「はい、コナン君」
「ありがとう、絵里衣さん!」


阿笠博士に頼まれた品をコナン君に渡すと、とびっきりの笑顔を返してくれた。
これだけで、わざわざ毛利探偵事務所まで出向いた甲斐があると言うものである。

組織の影がチラついた疑惑もあった歩美ちゃん誘拐事件などがあったせいで、コナン君の物含む発明品に関する依頼の対処が遅くなったため、忙しい博士に代わって私がこれを届けることになったのだ。
最近は大体工藤邸で沖矢さんと居たから、いい気分転換になった。
どうやら今日は他に来客の予定があるらしいから、このコーヒーをいただいたら早々にお暇しないとだけどね。


「コナン君ったら、スケボー壊しちゃったの?」
「ちょっとガタがきてたみたいだから、メンテナンスしてもらってたんだよ!それを絵里衣さんが持ってきてくれたんだ!」


コナン君はこのスケボーの他に、サスペンダーやベルトなど、様々な物を阿笠博士から託されているらしい。
哀ちゃん曰く、博士の発明品の実験台とのことだけど、コナン君に合わせて作られたそれらは、そっちの方面では素人の私から見ても素晴らしい出来だと思う。
力は弱くても頭の切れる名探偵には、とても使い勝手のいいアイテムだろう。


「おや、先客がいたんだね!」
「世良さん!」


ノックと共に開かれた扉から、中性的な声が聞こえた。
振り返って見てみれば、キャスケットを被ったその人物は、シャツにズボンとまた中性的な格好と顔立ちをしている。
年齢は蘭ちゃんと同じぐらいかな。


「バイオリン奏者の斎藤絵里衣さん…だね。噂は聞いてるよ!」
「…!?」


今、この子何て言った?
私を『バイオリン奏者』、『噂は聞いてる』?
バイオリン奏者は建前上の設定で、私が何処かで演奏したなんて記録、この世に存在しないはずなのに?
蘭ちゃんから聞いたのならいいんだけど…私について、何処からどんな情報を得たのかしら。


「実物の方が美人だね!兄と同い年ぐらいかな…こんな姉さんが欲しかったよ!」


私の元にそっと歩み寄ってきたその子が、一見人懐こい笑みを浮かべて右手を差し出してくる。
断る理由もないから握り返して目を合わせれば───『彼女』の『顔』と『名字』が、私の記憶に残るデータとぴたりと一致した。
まさかこんな所で会うなんてね。


「世良さん…だったかしら。私も、貴女みたいな妹なら歓迎だわ」
「絵里衣さん、世良さんが女の子ってすぐ分かったんですね」
「とても綺麗な顔立ちだから正直迷ったけど…近くで見たら女の子かなって思って」


蘭ちゃんの言う通り、この容姿にこの服装なら、細身の綺麗な男性だと思われても仕方ないだろう。
だが私は、彼女とよく似た瞳をそれはよく知っているのだ。
それこそ最近は、ほぼ毎日その瞳の持ち主と会っている。


「ボクの名前は世良真純…ヨロシクな、絵里衣さん!」


探るような意志の強い翡翠から、仲良くしようなんて気は感じられない。
間違いなく彼女は私について調べ上げ、そして警戒している。
ちょっと、妹さんにどんな教育してるんですか、赤井さん。
下手なことは出来ないし、出来ることならそっとフェードアウトさせてもらいたい。


「蘭ちゃん、コーヒーご馳走様でした」
「あ、絵里衣さん、この後もう少し時間ありますか?」


楽器ケースを肩から下げて暗に帰宅の意を示せば、蘭ちゃんから待ったがかかる。
何でもこの後、平次君と和葉ちゃんの大阪組がやってくるらしく、せっかくなら会っていかないかとのことだった。
どうしたものかと思案していると、下からクイクイとカーディガンの裾を引かれる。
身長に合わせて腰を落とせば、コナン君が小さく耳打ちしてきた。


「平次兄ちゃん、凄く絵里衣さんに会いたがってたんだけど…何かあった?」
「この間初めて会った時に少し話したぐらいで、特には」
「そっか…この間の事件の時に、絵里衣さんがFBIだから犯人から銃を奪えたんだって言っちゃったんだけど、もしかしたらそのせいかも…」
「まぁあれは私が目立ちすぎたし…父親が大阪府警のトップである高校生探偵相手に、全てが解決するまで隠しきれたか分からないしね」


日本警察に断りもなく好き勝手してる此方としては、正直負い目しかないのも事実である。
それにあの時、あんなことをした私を怪しまなければ、それこそ探偵失格だろう。
正体を知られない方がベターだけど、そもそもの原因は私。
身から出た錆ってこういう時に使う言葉だったかしら。


「じゃあぶっちゃけ西と東…どっちが名探偵なんだ?」
「お、同じだと思うけど…」
「で、でもあえていうなら…やっぱ東の…」
「西や…この西の高校生探偵、服部平次の方がめちゃめちゃ上やっちゅうんじゃボケ!!!」


噂をすれば何とやらで、平次君がやってきた。
何故かコナン君に食ってかかってるように見えるけど、この2人は兄弟と言うより、もはや親友と言った雰囲気だ。


「どこや?最近ひょっこり現れて、工藤の事嗅ぎ回ってるっちゅう女探偵は…」
「ここにいるじゃない!世良真純ちゃんよ!」
「別に嗅ぎ回っちゃいないけど…」
「あ、あんた女やったんか!?」


女の子にデリカシーのない発言をしている平次君は、少々素直すぎる気がしないでもない。
でも彼が驚くのも納得な容姿をしている真純ちゃんについては、私だって元々の知識がなければ勘違いしたままだっただろう。

にしても、世間で名の知れた名探偵と、西の高校生探偵と、女子高生探偵と、小さな名探偵が一室に揃っているなんて、事件の香りしかしないような…。
ぱっと見は美人で大人しく見える蘭ちゃんも、探偵ではないけど空手部主将だって言うし、中々敵に回したくないメンバーだ。


「そうや、大事なこと忘れるとこやったわ…久しぶりやなぁ、バイオリンの姉ちゃん!」
「ええ。久しぶりね、平次君」
「パンケーキ食いに行った時以来やからな。会えるん楽しみにしとったで」


そう言ってもらえるのは凄く有り難い。
でも、コナン君も言ってたけど、私は前回、彼とは最低限の会話しかしていないはず。
共通の話題とか、こんなに仲良く接してもらえるような話はなかった。
何だろう、この妙な歯車は。
彼が社交的なだけで、私の思い過ごし?


「そう言えば、そのパンケーキ店の事件、ボクも人から聞いたよ。何でも、勇敢な女性客のお陰で危機を脱したとか。それ、絵里衣さんのことなんだろ?」


真純ちゃんの何気ないセリフに息を飲んだのは、私だけではなかった。
平次君は怪訝そうに眉を顰め、コナン君は警戒を跳ね上げる。
言いようのない違和感に過敏に反応した結果だろう。
そのせいで、彼女の友人である蘭ちゃんだけが、事のあらましを説明する羽目になっている。

平次君達と初めて会った時に起きたパンケーキ店での殺人事件は、けして大きな事件として処理されていない。
確かに店内満席の時に起きて話題性はあったけど、規模や中身はたいしたことなく、TVでも『新規オープンのパンケーキ店で起きた殺人事件』としか報道されていないのだ。
犯人についても、拳銃を所持していたと言う程度しか情報は公開されなかった。
つまり彼女は、当時現場にいた誰かから、話を聞いているのである。
そしてあの場にいた刑事と私達以外に、私の名を知る者はいない。
───これが何を意味するのか。


「和葉ちゃんはどうしたの?一緒に来るって聞いてたけど…」
「ああ…アイツは寄り道や」


蘭ちゃんの疑問で、パンケーキ店については有耶無耶のまま話題が変わる。
平次君が言うには、和葉ちゃんはファミレスに立ち寄るため彼と別行動となったらしい。
ファミレス限定のレトルトカレーと言えば、Danny'sのオリジナルカレーだろうか…確かジョディ達がよくそのファミレスでミーティングをしていて、中々美味しいと仲間内で評判だと言っていたはず。


「あ、スマン…和葉からや。何や和葉、もうカレー買うたんか?」


嫌な予感は当たるもので、そうこうしているうちに平次君の元にかかってきた電話は、その和葉ちゃんからのSOSだった。
なんと、彼女がいるファミレスで人が死んだと言うのである。
どうやら探偵達の出番みたいだけど…推理力皆無な私は、これに乗じて帰宅が最善の選択だろう。
和葉ちゃんに会えないのは残念だが、真純ちゃんが私を探っている今、このまま行動を共にするのは得策ではない。


「───ちゅうわけやから、ちょっと行って来るわ」
「じゃあこうする?この事件で西と東、どっちが上か…はっきりさせるっていうのはどうだ?」
「「え?」」


さっきから、真純ちゃんがヤケに東西高校生探偵対決に拘っているように感じるのは気のせいか。
彼女も知名度はさて置き、同じ探偵だから…?
それにしても、全体的に不透明だわ。


「まぁ、君と工藤君が差なんかつけたくないっていう仲良し君達なら、無理にとは言わないけど…」
「何言うてんねん?丁度ええ機会や。オレと工藤、どっちがホンマの名探偵か…白黒つけたろやないか!!」
「なぁ、絵里衣さんも一緒に行くだろ?どうやら、ボク達より余程腕が立つみたいだしね」


成程…事件現場で彼らや私がどう出るか、自分の目で確かめるつもりなのか。
生憎、こんなにあからさまに置かれた餌に、なりふり構わず飛び付く程飢えてはいないんだけど。


「ごめんね、真純ちゃん。毛利名探偵や高校生探偵がいるのに、その邪魔をするような野暮なことは出来ないわ」
「えー!?つれないこと言うなよ〜!」


真純ちゃんはそう不満そうに唇を尖らせた後、すぐに本音であろう挑戦的な視線を寄越した。


「じゃあまた何処かで会ったら…今度こそ洗いざらい話を聞かせてくれよ!逃げずにさ」
「ええ…機会があれば」


逃げずに洗いざらい、ね。
私から何を吐かすのが目的なのか───今のところはグレーかな。
彼女のことを沖矢さんに報告すべきか否か、非常に迷うところだけど…とりあえずは保留にしときますか。

  return  
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -