最早恒例になりつつある隣家の居候による強制的なお茶会と言う名の近況報告会の最中、何故か固定電話の子機が鳴るという事態に見舞われた。
この工藤邸の家主は海外在住で、ご子息も家を空けていると聞いていたから一体誰からかと思えば、電話の主は私の居候先である阿笠邸の家主らしい。
にこやかな笑みを湛えた沖矢昴はチラリと私に目を向けると、それはさも当たり前のように淡々と受け答えを始める。


「ああ博士、どうしました?……ええ、分かりました。絵里衣さんも一緒にいるので、デートがてら行ってきますよ。…………いえ、これぐらいお安いご用です」
「………は?」


聞き逃せない単語の登場に思わず声を出した私のことはそっちのけで、彼はすらすらと返答をしてみせると受話器を置いた。
そして良く通るその声で、デートの言う名の外出を促したのである。
ここ最近、例の視線を考慮してわざと同じ時間に同じ所にいるようにしていた私に、当然ながら拒否権はない。








少々手が離せなくなってしまった博士の代わりに、釣りに行っている少年探偵団を迎えにいく───そんな簡単な説明を受けながら車に揺られ、恋人と誤解されたまま船に乗り込み目的地に向かえば、案の定予想外の人物の出迎えに子供達からは素直な驚きと疑問が返ってきた。


「ええっ!?博士来られなくなった!?」
「マジかよ?」
「ああ…博士が作って近所の方達に配った自動ハムエッグ作り機の調子が悪くて、苦情が殺到しているらしくてね…すぐに修理できると思ったけど、かなりかかりそうだから君達の迎えを僕が頼まれたんだよ…」
「へー…」
「さあ、おしゃべりは船に乗ってからだ!早くしねぇと陽が暮れちまうぞ!」
「はーい!」


私にすら話してくれなかった博士不在の理由を説明し、沖矢さんは子供達を誘導し始める。
彼の正体が赤井さんだと知っている私からすれば何とも不思議な光景ではあるが、少し離れたところにいた小学生らしからぬ大人っぽさを見せる2人───正確にはそのうちの1人、コナン君の後ろに隠れるように立っている哀ちゃんは、私を見た途端何か言いたげに口を開いた。


「…絵里衣さん」
「ホラ、君達も乗った乗った!」
「あ、うん!」


が、ちょうどそのタイミングで船長に乗船を促され、すぐに口元を固く結んでしまった。
後で声をかけて話してくれればいいが、元々警戒心の強い子だし、私も完全に信頼はされていないからどうだろうか。
今も、何処かビクビクしながら乗船しようとしているのが気にかかる。


「あ…」
「!」
「───っと…ダメじゃないか、よそ見してちゃ…」
「え…ええ…」


別の何かに気を取られていたせいか、足を引っ掛けて転びかけた哀ちゃんに手を差し伸べたのは、沖矢さんだ。
近所の年上のお兄さんらしく優しく注意もしてみせた彼は、今度は何故か私に向かって利き手を差し出した。


「絵里衣さんもどうぞ。彼女のように滑って、ケガなんてしたら大変ですから」
「大人の私が滑って転んだりしたら、子供達に示しがつかないですからね」
「おや、そんな意味で言ったわけではないのですが…」


有無を言わさぬ調子で揶揄たっぷりに笑ってみせた沖矢さんの手を借り、船に乗り込む。
そして未だコナン君の背中に隠れている哀ちゃんの元に行けば、声を抑えて「大丈夫なの?」と問いかけられた。


「それは例の奴らって意味でかな?」
「ええ、またあの人と一緒にいるし…」


哀ちゃんの視線の先には、子供達と料理云々と楽しそうに話している沖矢さん。
時に冷酷な決断も厭わないと言う、FBIのエース捜査官の片鱗も見せない彼の演技力には舌を巻く。
いつの間にか何故か私も一緒に釣った魚を捌くことになっているようだけど、あの3人が楽しみにしているなら仕方ない。


「おい、ボウズ共見てみろ!きれいな夕陽だぜ?」
「「お〜っ!!」」
「すっげー!!」
「まるで絵ハガキのようですね!!」


船長の声に目をやれば、視界いっぱいに広がるのは見事なまでの夕焼けだ。
橙の丸く大きな太陽が、同じく橙に煌めく海面に溶けるように沈んでいく様は、写真などで見たことがあるそれより遥かに美しく雄大に思える。


「あれ?何だろ?夕陽の下のトコに見えるとんがったの…」
「ああ…ありゃー一角岩だ!」
「一角岩?」


沈みゆく太陽の前に見える何かは、船長の井田さん曰く、水平線から天に向かって細く伸びた一角岩と呼ばれる岩場らしい。
何でも、昔大きな一本の角を持った一角龍という海龍がいて、ある時自分の子供を釣り人に釣られて怒ったその一角龍が、今も角を海面から出して住処を見張っていると言う伝説があるそうだ。
だから近付く漁船はたちまち沈められるが、一角龍は子供好きなため、立ち寄ったのが子供なら海の力を授けて泳ぎが上手くなると言う言い伝えがあると説明してくれる。
それならばと船を寄せることになったのだが、近付いて見れば中々伝説さながらのシルエットをしている岩場だった。


「わぁー!結構おっきいね…」
「ええ…あの下に巨大な龍の本体があると思うとちょっと不気味ですよね…」
「コラ、お前ら何やってんだ!?そいつは一角岩!近づくと龍に祟られて沈められるぞ!」


向こうから現れた船から、若い男が船長から聞いた通りの話を叫んでくる。
しかし此方が子供だと分かったからか、すぐに方向を変えて去っていった。
井田さんが言うには、先程の男達は最近この辺りでダイビングを始めた社長令嬢の取り巻きのダイバーらしいが、と言うことはつまり、この下には潜る価値のある絶景が隠れているのではないだろうか。
想像ではあるけど、この辺りは中々神秘的のようだ。


「まあ、それに引き替えこの一角岩は子供達の岩!思う存分楽しんでくれ!」
「「はーい!!」」


子供達が次々一角岩へ足を踏み出していく。
沖矢さんは船長と共に乗船時と同じようにフォローしていたけど、やっぱり今回も私に手を差し出してくれた。


「お手をどうぞ、お姫様」
「それ笑えない冗談です」


さすがにこんなところで…とは言え、全く以て笑えない。
そんなだから、哀ちゃんに警戒されるんですって。


「あ、見て見て!夕陽!!沈んじゃう前にみんなで写真撮ろ!」
「じゃあ、僕の携帯でよければ…」


最近めっきり見なくなったフィーチャーフォン片手に沖矢さんが言えば、子供達は嬉々として岩場をバックに並び始める。
この夕陽の橙も綺麗に映ってくれればいいんだけど…難しいかな。


「姉ちゃんは入らねーのか?」
「遠慮しとく。ごめんね、元太君」
「「えー!」」


せっかくのお誘いではあるが、良く分からない観察も受けていることだし、形に残るものは避けておくのが無難だろう。
ただの記念撮影、されど記念撮影、だ。


「じゃあ、後で昴のお兄さんと2人で撮ってあげるね!」


や、歩美ちゃん、それもやめておいた方が───


「ああ、その時は頼むよ」
「任せて下さい!」


駄目だ、光彦君もすっかりやる気だ。
これは、沖矢さんにこの状況を説明していなかった私の落ち度か。
って言ってもまだ不確定要素が多いし、沖矢さんに余計な労力を使ってほしくないと考えてのことだから、もう少し沈黙を貫かせていただきたい。

こうして楽しい記念撮影になるはずだったのだが───シャッターを切ろうとした沖矢さんが、哀ちゃんの後ろの岩に書かれた文字を見つけたことにより、事態は急展開を迎えることになる。
まさかこんなところで、子供達と女性の死体に遭遇することになるなんて誰が想像出来ただろうか。
沖矢さんはまだしも、その死体に臆することなくさくさく観察しているコナン君は、いくら探偵事務所の居候とは言えちょっと慣れすぎじゃない?


「見ろよ!タンクのエアを吸う、このレギュレーターの口…汚れてねーだろ?なのに、この人は口紅をつけている…この人が使ってたレギュレーターなら口紅がついてるはずだよ…」
「どういう事?」
「誰かに何かの目的でスリ替えられたんだよ…恐らくこの数時間の間に再びここに立ち寄った犯人にな!!」


しかもただの事故なら良かったのに、これは歴とした殺人事件のようだ。
まじまじと遺体を見ていた沖矢さんと同意見らしいし、まず間違いないだろう。


「絵里衣さん、警察に連絡をお願い出来ますか」
「…分かりました」


沖矢さんの指示通り、警察に連絡をするために携帯を取り出す。
手早く通話を終えてから船長にも事情を説明しに行けば、驚いた様子を見せるも、こういったことには慣れているのか、出来ることならと冷静に協力を申し出てくれた。
我らがFBIの切れ者沖矢さんと、死因の特定や死体の矛盾点をあっさり指摘してみせたcool kidコナン君がいるのは頼もしいんだけど…こんなところに来てまで事件に遭遇とか、幸先が不安である。

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