幾ら私が『鳥籠』だろうと、ここまであからさまな視線に気付かない程鈍くはない。
日中公園にいる時から感じていたその視線は、こうして人混みに紛れながら歩いている今もずっとついてきている。
私が1人になるのを待っているのか、それとも───とりあえず、パーカーのポケットに移動させたこのハンドガンを使う機会がないことを祈りたい。

それにしても、いくら錦座町と言っても少し人が多すぎではないだろうか。
凱旋パレードをするわけでもあるまいし…まぁ何にしろこれだけ人がいるんだから、利用出来るものは利用させてもらおう。
私の後をついてくる誰かが何をしたいのかを炙り出さないと、家に帰ることも出来ない。
面倒事を阿笠邸まで持ち帰るのは、何重もの意味で厄介だ。

暫く道なりに進んでから、私は手頃な雑居ビルへ立ち寄った。
壁はひび割れ、廊下の電気も切れかけているこのビルには、どうやら運営しているのかも分からないような、流行り廃れたマニアックな店舗が数点入っているだけのようだ。
それらを横目にわざと階段で屋上まで上がって、一息つく。
例の人物はついてきていないらしい。
私を見失ったか、下で出てくるのを待っているか───屋上をぐるりと囲んだ柵から地上を見下ろそうとしたその時、視界に白が入り込んだ。


「!?」
「おっと…貴女のような美しい方に、そんな鉄の塊は似合いませんよ」


条件反射で構えた鈍色の銃の先に、白に身を包んだ男が立っている。
月明かりの下銃口を向けられ両手を顔の横まで上げてみせてはいるものの、その何処か飾った口調からは余裕しか感じられない。
噂は兼ね兼ねとでも言えばいいのか、大変興味深い人物ではあるが明らかに例の人物ではないので、瞬時に警戒を解き銃を仕舞うと、白い男───怪盗キッドは予想外だと言わんばかりに目を瞠る。
成程、錦座が混んでいたのは彼のせいと言うわけね。
銃を見せてしまったのは、完全に私のミスだ。


「ただの護身用の玩具だから、ご心配なく。それよりお仕事の邪魔をしてしまったかしら、怪盗さん?」
「いえ…用事は済ませた後ですし、本番は明晩なので」


それにしても、彼は男性と言うよりは青年…寧ろ少年ぐらいにも見えるではないか。
今は感情を読み取れないが、先程一瞬見せた驚いた顔なんて、まさにそうだった。
FBIに属する以上、専門ではないとは言え怪盗キッドのことは最低限知ってはいるが、まさかこんなに若いとは驚きだ。
男女問わず人気だと聞いている通り、ファンがいてもおかしくはない、人を引き付ける何かを持っている気がする。
中々将来有望な人材だろう…って、何を考えてるんだ私。

キッドの横をすり抜け柵に近付き、未だ多くの人が行き交う通りを見下ろす。
夜の街から抜け出し、わざわざ此方へ向かってくる影はない。
屋上にいる私やキッドを追う人物は、どうやらいないようだ。
これで例の人物の目的が、ひとまずは私との対峙ではないと言うことは分かった。
恐らく先日キャメルさんに振り切ってもらった人物と同一人物だろうけど、目的は『あくまで距離を保って観察する』と言う線が濃厚だろうか。
それはそれで不可解ではあるけどね。


「貴女のようなお美しい方には、是非またお会いしたいものですね」
「多分私、貴方より10歳は年上だと思うけど」
「私の興味を擽るのは美しい宝石だけですので。お名前をお伺いしても?」


此処日本よね?
言い回しがいちいち欧州的と言うか、気障と言うか…むず痒い。


「ああ、これは失礼致しました。名を訊ねるならまずは自分から…ですね」


私が違う観点で考え込んでしまったのを警戒と感じたのか、キッドは謝罪の後恭しく片膝をついて頭を垂れた。
それすら様になっているのは、その格好のせいか、雰囲気からか。


「私は怪盗キッド。ただのしがない怪盗です。今日此処で出会したのも何かの縁…差し支えなければ貴女のお名前をお聞かせいただけませんか?」


そう言うと、彼は返事を待たずに私の手を取って、その甲に唇を落とす。
頼りになる光が月明かりだけだったせいか、この時初めて私は、彼の右の頬骨の辺りに傷痕があることに気が付いた。
小さな擦り傷ではあるが、変装をしていないであろう素顔に傷を残すなんて、警察とやりあった後ってことなのだろうか。


「月下の奇術師に覚えてもらうような名はないわ。私はしがないバイオリン奏者だからね。それより早く手当しておかないと、いくら擦り傷でも顔の傷は目立つんじゃないかしら」
「ご心配ありがとうございます。こんなお恥ずかしい姿で長居するわけにもいかないので…今日のところは失礼致します。またお会いする機会に恵まれた際は、お答えをお待ちしていますね」


私が名乗る気がないと察したらしいキッドは、白いハングライダーであっさりと夜の闇へと消えていった。
子供のようで大人っぽくて、大人のようで子供っぽい。
それでいて頭の回転も速そうだから、日本警察は明日も大仕事になることだろう。

彼が消えていった月に背を向けて、私は屋上に通じる階段を下っていった。
こうして、今日も何事もなかったかのように帰宅することに成功したのである。


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