
現状民間人としての設定で持っているだけだから、管理が大変な通常の物ではなく此方を選んだというわけだ。
消音性に優れた電子バイオリンは、腕のリハビリのために練習で使っている楽器として理由付けは申し分ないし、ケースの二重底を考慮し他のメーカーより軽いボディの物を選んである。
こんな小細工が奴ら相手に長々と通じるとは思っていないが、今のところ民間人として生活するにあたっては十分な工夫だろう。


「これ、ちゃんと音は鳴るの?」


ほとんど中身のない楽器を見つめながら、不思議そうに少女が言った。
いくら設定上の所持楽器と言えども、楽器自体は本物だ。
電子バイオリンだから、少年少女達の想像とは異なる音色だろうけど演奏も可能。
小学生でも知っているであろう定番のきらきらぼしを弾いてみせれば、案の定3人は目を丸くして固まってしまった。


「今、音鳴ったか?」
「えーっと…」
「こういう楽器は機械を通して音を出すから、何もなしで演奏したらこうなるんだよ」
「カッコいいですね!」
「凄い…もっといろんなの聴きたい!」


無邪気な子供達に少々罪悪感も覚えるが、元々授業で習った程度で大した腕前でもないし、「療養中だから簡単な演奏しか出来ない」と説明すれば、今度は次々に怪我を心配する声が返ってきた。
こんなに無垢な感情に触れるのは、久しぶりじゃないだろうか。
民間人として生活するには非常に癒しになるけど、現実問題本職を考えるとあまり関わるのは好ましくないんだよね。


「あ、わんちゃんの声!」
「行ってみよーぜ!」
「ミルキーかもしれません!」


通りから聞こえた犬の鳴き声に敏感に反応した3人は、本来の任務に戻る前に親切にも名前を教えてくれた。
吉田歩美ちゃん、小嶋元太君、円谷光彦君と言うらしい。
このご時世、簡単に見知らぬ人に名前を教えるべきではないとは思うが、この子達に短時間で心を開いてもらえたのだと思うと嬉しくも感じる。


「私は斎藤絵里衣。頑張ってね、小さな探偵さん達」
「はい!」
「うん!」
「おう!またな姉ちゃん!」


またな、か。
ひらひら小さな手を振って走っていく3人組に手を振り返しながら、自嘲的に溜め息を1つ。
会わない方がいいけど、またがあれば嬉しいかもしれない。








「───ってことがあってさぁ、無邪気で素直でピュアな子供って可愛いよね…」
『あら、なら小学校の教師でもすれば良かったのに』


クスクスと電話口で笑っているのは、同僚で親友のジョディだ。
今は日本で高校の英語教師として潜入捜査中である。
何でも、奴らの幹部格でキーパーソンな女が、その高校に紛れ込んでいるとか。
女と並々ならぬ因縁があるのは聞いているけど、そこに堂々と潜入するジョディの覚悟はさすがと言わざるを得ない。


「いくら相手が小学生でも人前に出るのはねぇ…ジョディと接触する可能性も上がりそうだし」
『そうよね…ああそう言えば、私もかなりイケてる小学生と知り合いになったわ』
「イケてる?ジョディってショタコンだっけ?」
『違うわよ失礼ね。とーっても頭がキレるクール・キッドなんだから』


ジョディが言うのだから、その少年はかなりのレベルでイケてるのだろう。
私の経験上、こんなに嬉しそうな彼女なんて、ノーミス自己ベスト更新でゲームの記録を塗り替えた時ぐらいにしかお目にかかれない。


「へぇ…それは人事部としては是非会いたいわね」
『将来有望よ。スカウトするなら今のうちだわ』


そうして、大幅に本筋から逸れたガールズトークは深夜まで続いた。
そこで私が仕入れた本筋の情報なんて欠片もなくて、とりあえず大人しく民間人を続けろっていう指示があったのみである。
もう暫く、平和が続きそうだ。


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