「Hi,ジョディ…どうしたの?こんな時間に」
『ごめんなさい…そう言えば、今は阿笠博士の家だったわね…』
「私が此処にお世話になって大分経つんだけど…何かあった?」
『いいえ、大したことじゃないんだけど…』


時計の針が真上を通過してから、更に二度程長針は同じ道を辿っている。
元々朝も夜も関係ない職業とは言っても、私の居候先に小学生がいるからと、最近ジョディは夜更けの連絡を控えてくれていたのだ。
しかし今日は珍しくこんな時間の連絡で、かつ何やらその内容のキレが悪い。
日付が変わっても周囲を警戒して待機していた私も私だけど、どうやらジョディにもただならぬ出来事が起きているようだ。
まさか、例の視線に関すること…?


『米花百貨店…』
「米花百貨店…?」
『…………あそこの下着の付け心地は良いから、エリーも使ってみればいいわ』
「いや、突然何の話よ…」
『ごめんなさい、ちょっと夢見が悪くて…』
「ねぇ、ジョディ。頼りにならいかもしれないけど、話を聞くことぐらい出来るわよ?」
『ありがとう、エリー。でも本当に夢見が悪かっただけだから…そう、まるで亡霊を見たようで…』


憂いを帯びたジョディが微かに声を震わせながら紡いだのは、『亡霊』と言う馴染みのない単語だった。
死者の魂、所謂幽霊…ホラー特集かハロウィン時期にしか縁がなさそうだけど、ここ数日彼女を悩ませている種がこれらしい。
でも一体、『亡霊』って…何の?


『……頭で考えたってダメね。本当は、今日本にいる捜査員の間で、よく会議に使うファミレスのカレーが美味しいって話になっているとか、明るい話題もあるんだけど…大人しく寝るわ。おやすみ、エリー』
「ええ、おやすみ…良い夢を」








「───って感じでジョディが思い詰めてるんですけど、『沖矢さん』何かしました?」
「この状況で『僕』が何かすると思いますか?」


わざとらしく沖矢昴の口調で返した赤井さんが、手元のグラスを仰いだ。
その中身は、ウィスキー党の彼お気に入りのバーボンである。
私は向かいの席でワインをいただいているわけだが、これが私と赤井さん───もとい沖矢さんとの、いつもの酒盛りの風景だ。


「だがアイツに、精神的に負荷のかかる何かが起きているのは間違いないだろうな…」
「ええ…明らかに不自然でしたので」


ふむ、と考える素振りを見せた赤井さんが、バーボン片手にTVをつけた、その時だった。


「…………赤井さん?」


工藤邸の大きなTVには、先日起きた銀行強盗のあらましが表示されている。
そしてアナウンサーの解説と共に現場の映像だと言う画面に切り替わると、その端にどう見ても赤井さんがいるのだ。
映像のせいで背格好まではっきりと分からないが、あのシルエットは、知っている人が見れば赤井さんだと思うだろう。
だが、そんなことがあるはずがない。
だって赤井秀一は、とっくに死んでいるのだから。


「成程…これが『亡霊』と言うわけか…」
「ジョディはきっと、この銀行強盗のニュースで赤井さんの姿を見たんですね」


当の本人である赤井さんは、楽しげにウィスキーのグラスを傾けた。
見た目も声も偽りの姿である沖矢昴のままだけど、口調や仕草はFBI捜査官・赤井秀一のものだ。

彼が生きていると知っているのは、この作戦の協力者である極一部。
つまり『赤井秀一の亡霊』は、何らかの事情で、彼の周りを調査しているのだろう。
まして彼はFBI…元日本人で例の組織絡みで来日していたと言っても、アメリカ在住のアメリカ人だ。
と言うことは、亡霊が探っているのは同じく来日中のFBIもしくは、日本にいるであろう赤井さんの家族と言うことになるのではないか。
どうやらこの亡霊は、余程赤井さんのファンらしい。

兎にも角にも、奴ら組織絡みの可能性も捨てきれない今、あくまで民間人の私に出来ることは、『友人に勧められた下着を購入するために、米花百貨店に行く』こと。
まさか本当に、ジョディが私に下着を勧めたなんて、勿論思っていない。
あのタイミングで発せられたこの店舗に、後から取り繕うように濁されたこの店舗に、絶対何かヒントがある。
例の亡霊が現れた銀行のすぐ傍の立地だなんて、釣り針丸見えの釣り糸だ。
ならばその針に近付いて、どちらが引っかかるか試してみればいい。
私の姿に反応を示せば組織絡みなのだから、どちらが大きい獲物を釣れるか勝負も出来るし、組織に関係ないとしても、赤井さんの周辺を探る何者かの糸口を掴むぐらいは出来るはず。
何日かかるか分からないが、楽器練習前後に時間を作って張ってみようと思う。
民間人の友人に会わないことを祈りながらね。





そして翌日、『勧められた下着を買うために』米花百貨店を訪れた私は、何故か沖矢さんと出会していた。
ちょうど例の視線を感じていないタイミングでの遭遇は好都合だけど、亡霊の現れた銀行は向こう───やっぱり此処に何かあるの?


「おや、絵里衣さんじゃないですか。荷物持ちなら立候補しますよ」
「いえ、お気持ちだけいただいておきます」


昨日のやり取りから、私が余計な動きをしないように行動を共にしようとしているんだろうけど、それはご遠慮願いたい。
万が一亡霊と遭遇し、それが組織絡みだとしたら、沖矢さんといる姿を見られることになるのだから。
沖矢昴=赤井秀一と繋がりかねないものは切るべきだろう。


「しかし…」
「その、下着を…下着を買いに来たので、すみません」


まさかこんなところで、言い訳の下着を使うことになろうとは思っていなかった。
だが男性相手に効果は覿面だ。
この状態で引かずに食いついてくる異性の知り合いなんて、いるはずがない。
沖矢さんは私に好意がある設定なのだから尚更だ。

案の定あっさり諦めて別れを告げた彼とは反対に、私はフロアを進んでいった。
ジョディが言っていたであろう下着屋で本当に下着を購入してから、1階へ向かうエスカレーターに乗り込む。
すると、突如上も下もフロアが騒がしくなり始めた。
とりあえずエスカレーターが進むままに1階フロアへと足を着け、壁際に避けて辺りを窺う。
エレベーターがどうこう、フロア立ち入りがどうこう───事件?
店員もこのまま動かずいてくれなんてアナウンスしているし、想定外の事態が起きているのは確かなようだ。

そうしているうちに、武装した日本警察がぞろぞろとやってきた。
その機動隊と爆発物処理班がエスカレーターや階段など、上のフロアへの移動ツールに待機しているのは、そこに爆弾が設置されているからか。
他の客の話を盗み聞きするに、どうやら体に爆弾を巻き付けられた男が毛利探偵と人捜しをしているらしい。
1階にいる私に直接関係はないが、この状態で百貨店を出ることも上に行くことも出来るはずがないので、毛利探偵が無事に事件を解決してくれることを祈るだけだ。
そう言えば沖矢さん、まだ百貨店内にいるのかしら。

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