「赤井さんが死んだせいでジョディが凄く落ち込んで空元気みたいなので、キャメルさんも合わせて3人で明日の晩宅飲みしてきます」


彼女からそう報告を受けたのは、昨日の午後だった。
俺が単独行動をしながらも一方的に関わりを持っているせいか、彼女はジェイムズではなく俺に報告と指示を仰ぐことが多い。
特に今は隣人で、色々過程が手っ取り早いという点もあるのだろうが……今回のはもはや事後報告と大差ない確定報告ではないか。
だが原因の一端が自分にあるのも自覚しているし、そもそも翌日に迫った予定を死んだはずの自分が止めることは不可能なため承諾した───大変不本意ではあるだろうが、彼女に内緒で発信器を取り付けた上で。
いくら頭の回転が速かろうが、彼女は現場を飛び回る捜査官ではなく鳥籠のお姫様だ。
その方面の知識はあれど、発信器を捜し出す技術はないはず。
勿論気付かれても構わないように、彼女が持ち歩くであろう物複数に取り付けはしたがな。

そんな発信器が小さな異常を告げたのは、日付が変わろうとする頃だった。
あまり遅くなるようならジョディの家に泊まるよう言っていたはずだが、居場所を示す印はどんどん進んでいく。
このスピードは車…ならばキャメルかタクシーとなるのだが、何やら動きがおかしい。
どうやら、猛スピードで回り道をしながらじわじわと此方へ向かっているようだ。
進行方向から察するに、彼女がタクシーではなくキャメルの運転する車に同乗し、帰宅しようとしているのは間違いない。
ただし、素直に帰路につけない理由がある、と。


「つけられているのか…」


今回の外出は理由が理由のため盗聴器は仕掛けていないし、彼女の発信器に盗聴機能は備わっていない。
つまり発信器の位置だけで行動と状況を読み、必要に応じてフォローに行かなくてはならないが───


「奴らにしては雑だな…」


発信器の現在地を確認しながら、傍らのライフルバックに視線をやる。
もし狙撃地点、もしくは対峙に手頃な地点に誘導するのが尾行の目的なら、もっといいタイミングがあったはずだ。
バイオリン片手に公園に足を運ぶことの多い彼女が、1人になるタイミングは何度もあるのだから。
かつて大衆の面々で暗殺を企てたこともある奴らが、そんな彼女を何の変哲もない今日、わざわざ誰かと移動中に闇に乗じて攻め立てる意図が不明瞭だ。
となれば考えられるのは、目的は別にあるか、そもそも組織の仕業ではないか、もしくは…可能性は非常に低いだろうが、標的自体が彼女ではないか。

そう思案しているうちに、発信器の動きが変わった。
撒くことに成功したのだろう、此方へ向かうスピードが上がっている。
さて、この尾行から解放までが犯人の罠という可能性も0ではない───家を特定されることを怖れ近辺で下車した彼女を、家に着くまでの間に拉致するのも不可能ではないのだから。
これも、奴らにしては雑な案ではあるがな。

それから少しして、発信器が1つ向こうの通りで一旦止まったのを確認してから、最低限の準備だけをして家を出る。
工藤邸の門に背を預けて数秒待てば、曲がり角から姿を現した彼女は、俺に…沖矢昴に気付くや否や固まってしまった。


「こんばんは。随分遅いお帰りですね」
「沖矢さん…!」


半ば強引に招き入れたリビングでミルク入りのカモミールティーを飲ませながら、何か仕掛けていたのかと不服そうな彼女から話を聞き出せば、大方状況は理解出来た。
尾行の目的は未だ不透明ではあるが、やはり標的は彼女であったと考えるべきだろう。
相手の出方からして、例の組織が絡んでいる可能性も低そうだ。
では、一体何故、何の目的で彼女はつけられていたのか。
まさか、もっと単純な理由だとでも…?


「あの、沖矢さ…………」


ぐらり、と向かいの席で彼女の体が揺れる。
ジョディの家で大量にアルコールを摂取し、初対面のキャメルの運転で尾行を掻い潜り、その後こんな時間にミルクの入ったカモミールティーなど飲まされれば、嫌でも眠気が襲ってくるだろう。
怖ろしい早さで訪れているのであろう眠気に耐えようとする彼女は、普段より幼く、それでいて危うい脆さを感じさせた。
人間が一番無防備になる瞬間だと分かってはいるが、普段頭が切れるだけに非常に大きなウィークポイントに思える。

カモミールティーが予想より睡眠薬として働いたらしく、抵抗もままならない体を横抱きにして使用者のいない客室のベッドに寝かせてやれば、あっと言う間に意識を飛ばしてしまった。
いっそ憎らしい程あっさりと眠りに落ちた彼女の額に出来る限り優しく唇を押し当てると、何処か空虚感が胸を占める。


「信頼されているのか、男として見られていないのか…どちらでしょうか」


沖矢昴は少なからず彼女に気がある設定だ。
民間人である沖矢なら、彼女の隣に並んでも何ら問題はないし、寧ろ此方としては好都合、表向きは公私共に傍にいることが出来る。
だが真面目な彼女が、沖矢昴の奥の赤井秀一が見えている彼女が、『僕』に堕ちることはないし堕とすつもりもない。
最低限ジョディとのことを知る彼女を、安易な理由で丸め込むことは出来ないだろう。
彼女は其処らの女とは違う…鷲と狼から優秀な部分をしっかりと受け継いだ、鳥籠育ちのお姫様なのだから。
しかし、『俺』だって其処らの男とは違うつもりだ。
フェイクでもなくFBIとしてでもなく俺個人として、彼女を手放すつもりはないし、誰にもくれてやるつもりはない。
いっそ盲目なまでに雁字搦めに縋らせ囲えば、少しはこの胸のざわめきも落ち着くだろうかとさえ思うぐらいには入れ込んでいるのだから。
無防備な頬にそっと指を滑らせれば、擦り寄るように身じろいで───やはりこんな姿を俺以外の誰かに見せるわけにはいかないな。


「手遅れになる前に仕掛けても構わんだろう?絵里衣」


今日つくづく思ったが、彼女を隣家の阿笠邸へ居候させたのは正解だったようだ。
奴らと繋がる細くも輝かしい糸は、常に見えるところにいてもらわなくては困る。
だからこそあの時、わざと彼女に工藤邸での同居を提案したのだ。
そうすればあの少女が、正体を明かし自分と同様に奴らに付け狙われている彼女を、警戒対象である沖矢の近くに置くのを阻止するだろうと見越して、だ。
案の定少女は、沖矢から彼女を離すために阿笠邸での居候を認めたのだから、お人好しとでも言えばいいのか、はたまた同族意識か…。
何にしろ、今のところは概ね順調だ。
今のところは、な。

さて、彼女もぐっすりなようだし、此方も晩酌の続きといこうか。
今日のような夜に飲むバーボンは格別だろう。


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