思ったより、夕食の買い出しに時間がかかってしまった。
まさかスーパーを3軒も回ってしまうとは、想定外の凝り性っぷりである。
あまり遅いと、何故か隣家の状況を把握しているお隣さんから、お叱りを受けるかもしれない。

あの角を曲がれば阿笠邸と工藤邸が並ぶ通りに出ると言うタイミングで、急いでいた私の足を止めさせたのは、案の定隣人からの着信だ。


『今何処ですか?』
「もうすぐ家の前の通りですけど…」


沖矢さんの口調のままと言うことは近くに誰かいるのかと思いながら角を曲がり歩いていると、家の前に赤い車と通話の主がいるのが見えてくる。
購入品を冷蔵庫に突っ込むだけで、どう言うことか説明を聞かされる暇もないまま押し込まれたこぢんまりした後部座席には、コナン君のものと良く似た眼鏡をかけた哀ちゃんがいた。
助手席には阿笠博士もいる。


「ごめんなさい、絵里衣さん。せっかく夕食を作ってくれるはずだったのに…」


携帯片手に沖矢さんに指示を出した哀ちゃんが言うには、コナン君が事件に巻き込まれて殺人犯に誘拐されたらしい。
そして修理中の博士の車の代わりに、沖矢さんの車でコナン君を追っているのだそうだ。
ちょっとスーパーに行っている間に、こんなことになっていたなんて…驚くしか出来ない。


「今度は王石街道を南下して、鳥矢町方面に向かっているわ…」
「まだまだ追い付けそうにありませんね…」


私の勝手な先入観だが、コナン君が殺人犯に誘拐されると言うシチュエーションが、何とも不思議に感じる。
あのcool kidの小学生らしくない鋭さと機転は年齢をサバ読みしてると言われても納得だし、勇敢とも無謀とも取れる行動力だってあるのだ。
さっきから彼を乗せた車はうろうろ彷徨っているようだし、これすらも小さな名探偵の仕業な気がしてならない。
赤井さんの偽装死の件で確信していたものの、彼はいい意味で末恐ろしいからね。








「ん?」


それから暫く、哀ちゃんの言う通り動いたり止まったりを繰り返すコナン君を追って車を走らせていると、近くから此処日本では聞き慣れない音が聞こえた。
あれは間違いなくハンドガンの発砲音だ。


「い、今銃声のような音が…」
「あの車よ!!あの車に江戸川君が乗ってるわ」
「ではこの事を毛利さんに知らせてください」
「え?警察じゃなくて?」
「こうなった経緯を正確に警察に説明できるのは彼らのみ…車種と色とナンバーを伝えて検問を張れば止められます」


場違いな話かもしれないが、こういう時車に詳しい人は有利だと思う。
ほぼペーパードライバーで車に興味のない私には、コナン君が乗った車が、所謂ミニパトに形状が似た青の小さめの車としか表現出来ないからだ。
どうやらスイフトと言う車種らしいけど、swiftは迅速と言った意味を持つ英語…実は物凄くスピードが出て小回りが利くとか?
明らかにスピードが出そうにないこの赤い車で追い付けないなんてこと…いやまさか、カーチェイスをするわけじゃあるまいしね。
やっぱり私も車に乗るべきかしら───駄目だ、赤井さんみたいに器用じゃないから、右ハンドル・左側通行な日本での運転なんて、ペーパードライバーな点を置いておいても交差点で確実に事故る自信がある。


「じゃ、じゃが人質を楯に取って検問を突破されたら…」
「その時は…力尽くで止めるまでですよ…」


突如放たれた後部座席にいても分かる程のプレッシャーは、さすがFBIの切れ者捜査官と言ったところか。
でもそれで小学生を怯えさせても意味ないし、と言うか自分から正体をバラしかねない。


「沖矢さん、大好きなミステリーの読み過ぎでしょうけど…此処は平和な国、乱暴はやめて下さい」
「最善を尽くしますよ。此方としても、絵里衣さんに嫌われたくありませんから」


よくまぁそれだけスラスラと言ってのけるものだ。
彼の場合の『最善を尽くす』は、私が思う『最善』とは十中八九異なる。
勿論、私より遥か先を読んでの『最善』だろうから、可哀想な程怯えてしまっている哀ちゃんに勘ぐられないようにフォローはするつもりだけどね。


「そんな顔をするな…逃しはしない…」


ピクリと隣の哀ちゃんが反応する。


「博士、ハンドルを…」
「ええっ!?」


走行中にも関わらず、運転席の扉が開かれた。
いや、ちょっと…何する気!?


「沖矢さん…!?」


その時、後ろから確実に何かが迫ってくるのを感じた。
窓ガラス越しに見えたのは、白い車が凄まじい速さで私達を抜き去った後ろ姿。
だがその一瞬の邂逅が、脳裏に貼り付いて剥がれない。

私達をあっさりと抜き去った白い車の助手席には、蘭ちゃんがいた。
だがその奥、運転席でハンドルを握っていたのは、いつぞやに出会った彼だ。
私が一方的にデータ上で知った彼と、同じ顔をした彼。
異なる舞台の人間であるはずの彼が、今このタイミングで何故此処に───?

運転技術もあるらしい彼の車が、目の前で文字通り体を張って青い車を止めた。
そしていつの間にいたのか、バイクに乗った真純ちゃんが豪快に犯人を吹っ飛ばすと言う荒技をしてのける。
多分、例の彼が自分の車を犠牲にして止めなければ沖矢さんが手荒い手段に出ていただろうから、FBI側としては結果オーライだけど…貴方の妹さん、さすがにやりすぎだと思うわ、私。
それにしても、偶然私と接触したであろう彼と、意図的に探りを入れてくる女子高生探偵と、姿を隠したFBI捜査官が三つ巴だなんて、コナン君を誘拐した殺人犯は運がなかったのね。
これが私にも言えることでもあるのが、残念なところだ。


「コナン君も無事なようですし…私達は帰りましょうか」
「あ、ああ…そうじゃな」
「そう言えば、今日の夕食は絵里衣さんが作る予定だったんですよね?」
「はい、そうですけど…」


今度は一体何ですか、沖矢さん。
久しぶりに母国の料理を作るってことでスーパーに買い出しに行っていた帰りに貴方からの電話を受け、状況説明もそこそこに今此処にいるわけなんですけど…。


「実はクリームシチューを作り過ぎてしまったので、夕食の一品に加えていただけないかと思いまして…」
「ああ…お裾分けですか」
「ええ。そして宜しければ、私もその夕食に同席させてもらえないかと。絵里衣さんの手料理を味わえる、またとないチャンスですから」


───何を考えているのか、全く読めない。
彼を異常なまでに警戒している哀ちゃんも、何も言わずに私の返事を待っているようだ。
私が知らない、気付いていない間に、何が起こったって言うの…?


「私は別に構いませんが、そもそも私の家じゃありませんし…」
「ワシは構わんが…」


ちらりと博士を見やれば、彼の視線はやはり哀ちゃんへと向いている。
立場を考えると当然の結果だろう。
博士は沖矢さんの正体を知っている協力者で、哀ちゃんは沖矢さんの正体を知らない保護対象。
組織の内情を教えてもらっていない私は、赤井さんと哀ちゃんがどう繋がっているのか詳しく知らないけど、互いが互いを別のベクトルで気にかけているのは知っている。


「…………いいわよ、別に」


綺麗に澄んだ瞳をミラーに向けながら哀ちゃんが小さくそう言うと、沖矢さんが嬉しそうに微笑んだのが分かった。
何だろう、この感じ。
この言いようのない───。

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