「残念だが、今夜のマジックショーはタダ働き…報酬は0だぜ、月下の奇術師さんよ!」


もはや世間では恒例となりつつある、鈴木次郎吉相談役との対決2日目。
昨晩同様民衆を欺き、手筈通りビルの壁を上るオレの前に現れたのは、昼間もしっかり牽制したはずの探偵ボウズだった。


「重りを捨てろ!!」
『え?』
「早く!!!」


宙ぶらりんなオレに構うことなく披露される小さな探偵の推理は、それはまぁ見事にドンピシャなわけで。
しかもわざわざミスリードで、オレが予定通り事を進めるよう誘導までしてくれたらしい。
本当に小学生なのかよ、このボウズ。


「なるほど?さっき盗聴器から聞こえたお前の推理は、オレを油断させるためのフェイク…文字ニュースの絡繰に気づいてたのか…」
「ああ…文字ニュースの内容でな!」


月を背負いながらの推理は様になっているが、生憎此方が不利なまま名が廃るなんてエンディングはゴメンだ。
オレ1人ならさっさとトンズラも出来ないこともないが、今回のトリックは1人では不可能だし、何より怪盗キッドとして聴衆を驚かせてからでないと意味がない。
さて、どうしたものか。


「人は誰しも白い物が目の前から消えれば無意識に白い物はどこだと目で追っちまう…白から黒へ早変わりできるお前なら当然の選択だな」
「ああ…それと同時に暗い闇の中から突然白い物が現れると…ミステリアスだろ?」


すっぽり体を覆っていた黒を取り去れば、地上からお待ちかねの歓声が湧き上がる。
端から見れば、瞬間移動したキッドが、重力を無視して壁に立っているように見えるだろう。
───にしても、だ。


「昨日と言い今日と言い、ツイてねーみてーだな…」
「昨日?」
「ああ…あの後ちょっと立ち寄ったビルの屋上で、普通じゃないバイオリン奏者に会ったんだよ。20代ぐらいで美人だったぜ」
「バイオリン奏者…!?」


ぽつりと零した愚痴に反応したボウズが、ヤケに食いついてくる。
まさか怪盗キッドが仕事後に一般人と遭遇するなんて…ってか?


「自称バイオリン奏者、だけどな。オレの気配に反応して、本人曰く玩具らしい拳銃を向けるぐらい警戒しておきながら、現れたのがオレだと分かると瞬時にその警戒を解いたんだ…おかしいだろ?」
「普通怪盗キッドが目の前に現れれば、ファンであろうとなかろうとキッドを知る年代の者なら騒ぎ立てるか───もしくは警察関係者なら、世間を騒がす人物の登場に更に警戒を強めるってのが正しいだろーからな…」


ボウズの言う通り、20代なら多かれ少なかれ怪盗キッドという名に聞き覚えはあるだろうし、大まかな特徴だって知っているだろう。
だから普通なら、驚くなり何なりリアクションを取るはずだ。
そして一般人ではなく、オレが逃げる方角を見越して張り込んでいた警察関係者と言うのなら、前者以上に大きく反応を示したはず。
だが、彼女はそうはしなかった。
最初から、咄嗟に拳銃を構える程過剰に周囲を警戒していたにも関わらず、オレを見た途端安堵したかのように警戒を解いたのだ。
玩具だと言ってのけた拳銃はどう見ても本物だったし、それでいて振る舞いは警察関係者のものとも一般人のものとも異なっている。
全く以て不可解としか言いようがないだろ?


「しかもバイオリン奏者だと自称したくせに、背負っていた楽器ケースはどう見ても一回りは大きいビオラのケースだった。どうだ名探偵、興味深い人物じゃねーか?」
「興味深い人物だが…その人はお前が近付いていい人じゃねーよ」


───そう言うことか。


「何だ、彼女と知り合いだったのか」
「一応な。そう簡単に会わねーだろーけど、あの人に不必要に関わるなよ」
「そう言われると関わりたくなるのが普通だろ?」
「あのなぁ…」
「不必要には関わらねーさ。不必要には、な」


ボウズと知り合いってことは、この先何処かで会う確率は十分ある。
たまたま再会してたまたまお近付きになるのは、『不必要』にはなんねーだろ。
あんな目をしてた美人、気にかからない奴なんていねーよ。

じゃあ糸口も見つかったことだし、目の前のコイツに集中しますかね。
観客の盛り上がりもいいカンジみたいだし。
彼ら彼女らは、まさかあの怪盗キッドが小学生と対峙の真っ最中だなんて思いもしていないだろう。
まして、キッドが追い詰められている側だなんてな。


「まぁ観念するんだな…このままお前が上に上がればお前は助かるかもしれねぇが…下に降ろされた仲間は警察に捕まっちまう…その逆だとお前がアウトだぜ?」
「キッドォォ!!」


中森警部は今日も今日とて元気らしい。
せっかくネタも仕入れたんだから、このまま気分良く退散させてもらうぜ?


「んじゃ…真ん中で…」
「ま、真ん中?」


手早く仕掛けを解いて、夜の空へと離脱する。


「手を!!」


いつも通り、目的の物ではなかったお宝を返して、わざわざ用意された網を越えれば、もう此方のものだ。
ついでに、もしかしたらと僅かな期待を抱いて昨日出会ったビルの付近を回ってみたが、彼女らしき人影は見当たらなかった。
人目を引く容姿、極めて不可解な言動、言葉の端々からも感じ取れるただ者じゃないオーラ…今度是非その音色を聴かせてくれよ、バイオリン奏者さん?


  return  
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -