日曜日の昼下がり、買い物のため外出していた私は、楽しそうに会話しながら此方に歩いてくる蘭さんとコナン君、そして見たことのない高校生らしき男女と遭遇した。


「あ、絵里衣さん…!」
「こんにちは、蘭さんにコナン君」


蘭さんとコナン君曰く、初めましてな2人、色黒で人懐こそうな男性とポニーテールが似合う活発そうな女性は、大阪在住の蘭さんの友人らしい。
何でも、人捜しのために毛利探偵事務所を訪問したところ事件に巻き込まれ、何だかんだあった結果、東京観光をして今日の夕方に帰るそうだ。
そして今は、この間オープンしたパンケーキ店へ行く途中なのだと教えてくれたのだった。


「服部君、和葉ちゃん、此方バイオリン奏者の斎藤絵里衣さん。この2人は服部平次君と遠山和葉ちゃんで、わたしと同い年なんです。服部君は西の高校生探偵って言われてるので、もしかしたら知ってるかもしれないですけど…」
「初めまして」
「こんにちは!」
「えらい別嬪な姉ちゃんやなぁ…」


蘭さんが間に入って紹介してくれたのはいいんだけど、平次君がそう言った瞬間、和葉さんの機嫌が見るからに急降下した。
可愛らしい顔が般若のようになっている。
かと思いきや、互いに腐れ縁の幼馴染みだとそっぽを向いてしまうのだから、何とも微笑ましい光景ではないか。


「初対面やのにじろじろ見よってからに…絵里衣さんがアンタみたいなん相手にするわけないやん!」
「何やねんいちいち突っかかってきよって!この姉ちゃんが日本人か考えとっただけじゃボケ!」
「ボケって何なんよアホ!!」
「半分は日本で残りがアメリカとイタリアだけど…って聞こえてないよね」


中身のない言い合いは激しさを増すが、蘭さんもコナン君も呆れ顔だからいつものことなのだろう。
互いに気になる故のやり取りなんだろうけど、何と言うか、いっそ羨ましいぐらいの青春っぷりだ。
幼馴染みは何処もこんな感じなのかしら。

そう言えば、服部平次って名前何処かで聞いたことがあるような気がするんだけど───そうか、ジョディだ。
いつぞやにジョディがしてやられた相手が服部平次君だ。
大阪府警本部長のご子息で西の高校生探偵とも言っていたし、これはコナン君並の切れ者かもしれない。
類は友を呼ぶ、ってやつかな。


「そうだ、もし良かったら絵里衣さんも一緒にパンケーキ食べに行きませんか?」
「でもせっかく平次君と和葉さんが来てるのに…邪魔じゃないかな」
「邪魔やなんて!時間あるんやったら是非!」
「じゃあ探偵君達もいいって言うなら、お邪魔させてもらおうかな」


にこにこと、持ち前の社交性と気遣いを発揮した女子高生2人のお言葉に甘え、探偵コンビに向き直る。
まさかそちらに話を振るとは思っていなかったのか、まるで同級生のような雰囲気を醸し出していた男子2名は、一瞬きょとんとした後賛同の返事をしてくれた。


「オレは別にかまへんで」
「絵里衣さんも一緒に行こうよ!」








日曜の午後というせいか南国風のお洒落な雰囲気の店内はごった返していて、空席の都合上、男性陣と女性陣で離れたテーブルに座ることになった。
襤褸を出す心配がなくなったという安堵が半分、あのジョディを出し抜いた彼と小さな探偵さんと話が出来ないのが残念というのが半分である。
まあ、此方は此方でガールズトークを楽しませてもらうけどね。


「そう言えば絵里衣さん、何でアタシらのことさん付けなんですか?」
「あ、それ実はわたしもずっと気になってて…」


店で一番人気だというパンケーキを美味しそうに頬張る女子高生2人から飛んできた疑問は、私には少々難しい問題だった。
幼い頃日本にいたとは言っても、アメリカ生活が長いとコミュニケーションと言うか、人との距離感が分からないのだ。
日本は引っ込み思案とでも言えばいいのか、全体的に控えめな人が多いみたいだし。
特に蘭さんとは出会いが出会いだったしね。


「私、結構海外にいることが多かったから、距離感が分からなくて。向こうでは初対面でもファーストネームやあだ名で呼ぶのは当たり前、壁がないって言うかフランクでフレンドリーだけど、日本では馴れ馴れしいかなって」
「海外?」


ピンとこないであろう和葉さんに、本当の経歴に少しの嘘を混ぜた仮の姿の経歴を簡単に伝えると、暫し顎に指を当てて「うーん」と悩んでみせた後、急にぱぁっと表情を明るくさせた。


「ほな、アタシにもそうして下さい!」
「え?」
「絵里衣さんに会えたんも何かの縁やろうし、仲良ぉなりたいもん!なぁ、蘭ちゃん」
「うん!だから、その…気を遣わないで下さい!」


本来であれば、彼女達と深い関わりを持つのはNG。
でも仮初めの姿でなければ出会えなかった彼女達との繋がりを、そう簡単に絶ちたくないと思ってしまう。
普通とかけ離れた人が多いこの米花町は、少々事件は起きやすいようだけど、とても居心地のいいところだ。
何も考えず、ただの民間人の斎藤絵里衣として平凡な毎日を過ごすことが出来るのなら、さぞ楽しい日々を送ることが出来るだろう。
少年探偵団の登下校を見送り、高校生達の甘酸っぱい青春話を聞かせてもらい、大人組と近況報告をしながら酒を酌み交わすなんてまさに理想だ。
勿論、儚い御伽噺ではあるけれど。
生憎私は、悲劇の主人公にも囚われのお姫様にもなるつもりはない。


「ありがとう。じゃあとりあえず…2人の恋バナでも聞かせてもらえばいいのかな?」


高校生と言えばまずこれだろうという話題を出せば、案の定女子高生2人は目を点にしながら、頬を真っ赤に染め上げた。
どうやらしっかり青春しているらしい。
FBIにいるとこういう話と離れていくから、何だか此方が緊張してしまう。


「いえ、わたし達より絵里衣さんの話を!」
「そ、そうや!絵里衣さんめっちゃモテそうやし、参考に教えて下さい!」
「話せるような経験してないしなぁ…」


何処をどう見てモテそうなのかサッパリだけど、私は彼女達の想像を遥かに下回る人並み程度の経験しかしていないと思う。
東洋顔のお陰で日本好きな友人が出来たり、アメリカにいても日本語を話す機会があったのは幸せだったが、イコール恋愛とはならない。
同じ理由で、指を差されてからかわれもしたしね。


「ぐぁ…あああぁあ…!!!」
「!?」


そんな穏やかな空間を裂いたのは、男性のくぐもった悲鳴だった。
通路を挟んだ向こうの席にいた男性が、絞り出すような悲痛な声を上げながら両目を見開き、喉元を掻き毟る。
かと思うと、泡を吹いてそのままぱったりとテーブルに突っ伏してしまった。
発作か…いや、食中毒!?

男性の奥さんらしき女性の悲鳴をきっかけに辺りは騒然となり、他の客は勿論店員もパニックだ。
蘭ちゃんと和葉ちゃんも顔を真っ青にして震えている。
そんな混乱状態を制したのは、少し離れた席にいた平次君とコナン君だった。
飛び出すように駆けてきた2人は、息の合ったコンビネーションで店員と客達に指示を飛ばすと男性を観察し始める。
大阪府警本部長の息子と探偵事務所の居候だから、互いに事件には慣れてるってことね。

救急車と警視庁の刑事が現場に来てからも、刑事と顔見知りらしい西の名探偵はすらすらと自身の知識と推理を披露していた。
それに補足してみせるコナン君もコナン君だけど、この調子だと日本警察の出番がないままあっさり解決してしまいそうだ。
これだけ秀でた頭脳を持っていれば、ジョディを出し抜くのも容易かっただろうとすんなり納得してしまう。

が、しかし。
現場の状況などから食中毒ではなく意図的な毒物混入事件だと推理し、犯人を見事当てたまでは良かったんだけど───逆上した犯人の男性が隠し持っていた拳銃で自殺しようとするという、何とも厄介なことになってしまった。
更に面倒なのがこの犯人、銃を持つ手が震えているのである。
もし変に弾が流れて他の客に当たりでもすれば……もはや面倒という言葉ですらすまなくなるだろう。
さぁ、どうする?


「ち、近付いたら撃つからな!!撃って俺も死ぬからな!!!」
「銃を下ろしなさい!」


一応民間人らしく、私は女子高生達同様拳銃に怯えているフリはしているが、どうやら探偵コンビは果敢にも犯人に挑もうとしているようだ。
危険を顧みないその正義感は素晴らしいと思うけど、FBIとしてこれは止めないといけないだろう。
日本警察が片付けてくれるのが一番素直で一番正しい解決方法だとしても、腰の引けた犯人とかなり距離もあるから、余程銃の腕が良くなければ制圧は不可。
私で出来るか…?


「……え?」


ふと周囲に気を配っていて気付いたのだが、この犯人、どうやら銃を扱ったことがないらしい。
近付いたら撃つなんて言っているくせに、持っているハンドガンの撃鉄が起きてない。
あの銃は、見た目と異なる変な改造銃じゃない限り、まず撃鉄を起こさなければ撃つことが出来ないタイプの拳銃だ。
これは早いうちに拳銃を取り上げないと…変に撃鉄起こされて、震える手でガク引きなんてされれば死者が出るかもしれない。
拳銃は、使い方の知らない素人が持っていいものじゃないから。


「何だよお前…さっきからコッチ見やがって…!お前も俺を笑うのか!?アイツみたいにお前も!!!」


完全に八つ当たりではあるけれど、何故か犯人に目を付けられた私に銃口が向けられる。
カタカタと震える指先は引き金にかかっているが、このままで弾が出ることはない。
と言うことは、今の状態であれば私程度でも制圧は可能だ。


「すみません、まだ死にたくないから貴方の動きを見ていただけで…」


分かりやすく両手を顔の横に上げ、一歩前へ出る。
周りの客がざわめき、刑事が犯人を説得をしようと鋭い声を上げた。


「勘違いさせたのならごめんなさい。でも、そのままじゃ撃てないと思うわ」


左手で銃のスライドとフレームを鷲掴みながら右へ振り切ると同時に、右手で相手の手首を左へと押しやる。
所謂護身術だけど、速ささえあればこれで相手から銃を奪うことが出来るのだ。
手から銃が消えた男が呆気に取られているうちに、マガジンを外しておく。
これもこの銃の安全装置の1つだからね。
これだけやれば、銃を握ったこともないような素人は戦意喪失となるだろう。
無事に制圧完了───


「はぁぁぁぁぁぁあ!!!」


───と思ったけど、私の後方から飛び出た女子高生2人に打ち負かされ、気付いた時には男性は戦意どころか物理的に意識を喪失し地に伏していた。
蘭ちゃんの空手の腕前が凄いのは言わずもがな、まさか和葉ちゃんも武術経験者とは…。
可愛い見かけとは反対に逞しすぎる。


「絵里衣さん大丈夫ですか!?」
「犯人から銃奪うなんて無茶やわぁ!」
「前に見たドラマでやってたの思い出して…上手くいくもんだね」


出来るだけあっけらかんと言ってみれば、女子高生達は大きく溜め息を吐いて項垂れた。
続いて駆け寄ってきた刑事にも、「結果としては助かったが無茶はしないでほしい」と頼まれる。
純粋な一般客や蘭ちゃんと和葉ちゃん、刑事さん達はいいとして───興味津々な様子で此方を窺う探偵コンビの視線には気付かなかったことにしておこうかな。
いくら姿を隠してる身だと言っても、人命を無視出来る程冷たい人間じゃないつもりよ、私。


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