朝っぱらから沖矢さんに呼び出された。
手早く支度を済ませて隣家の工藤邸へ出向けば、玄関で出迎えてくれたのは、昔日本にいた頃にTV越しに見たことのある───


「藤峰有希子…さん?」
「あら、知ってたのね!」


───纏うオーラや美しさが規格外の、元女優だった。
確か私が小学生の頃に、結婚だとか妊娠だとかTVで報道されていたはず。
その美貌は今も健在で、私と同年代と言われても通用しそうなぐらいどう見ても若く、それは綺麗な人だ。


「来たか、絵里衣」
「朝から来てもらってごめんね、絵里衣さん」
「元女優とcool kidがいると言うことは…ただ事じゃないんですね?」


続いてリビングで出迎えてくれたのは、沖矢さんの姿で言動は本人の赤井さんと、まるで自宅のように妙に家の雰囲気とマッチしているコナン君だ。
沖矢さんが赤井さんなところから推測するに、先程の彼女もこの策を知る協力者なのだろう。
元女優まで引き入れていたなんて、コナン君の人脈は一体どうなっているのか。


「もしかしたら、ベルツリー急行で奴らが仕掛けてくるかもしれないんだ」
「ベルツリー急行って…あのミステリートレイン?確か怪盗キッドがどうこう新聞に書いていたはずだけど…」
「そうだ、そう言えば絵里衣さん、前にキッドに───」
「新…コナンちゃん、立ち話もなんだし、まずは座りましょ!絵里衣ちゃんはコーヒーでいいかしら?それとも紅茶?」


促されるままソファーに座り、有希子さんが淹れてくれた紅茶をいただきながら話を聞けば、コナン君は神妙な面持ちで順を追って説明してくれた。

まず、ひょんなことから奴ら側に、哀ちゃんがミステリートレインのパスリングをつけているところを見られてしまった可能性が高いと判明した。
それに伴い、哀ちゃんを狙う者の1人、ベルモットがベルツリー急行乗車時に仕掛けてくる懸念が浮上。
此方側は、例の組織でバーボンと呼ばれる切れ者が動き始めたと言う情報も掴んでいるため、バーボン含めその他コードネーム持ちがベルツリー急行に居合わせるかもしれないと言う可能性が出てきたのだ。
そしてキーパーソンでもあるベルモットの正体は海外女優であり、藤峰有希子さん───この工藤邸の家主の奥様である工藤有希子さんの知り合いだと言うので、特別にフォローのために帰国してもらった。
有希子さんはコナン君の親戚で、その経歴を存分に活かして赤井さんを沖矢さんに仕立て上げた張本人だから、彼の正体も此方側の大まかな事情も知っていると言うわけだ。
こう説明されれば辻褄は合うし理解は出来るんだけど、私への情報提供が遅すぎるかつ大分意図的に漏らされているようで、何ともコメントし辛いところでもある。


「ベルモットの表の姿を知る有希子さんも、此方側からは沖矢さんも乗車するんですよね。じゃあ私は此処に残ってフォローと、必要に応じて応援要請をすればいいんですか?」
「いや…残念だが、お前の仕事は俺の手の届く範囲にいること、だ」
「Are you kidding?」


暴言と捉えられても仕方ないだろうが、勘弁してほしい。
何故私が、あえて奴らと鉢合わせするリスクを冒してまで、逃げ場のない乗り物に同乗しなければならないのか…納得のいく説明はしてくれるんですよね?


「得策ではない…と言いたげだな」
「普通考えて得策ではないでしょう。奴らが本当に乗車した場合、面倒と被害が拡大します。それとも何か別の目的や策があるんですか?」
「もう、素直に傍にいる方が安心するからだって言っちゃえばいいのに!」


怒るフリまで可愛らしく、やはり同い年ぐらいにしか見えない有希子さんは、ソファーから離れご機嫌な様子で何やらがさがさと荷物を漁り始める。
かと思うと、すぐに私が一生着ることはないであろうそれは可愛らしいワンピース片手に、それは可愛らしく微笑んでみせた。
さすが元女優、ウィンクもばっちり決まっている。


「絵里衣ちゃんには私がちょっぴり魔法をかけてあげるから、安心して一緒に行きましょう!」
「…………え?」








鏡の前の自分の姿が見慣れない姿過ぎて、先程から溜め息しか出ない。
丁寧に纏め整えられた髪はサイドで波打って揺れているし、いつもより遥かに透明感の増した肌は、自分では絶対作り上げることなんて不可能なクオリティである。
ポイントメイクは派手めだと言うのに、下品な印象を一切受けないのは、甘い中に清楚さを感じさせるこの白いワンピースのお陰だろう。
ラメ入りの生地は光沢があり、フリルもレースもリボンも使われているが、少し広めの襟刳りや絞られたウエストのお陰で、さり気なく体のラインを描き出すだけで可愛さも派手さも厭らしさも特出することはない。
後ろから見れば私だと分からないだろうし、正面から見ても、近付かなければ私だと分からないぐらいの変貌ぶりだ。

元女優のレベルの違いに再度溜め息を吐いて、漸く私はお手洗いから出た。
奴らとの対峙が楽しみなのか、ヤケにご機嫌な沖矢さんの視線から逃げるように揺れの少ない列車内を進み、このお手洗いに逃げ込んでから、一体何分経過しただろうか。


「あの…すみません」


ふと、後ろから声がかかる。
ばっちり目と目が合ったのは、いつぞやに出会った、例の彼だった。
貴方もこれに噛んでいるとは…。


「やっぱりそうだ。以前お会いしたことがありますよね」
「ええ、擦れ違い様にぶつかってしまったことが…」
「雰囲気が違うから人違いかもしれないとも思ったんですが…覚えていてくれて良かった」
「一度会っただけなのに、よく後ろ姿だけで分かりましたね」
「ああ、時計ですよ」
「時計?」


徐に右手を掴まれ、顔の高さまで引き上げられる。
そうして視界に入るのは、腕時計のベルトに僅かについた切り傷だ。
高価なブランドの時計でもないからと、放っておいたのが間違いだったわけね。


「この間お会いした時に、ベルトに傷が入っているのに気がつきまして…僕とぶつかったせいでついたのならお詫びをしないとと、ずっと思っていたんです」
「この傷は前からついていたものなので、貴方のせいでは…」


だとしても、どんな洞察力をしてるんだ、この人は。
あの一瞬で腕時計のベルトの傷に気付き、今日もそれを見て私かもしれないと思ったなんて…有り得ないでしょ。
それともここは、自分の迂闊さを反省すると同時に、流石───だと褒めるべき?


「そう言えば、名乗りもしていませんでしたね。僕は安室と言います」
「…斎藤です」


安室…ですって?
それは一体、何の───


「あれ?あなたも乗ってたんですね!安室さん!」
「ええ!ネットでうまく競り落とせたんで…さっき食堂車で毛利先生ともお会いしましたよ!」


その時、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてきた。
蘭ちゃんと、同い年ぐらいの女の子と、コナン君以外の少年探偵団だ。
そう言えばこの『安室』さん、この間毛利家と車に乗っていたっけ。


「誰?このイケメン…」
「前に話した、お父さんの弟子になりたいって探偵さん!」
「うーん、でも彼女持ちかぁ…」
「あ、もしかして絵里衣さん?ごめんなさい、いつもと雰囲気が違うから気付きませんでした…凄く綺麗です!」
「ありがとう、蘭ちゃん。隣はお友達?」


メイクと服装で、知人相手でも案外誤魔化せるものらしい。
蘭ちゃん達と一緒にいる小さな探偵さん達も、口々にその変わりようを褒めてくれる。
初対面やただの乗客としてなら、いいカモフラージュになりそうだ。
───彼の目は欺けなかったわけだけど。


「あの、もしかしてお二人って…」


鈴木園子と名乗ってくれた蘭ちゃんの親友は、安室さんと私の関係が気になって仕方ないらしい。
確かに彼、年下からのウケも良さそうだもんね。
それを自覚済みなのか、おずおずと切り出した彼女に慣れた様子で笑みを返した安室さんは、私が口を開く前にすらすらと事情を話し始めた。


「以前道端でお会いしたことがあるんですが…まさか今日此処で再会するとは思っていませんでしたよ」
「と言うことは、デートじゃないんですね?」
「ええ、残念ながら今回は…ね、絵里衣さん。是非その機会があれば、僕としては嬉しいんですけど…なんて」
「安室さんと絵里衣さん…美男美女でお似合いだと思います!」
「まさか一目惚れ…!?」


この顔が表?
それとも裏?
データ上の彼がフェイクなら、私は今恐ろしい相手と会話していることになる。
だって名前と肩書きを2つ持っている人が、ごく普通の一般人なはずないでしょう。
実は一卵性の双子だった…と言うなら話は別だけど。


「それより車内で事故があったようですけど…何か聞いてます?」
「そ、それが殺人事件があったみたいで、今、世良さんとコナン君が現場に残ってるんですけど…」
「ホー…それなら毛利先生にお任せした方がよさそうかな?」


ちょっとお手洗いで凹んでいる間に、殺人事件が起きていたとは知らなかった。
これが奴らの仕業なら、不穏な幕開けってところかしら。
哀ちゃんもずっと何かに怯えているようだし…その対象が第三者の『安室』さんだったのか、それとも他の『何か』だったのか。
事件現場に真純ちゃんとcool kidがいるみたいだし、私は今部屋を動かない方がいいだろう。

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