『え〜!?絵里衣さん、キャンプに行ってないのか!?』
「声はかけてもらったけど、博士の車は子供達と荷物で定員オーバーだからね」
『じゃあ今からボクのバイクで行こうよ!』
「真純ちゃん…まさか群馬まで追い掛けるつもりなの?」


博士と少年探偵団が群馬にキャンプに行くことになったため、沖矢さんを説き伏せて今日は杯戸町まで足を伸ばすことにした。
本来の目的は別にあるんだけど、何か言われるのは目に見えているから、一応楽器の練習ということにして、だ。
そうして太陽の日差しを浴びながら公園へ向かっていると、先日連絡先を教えたばかりの真純ちゃんから電話があり、何故かキャンプへの同行に誘われたのである。
真純ちゃん、子供達とそんなに仲良かったかしら?


『せっかく絵里衣さんと色々話が出来ると思ったのに…』
「真純ちゃんが訊きたいことって、皆の前で話せないことじゃない?」
『Spot on!』


Girls' night outって感じ?
山の中でのキャンプだし、恋バナなんて可愛らしいものでもないけど。
そもそも、私から彼女の兄である赤井さんの話なんて大して出てこない。
彼と話をするようになったの、つい最近だからね。
仮初めの姿でいる間はかなりの率で会っているけど、結局彼も私も仕事だもの。


『今日のところは諦めるけど…今度しっかり時間取ってもらうからな!』
「話す場所を用意しないとね」
『それなら大丈夫!すぐ許可が出ると思うから!』
「許可?」


誰の何の許可?
そう言えばこの間も、私を連れてこいと言われてるとか何とか…。
バックに誰かいるのは確実だけど、彼女は赤井さんの妹だし、そんなに疑ってかかる必要はない…はず。
もはやこの考えすら甘いってこと?
温かい故郷の湯に浸かりすぎなんて言われても、今帰るのも悩みどころだ。
だからと言って、結局水面下で根を張るぐらいしか出来ないわけだけどね。

真純ちゃんとの通話を終えて少し歩けば、仮の目的地である杯戸公園が見えてきた。
緑生い茂るこの公園はある意味思い出の地でもあるけど、此処に長居は不要だ。
かつて奴らの狩場に選ばれた場所───つまり例の組織の行動範囲内のスポットなのである。
灯台下暗しがどれだけ通用するかによって、私の行動も変わってくるだろう。
とりあえず、今はこの公園の周囲から探ってみようと思う。
高めで頑丈で、それでいて地味がベストだ。
…そんなものあるのかしら。


「……鳥?」


私が暫し目の前の建物を眺めながら思案していると、視界を何かが横切り、そしてその何か───鷹が周りを飛び回るという奇妙な事態に見舞われた。
こんな所で鷹に遭遇ってどう言うこと?


「ああ、すみません…どうやら貴女に一目惚れしたようです」
「……は?」


人間に一目惚れする鷹なんているわけはないけど、それをジョークとしてさらりと言ってのけるとは、相手は中々の人物らしい。
その育ちが現れている小綺麗な格好をした少年は、鷹を自分の腕へ止まらせると優しく背を撫で始める。
そんな姿も様になっているのだから、色々な意味でかなり将来有望な人物だろう。


「久しぶりのholidayに浮かれているのもあるようですが…ワトソンは珍しく貴女に興味を示しているようです」
「そう…私の記憶では初めましてなはずなんだけど」
「ボクの記憶でもそうですよ。だからこそ興味深い」


空いた片手で私の手を掬い上げると、慣れた手付きで唇が落とされた。
どうやらこの手のことに慣れているようだけど、手の甲にキスだなんて何のデジャヴかしら。
容姿から見ても推測出来る通り、海外───それもイギリス出身?


「ボクは白馬探と言います。差し支えなければ、お名前をお伺いしても?」
「斎藤絵里衣よ」


白馬探と名乗った彼は、簡単な形式上の謝罪と謙遜と共に、普段は留学先のイギリスにいるのだと教えてくれた。
気障感は否めないが、これで彼の言動の意味がすっきりする。
そしてたまの休みに日本に帰省して、高校生探偵として活動もしているらしい。
平次君と言い真純ちゃんと言い彼と言い、高校生探偵はわりとメジャーな職のようね。
さすがに、鷹を連れているのは彼ぐらいでしょうけど。


「この鷹はワトソンと言います。彼方にいる時も連れて回っているせいか、事件や血のにおいには敏感なようで…」
「私からそんなにおいがしたってこと?」
「いや、まさか。何か普通とは異なる雰囲気は感じ取ったかもしれないですが」


自称高校生探偵の英国留学生に、他国の警察である私は何処まで警戒すればいいのだろうか。
近くに大きな公園のある住宅地で1対1で向かい合っている今、シチュエーションとしては悪くない。
仲間が駆けつけたり彼にとんでもない武術の才能がない限り、私の力で切り抜けることは十分可能だ。


「どうやら貴女もボクと同じく海外に由縁があるようですし、そのせいかもしれませんね。これも何かの縁なのでしょう…またお会い出来る日を楽しみにしています」


ふわりと綺麗に微笑んでみせた彼は、そう言うと鷹を連れて去っていった。
何だか、とにかく凄い高校生だ。
何をどう言えばいいのか分からないけど、とりあえず年下と思えない物言いはいつ足元を掬われてもおかしくないレベルだったように思う。
高校生探偵だと言うのなら彼もそれなりに有名だろうし、念を入れて探りを入れておくのが賢明かも。
ワトソンがあのワトソンなら、差し詰め彼はシャーロック・ホームズ…頭脳戦で敵うはずがない。

年下の学生探偵達相手でこれなのだから、正体不明な組織が相手なら言わずもがなだ。
前々から理解はしていたけど、その謎めいた組織に追われる少女と、世間的に少々有名な発明家の家に、何故か組織に目を付けられているらしい私が居座るのは非常に宜しくない。
博士の家にいる限り、小さな探偵達と接し続けることになるのは考えるまでもない確定事項。
そして小さな探偵達と関われば、芋づる式で毛利探偵にだって繋がってしまう。
であれば、現時点での私が行うべきことは1つ。
自然な形で彼ら彼女らと距離を置くこと、だ。


「…そう言えば」


そう言えば、今日は真純ちゃんから探君と英国繋がりで高校生探偵と話をしたけど、大袈裟なまでに言動を装飾し気障な振る舞いをしてみせたのは、あの怪盗キッドと通じる何かがあった。
あれ以来会っていないし、これからも会う予定はないけれど、どうやら私はこの辺りのティーン達を侮っていたようだ。
年上ばかりと行動しているとダメだと言うのが、よく分かった。

目の前の高層マンションを見上げれば、先程まで背景を彩っていた青が、くすんだ灰色へと姿を変えている。
これからの行く末を暗示しているみたいだ、なんて他人事のように思いながら、私は本来の目的地を目指し歩き出した。

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