それから暫く経って、また騒がしくなったと思ったら、今まで缶詰めだった客が上から列をなして下りてきた。
その表情に疲れこそ見えても恐怖や焦りはないから、爆発騒ぎは被害0で解決したのだろう。
毛利探偵が下りてくる前に、私も此処からお暇しよう。


「………っ!」


流れに乗ろうと歩み出すも、皆一気に階下に下りてきたらしく、人波に足がとられてしまう。
しかし倒れる前に、傾いた私の体を引き戻すように後ろから肘を引かれた。
───今回のキーパーソン、赤井秀一の亡霊に。


「あの、ありがとうございました」


出来るだけ平静を装って礼を述べたつもりだが、無言で私を見下ろす彼の手は肘を掴んだままだ。
身長も合わせているのか、赤井さんと同じぐらいの高さにある両の瞳は真っ直ぐ此方を射抜いている。
この視線だけで奥まで見透かされそう。
頬の大きな火傷痕が気になるところだけど、視線の鋭さも含め見れば見る程彼にそっくりだし。
しいて挙げるなら口元だろうけど…よくこれまで似せることが出来たものだわ。
体格や手の感じから見ても、彼の正体は男性だろう。
問題はそれが例の組織に関係あるか否か、だ。
見覚えのある私に声をかけるために手を伸ばしたのか、それともただ転びかけた人を助けるために正義感から手を伸ばしたのか。
その方面に長けたベルモットの変装ではないと思うけど、それによって180度変わってしまう。


「すみません、もう大丈夫なので…手を離していただいても?」


そう頼んで漸く、亡霊が私から手を離した。
何か言いたげな口元がきゅっと結ばれたのを、見逃す程愚かではない。
これでも、私も現役なのだ。

このまま何食わぬ顔で出口へ向かい動向を探ろうとしたのだが、それは予想を遥かに超える発言のせいで、全て白紙になってしまう。


「広範囲を見渡すことが出来る門番も、狩りを得意とする獣も、今は傍にいないということを肝に銘じておく方がいい…」
「!?」


組織絡みなんてものじゃない。
彼は私の正体どころか、生い立ちまで知っている───!


「待って、今のはどういう…!」


伸ばした手が空を切る。
やはり黒の世界の人間なのだろう、彼は瞬く間に人混みに紛れて消えてしまった。
何故か店を出て行ったはずの客が勢い良く逆流してきたせいもあって、追い掛けることは難しいし、この場合追うだけ自分が不利になるだけだろう。

どうして彼は赤井さんの姿をしているの?
どうして彼は私の過去まで知っているの?
どうして彼は、そこまで知っていて私を置いていったの?


「……………何で」


動揺しすぎたせいで、せっかく聞くことが出来た彼の声を思い出せない。
赤井さんや沖矢さんとはまた違った、独特の深みのある響きの男性の声だったのは覚えてる。
でも、それだけだ。
結局私が掴めたのはそれだけ。
新たな釣り糸を垂らされ、周囲を囲われたのは私の方。
目隠しをされたまま、ただあたふたと泳ぎ回る私は───


「こんな所でどうしたんです?」


後ろから肩を引かれ、振り返る。
そこには沖矢さんと、その少し後ろに毛利親子がいた。

しかし私が彼の問いに答える前に、沖矢さん達の思考は私の背後に向けられる。


「成程、商品券か…スマートな方法とは言えないが、客を避難させる為には止むなしといった所かな?」
「す、昴さん!?」


何だ、コナン君もいたのね。今の沖矢さんの言い方からして、どうやらコナン君は客を出入口から遠ざけたかったらしい。
爆弾騒ぎと言い亡霊との邂逅と言い、知らない間に幾つもの線が交差していたと言うわけか。


「な、何でここに!?」
「この百貨店のそばにある帝都銀行に用があってね…」


銀行に行ったらコナン君達を見かけたのだと言う沖矢さんを横目に、訝しげに毛利探偵が言った。


「誰だよ、この男…」
「なんでも、住んでたアパートが焼けちゃって…今、新一の家に仮住まいしてる沖矢昴さんっていう大学院生よ」
「ホー…」
「初めまして毛利探偵!お噂はかねがね…」


赤井さんが差し出した手を毛利探偵が握り返す。
沖矢さんと毛利探偵って初めましてだったのか…まぁ基本的に工藤邸で身辺警護に徹している沖矢さんと、知名度の高い名探偵なら特に会う機会なんてないか。

そしてにこやかな沖矢さんとの挨拶もそこそこに、毛利探偵は私にも声をかけてくれた。


「お久しぶりですなぁ、絵里衣さん!相変わらずお綺麗で!」
「ご無沙汰してます、毛利名探偵。そのお言葉を素直に受け取って励みにしますね」
「どんどん素直に受け取って下さい!ところで、失礼ですが2人の関係は…」
「ただの隣人ですよ。家が隣なので良く会うんですけど、まさか百貨店に来てまで会うとは思っていませんでした」


私は間違いは言っていない。
沖矢さんは隣人で、個人的に良く会う。
そしてまさか、此処で会うとは思っていなかった。
いくら毛利探偵が有名な探偵と言っても、この発言だけで赤井さんやFBI、そして組織にまで辿り着くことはほぼ確実にないだろう。
───いや、私は全てにおいて甘く考えすぎているかもしれない。


「でも、何なんですか?さっきのコナン君が客を避難させたって話…」
「ああ…聞くだけ無駄ですよ。馬鹿な狼共がみすみす獲物を狩り損ねたっていう、ちんけな話ですから…」


馬鹿な狼共…例の亡霊ではなく、組織の人間がいたってこと?
沖矢さんがこれだけ落ち着いているのだから、私や彼に関する襤褸は出ていないと思うけど、じゃあ、一体奴らは何を狩るためにこの百貨店に?
死んだ赤井さんの姿を出しにして、FBIを?
駄目だ、後手過ぎる。
状況が見えないまま世界だけが縮まっていくなんて、首輪をつけられた犬と一緒だわ。


「しかし、住んでる所からあの帝都銀行はかなり離れてるよな?何でまたそんな所に預金を…」
「いや…あの銀行には別の用があって行きましたから」
「別の用って?」
「ホラ、あの銀行で強盗事件があっただろ?あの事件を振り返るニュース映像に知人が映っていたから、もしかしたらあの銀行を利用してるんじゃないかと来てみただけさ」


明らかにいつもより余裕がないらしい小さな名探偵に意味深に告げた後、沖矢さんは何故か私の手を引いた。
「先日事件に巻き込まれたばかりと伺っているので、送っていきますよ」と促されるまま、彼と共に歩み出す。


「利用してるならこの近辺に住んでいるはず…会えたらラッキーだと思ってね」
「じゃあ、その人と会えなかったの?」
「いや…偶然あのフロアで見かけたんだが…残念ながら人違いだったようで、声はかけなかったよ」


沖矢さんも見たのか…あの亡霊の姿を。
知人どころか本人だから、そこはさすがに出任せなはずだけど、組織に出入りもしていた彼なら、実は亡霊の正体と知り合いだと言っても驚かない。
にしても、主要人物皆が同じフロアにいて、私もニアミスしていたなんて何と言う日だ。


「昔からよーく知った顔だから…見間違えるわけないからね…」


沖矢さんに手を引かれたまま、駐車場へ連れて行かれる。
扉を開けてエスコートしてもらいながら助手席に乗り込めば、続いて運転席に座るや否や沖矢さん───いや、赤井さんは口を開いた。


「やはりジョディも此処に来ていたよ…奴らが出入口で亡霊の狙撃を目論んでいたから、少々強引に離れさせたがな」
「ジョディも…」


あれ?
だとするとおかしくない?
ジョディは、亡霊=赤井さんを捜して百貨店にいた。
奴らは、実は殺し損ねていた亡霊=赤井さんを殺すために百貨店にいた。
亡霊=私を知る者は、私に何かするわけでなく、恐らく赤井さんの周囲を探るために百貨店にいた。
つまり、奴らと亡霊の目的は別で、亡霊は組織の人間じゃない…?
でないと、赤井さんの周囲を探るために彼の格好をしている亡霊を、狙撃する意図が分からなくなる。
じゃあ一体、彼は何者なの───?


「ところで絵里衣、何故百貨店にいた?」
「言ったじゃないですか。買い物ですよ」
「ホー…」
「疑うなら買った物見せましょうか?」
「下着なんだろう?遠慮しておくよ」
「常識のある方で良かったです」

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