「なるほどねぇ…この一角岩で夕陽をバックにみんなで写真を撮ろうっつって立ち寄ったら、この若い女の死体を見つけて…夕陽どころじゃなくなっちまったわけか…」


挨拶もそこそこに、やってきた横溝と名乗る刑事が、コナン君の推理通りの検証を話し始めた。
行動力のありすぎる小さな名探偵が見つけたフィンや時計、そして不可解なサバ・コイ・タイ・ヒラメというメッセージ…全てこの沈黙している彼女の意図だと考えるのが妥当である。
口紅のお陰でトリック自体は単純明快ではあったけど、この調子だと刑事の出る幕がないままコナン君が解決してしまいそうだ。
しかも案の定、この小さな名探偵と刑事は知り合いで、また船長と刑事も知り合いと言うではないか。
これは芋づる式で情報が出てきそうね。


「しかしボウズ、相変わらずの名推理だな!」
「フン…どーせあのケムリの小五郎とかいうケチな探偵に仕込まれて探偵気取ってんだろーが…こっから先は警察の仕事だ!いくらボウズでもこの女がどこの誰かはわからねえだろうからな…」
「最近この神奈川に進出してきた金融会社の代表取締役赤峰社長の一人娘…だよね?おじさん!」
「ああ…若い男連中を引き連れてこの辺でよく潜ってたよ…確か名前は…」
「光里お嬢様!?」


何やら騒がしい、若い男が乗った船がやってきた。
この死体を「光里お嬢様」と呼んでいるところから推測するに、彼らは彼女を捜して先程もこの辺りにいた例の取り巻きであり、更に言うなら立派な犯人候補なわけだ。
勿論、見知らぬ第三者の犯行なケースだって考えられるけど、私が知る限りこういう場合大体が知人の犯行である。
犯人の目的は明らかに、この女性を殺すことだけだったわけだし。
まぁ此処は日本、刑事だって沖矢さんだって小さな名探偵だっている。
男性諸君の活躍に感心する民間人として、脇役に徹しさせてもらおう。

刑事さんが新たにやってきた3名に事情を聞いていると、小さな探偵達も「お魚さん、何が好き?」と調査に加わり、制する刑事を沖矢さんが制し始めた。
どうやら沖矢さんは、少年探偵団───ならびにコナン君をかなり評価しているらしい。
そしてついには、自信たっぷりなコナン君と同じく、彼らのお陰で犯人が分かったと言うではないか。
私も推理小説を読んで勉強すべきかしら。








大分陽が落ち、刑事達は此処から撤収しようとしているらしい。
それに揃って待ったをかけたのは、先程謎解きを終えたばかりの切れ者2人だった。


「んじゃ、遺体を船に…」
「「ちょっと待った!」」
「あんだァ?2人一緒に…」
「いえ…このボウヤが話があると…」
「あ、でも昴さんも話があるなら先に…」
「だーかーらー、話なら署に行ってからたっぷりと…」
「けどそれじゃあ…」
「それじゃあせっかくの証拠を隠滅されてしまう恐れがある…そういう事でしょ?」


事態を把握しきれていない刑事にも説明するように、沖矢さんとコナン君が事件を紐解いていく。
現場の状況から殺人であることは明確、そしてこのトリックを仕掛けることが出来るのは、お嬢様のダイバー仲間である男性3人。
では、3人のうち誰が犯人なのか───事切れる前に、被害者である彼女自身がその名をしっかりと岩に刻んでいたのだ。


「そうだよね?青里周平さん?」


彼女の遺品である時計の削られたFISHの文字と、その時計で書かれたサバ・コイ・タイ・ヒラメという単語───これらの単語を漢字に置き換えてFISH=魚偏を取り除けば、『青里周平』と容疑者の名が出てくる。
海外生活が長いせいで忘れそうになるけれど、日本語はこの漢字が難しく、同時にとても面白い言語だ。

更に、ふざけた理屈だと足掻く彼を追い詰める要素は、彼の口元に貼られた絆創膏である。
彼は行方不明のお嬢様の情報を得るために、ネットカフェで頬杖をつきながら行っていたネットサーフィン中にニキビを潰してしまったのだと主張していたが、左利きである沖矢さんの指摘通り、一般的にPCマウスは右手で使用するようになっている。
例え左利きであってもマウスは右で使用するという人もいるぐらいなのだから、ごく普通のネットカフェに左利き用マウスがあるという可能性はかなり低いだろう。
すなわち、唇の右下に貼られた絆創膏は、ニキビを隠すためのものではない。


「付いちゃったんでしょ?船に戻ろうとしてスリ替えたお嬢様のレギュレーターをくわえた時に…お嬢様の口紅がね!!」


トリックを暴かれ証拠も晒され、半年前の事故の復讐なのだと動機と正体を露わにした青里は、選りに選って歩美ちゃんを人質に取って私達から距離を取った。


「…だからあの女をこの一角岩に置き去りにしたんだよ…まあ、お前らにも同じ目に遭ってもらうがな!!」


高飛びするまでの時間稼ぎに幼い少女を人質に取るとは、どうやら彼は救いようのない人物らしい。
彼女の首元に向けられるのは一般的なサイズのナイフ…それを離せばどうにか出来る?
いや、相手は体力もある若い成人男性…変な気を起こされては歩美ちゃんが怪我をするかもしれない。
後でかなり怒られるだろうけど、とりあえず関心を私にでも向けておけば、刑事と沖矢さんがどうにかしてくれるかな…。


「0.12パーセント…」


ジリ、と一歩歩み出たところで、後ろから肩を引かれる。
代わりに前に出たのは、すらすらと言葉を並べる沖矢さんだ。


「犯罪者が高飛びに成功した確率ですよ…約1000人に1人の割合だ」


成程…自分がやるから、民間人は大人しく引っ込んでいろと…そう言うことですね、沖矢さん?


「だが…悪魔の加護を受けたその者達の中から、正体を隠して何かに怯えながら暮らし続ける事に疲れ果て、自首した者や自殺した者を除外すれば、成功者といえるのは限りなく無に等しい…」


ゆっくりと話しながら距離を詰めた沖矢さんが、歩美ちゃんを抱えた犯人と対峙する。
涙を瞳いっぱいに溜めた歩美ちゃんが無事なら、この際沖矢さんと犯人がどうなろうと構わないだろう。
この場で優先すべきは、不幸にも捕らわれの身となってしまった少女だ。


「果たして、あなたはその孤独感とプレッシャーに…耐え切る事が出来るかな?」
「う…うるせェ!!!」


ナイフの切っ先が沖矢さんに向けられた───が、それは瞬く間に彼の利き腕に弾かれ姿を消した。
無駄のない動きで呆気に取られた青里の腕から助け出された歩美ちゃんは、沖矢さんから離れるや否や此方に駆けてくる。
前に出てその小さな体を受け止めれば、恐怖より驚きの方が大きくなったらしく、すっかり涙は引っ込んでしまったようだった。

しかし、これでめでたしめでたし───とはいかず。
最後の最後で私が出しゃばったのがマズかったのか…戦意喪失したかと思われた犯人の目が、私達に向いた。
歩美ちゃんは背を向けているから気付いていない、沖矢さんは私と入れ違いでコナン君達の方に向かった、刑事は犯人確保のために奴に手を伸ばしている途中───


「絵里衣さん…!」


この面倒な事態に気付いたらしいコナン君の声を聞きながら、片腕で歩美ちゃんを抱きしめ、もう片手は地面を軸にし、しゃがんだまま此方に向かう腕を避けるついでに片足を地面に滑らせるように素早く伸ばす。
腰を屈めて向かってくる相手の重心をブレさせるだけでいいのだから、強い力は不要だ。
そのまま青里は、まるで段差に躓いたかのようにつんのめり、私達の横を過ぎて滑るように倒れ込んだ。
そう、死角にいた人からすれば、まるで『ただ躓いて転んだかのように』だ。


「歩美ちゃん、怪我はない?」
「うん!大丈夫!」


刑事に連行される青里を見送ってから踵を返せば、沖矢さんが凄い凄いと子供達に持て囃されていた。
武器を吹っ飛ばされた挙げ句転ぶなんて間抜けな犯人だった、なんて声も聞こえてくるが、私は苦笑いしか出来ない。
民間人が出しゃばるな、とお叱りを受けるのが分かっているからだ。
そんな私にトドメを刺すように、少し離れてその様子を見ていたコナン君が振り返った。


「絵里衣さん、体術も出来るんだね!」
「まぁ…入局時に訓練は受けているから、最低限は」
「相手の力を利用して転ばせるなんて、ビックリしちゃった!体術得意なんだね?」
「そこまで見えていた君の観察眼の方がビックリなんだけど……そうね。得意じゃなくて、対近距離しか必要がなかったから必然的に、が正しいかな」
「え?それって…」


入局時の訓練に体術があったのは本当だが、その後実戦機会ほぼ皆無であった私に制圧は不可能。
寧ろ入局前までがポイントだったとでも言えばいいのか、けして近距離が得意と言うわけでなく、そこだけ対処出来れば生きていくことが出来たと言うだけなのだ。
今でも実戦面では役立たずのままだが、お陰様で、ハンドガンや小物系の使用方法と、逃げるための体術のスキルはついたと思う。
つまり私に出来るのは、情けないことに『対近距離での逃走』だけなのである。


「すみません、絵里衣さん…危険に晒してしまったみたいで」
「いえ、そんなことは」


小さな探偵さん達の相手を終えたらしい沖矢さんがやってくる。
一見、自分のせいで…と遜った言い回しをしているけれど、内心は私への説教でいっぱいになっているだろう。


「お怪我はありませんか?」
「ないです」
「良かったです。子供達は勿論ですが…貴女も無事で」


伸ばされた利き手が私の頬を滑ったかと思うと、優しく髪を払って耳にかけられる。
そして、ずいと腰を折って更に距離を縮められ、露わになった耳元に、偽りの彼の良く響く声が届けられた。


「貴女はただの民間人…くれぐれも大人しくしていて下さい。くれぐれも」
「……………………はい」
「いい子ですね」


何故かよしよしと笑顔で頭を撫でられれば、周りからこれもまた何故か歓声が上がる。
子供達から冷やかし、船長から「見せつけてくれるねぇ」と誤解しかもらわなかったのだが、恐らく今私の顔は真っ赤ではなく真っ青なはずだ。
年下の大学院生にこんなに近距離でスキンシップを取られ、あまつそれを素直で純粋な小学生に見られたのだ。
私をからかうためか意図があってかは知らないけど、もれなく相関図がややこしくなっただろう。
あ、そう言えば沖矢さん、私に気がある設定なんだったっけ。
提案者は確か、死亡偽装の協力者でコナン君の知り合いなはずだけど───今すぐ設定取り下げて彼を説得していただきたい。
こんなの本来の知り合いに見られたら…いやホント駄目。

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