居候させてもらっている博士と哀ちゃんには、友人宅で飲み会のため帰宅が遅くなる可能性と余程遅くなるなら宿泊する可能性を伝え、親友であるジョディの部屋へとやってきた。
赤井さんとコナン君の策略に乗ってアメリカに一時帰国したことはジェイムズさんの耳には入っているらしいので、そこでの出来事の報告と近況報告、それから赤井さんの死にすっかり滅入ってしまっているジョディとキャメルさんを慰めるためだ。
後者に関しては、協力者の1人である私は勿論赤井さんが健在で今も虎視眈々と組織壊滅の機会を窺っているのはよく知っているわけだけど、元カノのジョディと彼を尊敬するキャメルさんは『敵を騙すにはまず味方から』と、ある種の釣り糸となっているため、尋常じゃない程落ち込んでいるらしい。
何だかんだで接点がなかったキャメルさんとは実は初対面になるのだが…事情を知る者として私が出来ることは、酒を飲む場を作り、蟠りを全て吐き出させることぐらいだろう。

だから今日は、前を向くために3人で時間の許す限り浴びるようにがっつり飲もう、と言うことになった───のに、ハイペースで空き瓶を増やし、いい感じに酔いが回りだした頃、本当の理由は有耶無耶にしたままアメリカ一時帰国の件を報告すると、ジョディが想像以上の剣幕で詰め寄ってきた。


「シュウがああなってた時、エリーもアメリカで死にかけてたですって!?」
「赤井さんと時同じくしてエリーさんもマークされていたとは…しかもそんな時に我々は…!」
「驚く程タイミングはピッタリみたいだったけど、結果として私は生き延びてるし、上の人間は皆赤井さん側にいたんじゃないかな…」


後悔の念だろう、悔しげに唇を噛み締めたキャメルさん。
打って変わって急に静かになったジョディは、ワインの入ったグラスを震える両手で握ったまま、静かに涙を流していた。
膨れ上がる雫は頬を伝い、テーブルにポタポタと水溜まりを作っていく。


「良かった…エリーが無事で……エリーまでいなくなってしまったら…私…っ…」
「ジョディ…」
「ジョディさん…」


胸を満たす罪悪感に涙が出そうになる。
親友を泣かせたいわけじゃない、でもけして事実だけを話せるわけでもない。
こんなに友として認めてくれている彼女を傷付け泣かすことになるなんて…私は自分のことを過小評価していたようだ。
それと同時に、赤井さんの存在がFBI内で大きすぎるものなのだと改めて実感させられた。


「今更だけど……シュウはエリーをとても気に入ってたから…正直妬かなかったと言えば嘘になる。でも、もしそのまま2人が惹かれ合うことがあれば、私はそれでもいいと思ってたの。だって私がかつて愛した人と大好きな親友よ?その2人が幸せなら、私からすればこれ以上ない幸せじゃない…?」


お気に入りと気にしなくてはいけないのとは少々ニュアンスが異なると思うけど…未だ彼が気になる元カノとしては、大した差ではないだろう。
もし、私がジョディなら、こんな風に全てを受け入れることが出来るだろうか。
涙を拭いながら続ける彼女はとても綺麗で、入局時に出会ったままの明るくて私の大好きな親友だ。


「だからエリーだけは…エリーだけは絶対奴らにくれてなんかやらないわ…絶対…絶対…!」


ぐい、とグラスを満たしていたアルコールを喉へ押し込むと、ジョディはキャメルさんに向かって空になったグラスを差し出した。
びくりと肩を跳ねさせた彼は、そのがっしりした体躯に似合わぬ程機敏に丁寧に赤ワインを注ぐ。
そしてそれをまた一気に煽ったジョディは、今度は涙を拭うことなくぐったりとテーブルに伏せってしまった。
偽装とは言え、彼女は大切な物を組織に奪われ、そして…自分で言うのは恥ずかしいけど…大切な物を組織に奪われかけた、ということになるのだ。
奴らへの復讐心に更に火を点すことにはなったが、もう暗い表情の彼女を見ることはないだろう。


「エリーさんは、この後どうされますか?」


勝手知ったる…で、眠ってしまったジョディを寝室のベッドまで運んでくれたキャメルさんが、リビングに戻ってきた。


「泊まってもいいかなって思ってたんですけど…朝起きた時にいない方がいいですよね」


空き瓶と空き缶とつまみで散らかったテーブルの上を簡単に片付けながら返せば、キャメルさんも賛同してくれる。
そして彼らしい気遣いで、車で送ると申し出てくれた。
車で来ているからとジョディの絡みを躱し、最後までノンアルコールを貫き通していたようだ。
せっかく、アルコールの力で色々吐き出してもらうつもりだったのに。


「以前赤井さんに言われていたんです。もし赤井さん不在時にエリーさんが外に出ることがあって、私の判断で護衛が必要だと思えば…付き添うようにと」
「赤井さんが…?」
「はい。もう時間も遅いですし…エリーさんがお帰りになると言うのなら、私は送り届ける必要があると思います」


ってことは、彼が酒を口にしなかったのは私のせいか。
私がキャメルさんに会う前に、赤井さん自身が死ぬことになったせいで、初対面の彼に死んだ赤井さんの指示を聞いてもらうことになっていたとは。
まぁ民間人の沖矢昴としてなら私といくら一緒にいても不都合はないだろうから、注意すべきは本職の面々と行動する時だって考えからなんだろうけど。


「じゃあ…お願いします」


今は亡き彼の指示を遂行しようとしているキャメルさんのお言葉に甘えて、近辺まで送ってもらうことにした。
乗り慣れない車と運転に緊張したけど、とても優しく気遣いの出来るキャメルさんの運転はそれは丁寧で、自然と肩の力が抜けていく。
確か、彼の運転技術はFBI内でも飛び抜けていると言っていたはずだ。
私を気にしてさり気なく話題を振ってくれ、実はこの車が急拵えのレンタカーであると教えてくれたり、自分の方が後輩だから気遣いは不要だと言ってくれたり、強面な見た目とは対照的に優しく頼もしい捜査官のようだ。


「すみませんエリーさん…帰るのが少し遅くなっても構いませんか?」
「うん…遅くなるかもとは言ってあるから大丈夫だけど…」


静かにそう詫びたキャメルさんは、バックミラーを気にしているようだ。
まさか何かあった…?


「しっかり捕まっていて下さい…!」


グン、と途端に車が加速する。
交通量も少なくなりつつある道路を縫うように進み、信号が変わらないうちに突っ切っていった。
凄まじい速さで揺れる車体に負けないよう踏ん張りながらサイドミラーに目をやるも、私には追い抜いた車が一瞬確認出来るぐらいだ。


「つけられているようです…お心当たりは?」
「いえ…あるなら今日ジョディの家に行ってないし」
「そうでしょうね…」


速度を出したまま急カーブ、勢いを殺さぬまま前を走る車を次々と追い抜いていく。
日本警察に見つかれば即アウトだが、キャメルさんの規格外のテクニックで裏へ裏へと入っていったお陰が、今のところそれらしき姿はない。








そしてそれをどれぐらい続けたのか───気が付いた時には見知った通りに到着していた。
銃を出されもしなかったし、いくら夜と言っても街中は街中…組織の人間ではなかったのか、はたまた本当に尾行するだけが目的だったのか。


「尾行は撒きましたが…お気を付けて」
「ええ、キャメルさんも。ありがとう」


こくりと頷き去っていくキャメルさんを背に、私も阿笠邸に急いだ。
念のため、家の前ではなく少し離れたところに降ろしてもらったのだ。
と言っても近くは近くだから、ポーチから取り出した手鏡で背後を確認しながら、1本入って角を曲がって………隣家の門の前に影が見える。

あのシルエットは───


「こんばんは。随分遅いお帰りですね」
「沖矢さん…!」


沖矢さんもとい赤井さんだ。
ふわりと大学院生の沖矢昴らしい柔和な笑みで迎えてくれた彼は、何故か私を引き寄せるように背に手を回してきた。


「もう博士もあの子も寝静まっている頃でしょう。今日は此方に泊まっていって下さい」


いや、貴方の家ではないはずだけど。
とツッコみたい気持ちはあったが、沖矢さんは有無を言わせぬ様子で私を工藤邸へ誘導していく。
言い分はご尤もでもあるし、彼の中ではもう確定事項なのだろう。

抵抗も許されぬまま、あれよあれよとリビングに置かれた高級そうなソファーに座らされた。
そしてこれもまた何故か、彼はご丁寧にミルクティーを淹れてもてなしてくれたのである。
深夜、飲み会後に隣家の居候に招かれお茶会とは…滑稽すぎて言葉も出ない。


「お疲れかと思いますので…どうぞ召し上がって下さい」
「いただきます」


向かいの席に腰を下ろしながら労いの言葉をかけてくる辺り、沖矢さんは今までの出来事を知っているのか。
ジョディやキャメルさんが彼に連絡を取るはずがないから、可能性としては盗聴器か発信器か、といったところだろうけど。


「宜しければ、今日の出来事をお聞かせいただけますか?」
「私に何か付けてるんですか?」
「おや…心外ですね。僕はただ純粋に、貴女を知りたいだけだと言うのに…」


事情を知る者と家で2人きりなのに、万が一の事態を考えてなのか何なのか、仮初めの姿を崩さない人が何を言ったって信憑性に欠ける。
ましてや、相手はあの赤井秀一だ。
さり気なく話も逸らしたし、相手の方が1枚上手、味方同士の攻防は無駄でしかないだろうと早々に諦めがつくのも悲しいところである。
出来るだけ簡潔に、友人宅での宅飲みの帰り、別の友人の車で送ってもらっていたらどうやら尾行されていたみたいだ、と説明すれば、顎に手を当てた彼は「ホー…」と言ったきり黙り込んでしまった。
彼の知っている情報と相違があった…?
それとも実は鎌を掛けただけで、私の話を聞いて1から状況を組み立ててる…?


「あの、沖矢さ…………」


突如襲いかかってきた強烈な眠気に視界が歪む。
アルコールも結構摂取したし、尾行で変に緊張もしたから当然と言えば当然か…。
そんな私を視界に捉え、端正な顔立ちを愉快そうな笑みに変えた沖矢さんが、向かいの席から此方へやってくる。


「カモミールティー、お気に召したようで良かったです」


そう言えば、カモミールティーにはリラックス効果があるんだったっけ。
しかもミルク入りなんて、意図せず心身共に気を張っていた私にはこれ以上ない睡眠薬ではないか。


「こうしていると、普段の聡明な絵里衣さんと同じ人物とは思えないですね」
「ん…どういう…意味ですか、それ…」
「とても無防備で可愛らしいということですよ。是非このまま手元に置いておきたい…」


肩と膝裏に手を回され、軽々と持ち上げられる。
眠気と戦う私には、馬鹿にしているのかと抗う気力も体力もない。


「大丈夫、ベッドへご案内するだけですから。手は出さないと誓いますよ」


冷たくも弾力のあるベッドに下ろされたお陰で意識が泥のような眠りに沈む前、額に淡い温もりを感じた。
手は出さないが唇は出した───なんて言ったら抗議しますから覚えておいて下さいね、沖矢さん。


  return  
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -