少年探偵団の誘拐遭遇事件改め、阿笠博士誘拐事件は、隣家から毎日阿笠邸に気を配ってくれていた昴さんの力もあって無事解決となった。


「でも、昴さんスーパーマンみたい!」
「ええ!ちょっとした異変を察知して助けに来るなんて!!」
「そうね…家に明かりがつかないぐらいで様子を見に来るなんて、まるでずーっと見張ってたみたいだわ…」
「ええ…実は帰ってくるのをずーっと見張って待っていたんですよ!お昼にカレーを作り過ぎたから、お裾分けしようと思ってね…」


だが、昴さんを警戒する灰原の一言で、無事が少し遠のくこととなってしまう。


「そう言えば…貴方が気にかけている絵里衣さんも家にいなかったの?」
「中は大体捜させてもらったけど、いなかったよ。いつも通り楽器の練習か、君達といるかと思っていましたが…」
「………そう」


腑に落ちないらしい灰原の表情が曇った。
それに気付いたのはオレだけではない。


「どうしたんだよ、灰原」
「絵里衣さん、『今日はどうしても静かに作業したいから、1日地下室を借りる』って言ってたから、気になっただけよ。どうやら出掛けたみたいだけど」
「「!?」」
「まさか…」


待てよそれ…もしかしてヤバいんじゃねーのか!?


「光彦!携帯貸してくれ!」
「は、はい!」


これが杞憂ならいいんだが…出てくれよ、絵里衣さん!
───しかし、耳元から聞こえるのは聞きたくなかった機械のアナウンスだった。


「もしもし、コナンだよ!ちょっと話したいことがあるから、着信に気付いたらボクの携帯に連絡してね!」
「留守番電話のようね…」
「本当にただ出掛けてるだけか、気付いてねーだけならいいんだが…」


昴さんが此処に来る前に、阿笠邸は探索済みのはず。
彼が地下室を見逃すはずはないから、家に誰もいないのは間違いない。
と言うことは、最悪の事態だって可能性としては0じゃなくなるだろう。


「じゃあ僕が捜してくるよ。彼女は先日事件に巻き込まれたばかり…もうじき暗くなるしね」


そう申し出たのは昴さんだ。
おそらくオレと同じ可能性を踏まえて、絵里衣さんを捜しに行くんだろう。
何事もなければそれでいいわけだしな。


「ボクも行くよ!ちょうど絵里衣さんに訊きたいこともあるんだ」


昴さんはオレを見下ろして少し思案する様子を見せたが、すぐに同じように同行を申し出た子供達を言いくるめて、オレにだけ許可をくれた。
断られると思っていたオレとしては好都合だが───おかしい。
昴さんの正体も絵里衣さんの正体も知っているオレを同行させるということは、もしかして組織は絡んでいないのか?








「ねぇ、昴さん…」


車に乗り込むと、昴さんは早々に携帯を触り始めた。
手慣れた動作で何かを起動させているらしい。


「奴らの仕業かは置いておいて、どうやらボウヤの懸念は正しそうだよ…」
「え?」
「先程は留守番電話のメッセージを吹き込めたはずの携帯が、今は電源が落とされている。たまたま充電が切れたと言う可能性は否定出来ないが、通常のアイツなら考えにくい行動だろう」


つまりオレの吹き込んだメッセージを聞いた何者かがいて、その何者かが携帯電話の電源を落とした───それか、不測の事態で電源が落ちてしまったと言うことになる。
絵里衣さん自身が電源を落としたって可能性も選択肢としてはあるだろうけど、何にしろ彼女がイレギュラーな事態に遭っているのに違いはない。


「やっぱり、何か事件に巻き込まれているみたいだね、絵里衣さん」
「ああ…とりあえず発信器の信号が途切れた場所へ向かおうか」
「は、発信器?」
「最近、少々動向がおかしかったんでな。彼女には秘密にしておいてくれ…」
「う、うん…」


いや、仲間に発信器って…まぁ絵里衣さんの立場を考えれば、その方がいいのかもしんねーけど、知ったら嫌がるだろうな…。
やってることはストーカーと変わらねーし、そろそろ片思い設定も無理あるぞ、これ。








「発信器の信号が途切れたのって…此処なの?」
「ああ。しかもご丁寧に2階の一室でだ。どうやら此処日本では、彼女の容姿は良くも悪くも好意的に受け取られるらしい」


数分のドライブの後、昴さんが車を止めたのは2階建ての古いアパートの前だった。
閑静な住宅街の中だし、人の出入りも少なそうなこのアパートは、奴ら組織の隠れ家と言うには些かお粗末だろう。
日も暮れて辺りは薄暗くなり始めたが、この通りには傍らに街灯があるぐらいだから、夜はかなり暗くなりそうだ。


「ボウヤは此処にいてくれ」


そう言い残した昴さんが、外についた階段を上がり、2階へ向かう。
此処にいろと言われて大人しくしているわけにもいかず、少し離れてオレもついていった。

昴さんが部屋の前で立ち止まり、インターフォンを押す。
暫く待っても扉は開く気配がなく、もう一度インターフォンを押した。
すると漸く扉が開き、二言三言話をしたかと思うと───ゴッと言う鈍い音が聞こえ、扉が閉じられた。
昴さんの姿が消えているから、どうやら中に入ったらしい。

後を追って玄関に押し入れば、20代ぐらいであろう男が気絶していた。
その男の先、廊下の向こうのワンルームで昴さんが跪いているのが見える。


「ボウヤも来たのか…子供に見せるべきものではないんだがな」
「………!」


此方を振り返りもせずに、昴さんが言った。
彼の眼差しは今、ベッドに横たわる絵里衣さんしか捉えていない。
しかし彼の周り───廊下に続く面以外の三方を囲む壁には、所狭しと沢山の目があった。
色素の薄いブラウンの瞳は、これだけの量にも関わらず、1つも此方を見ていない。
無邪気に笑っていても、何処か鋭く細められていても、壁に飾られた絵里衣さんの写真は全て、何処か違うところを見ているものだ。
中には昴さんらしき男性と映っているものもあったが、彼の顔は黒いマーカーで雑に塗りつぶされている。

玄関先で気絶している男がこの部屋の主で、絵里衣さんに好意を寄せていたってことか。
そう言えばこの間、キッドが妙なことを言っていたが、まさか絵里衣さん、コイツの存在に気付いてた?
昴さんも存在の影を知っていたから、発信器を仕掛けてたのか?


「…沖矢さん……?」
「気が付いたか」
「すみません、平和ボケしていたようで…」
「それについては、後でゆっくり聞かせてもらおう」
「はい…」


昴さんが、未だぐったりしている絵里衣さんを軽々と抱き上げた。
彼女は元々そんなに大きな人ではないが、余計に小さく華奢に見える。


「すまないがボウヤ、扉を開けてくれないか?この通り、両手が塞がっていてね」
「う、うん。この人は…」
「知人に頼んでいるから気にすることはない」


言われるがままに玄関を開けると、昴さんはさっさと車へと向かっていった。
絵里衣さんに手を出したせいか、この件はFBI側で内密に処理するらしい。


「ボクにも話、聞かせてくれるんだよね?」
「ああ…その方が、この手の掛かる眠り姫のためにもなるだろう」


シートベルトを締めながら後部座席に目をやれば、気怠げな絵里衣さんが弱々しく微笑んでくれる。
それぞれ訳ありの3人を乗せた車は、工藤邸に向かって走り始めた。

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