胸騒ぎがする。
それに何だか最近、夜中に目が覚める時に限って、外から話し声がしたり、庭からがざがさ音がしたりと不安を煽られることが多い。
今日は今のところ何もないけれど…そろそろ日付も変わりそうだしとりあえずベッドに横になってみようか。

ちょうどテーブルの上のPCのシャットダウンが完了した時、がちゃり、と扉が開く音がした。
勿論この部屋の鍵はしっかりかけていたのだが、私を監視状態の隣人はどういう訳か勝手に鍵を開けて入ってくるのである。


「すみません、絵里衣さん」
「………いや、せめてチャイム鳴らしてもらっていいですか?正体隠す気ないですよね?」


声も口調も大学院生の沖矢昴だが、やることなすこと大学院生らしくない。
何度か入ったことがあるであろう私の部屋をぐるりと見渡すと、何処か固い声が降ってきた。


「恐らく今日動きがあるはず…必要最低限の貴重品だけ持って外に出る準備をしろ」
「奴ら…ではなさそうですね」


突然の来訪も突然の赤井さんも勘弁してほしいが、言われるがままに財布や携帯などの必要最低限の貴重品だけ入れた鞄1つを持って部屋を出れば、少し先の駐車場にわざわざ手を引いて連れて行かれ、何故かいつの間にか沖矢さんと深夜のドライブが始まっていた。
赤い車の名前はさっぱりだけど、以前の黒い車よりは丸っこくて可愛らしくて何だか玩具のようである。


「何かあれば俺に合わせてくれ」
「分かりました」
「それと、沖矢昴はお前に少なからず気があるということになっている」
「…それ赤井さんの案じゃないですよね」


開いているのかいないのか分からない瞳が、一瞬此方に向けられる。
変装のせいで、元々分からない表情が更に分からない。
右ハンドルだというのに、ついでに視界も狭そうなのに、赤井さんは暗闇の中ですいすいハンドルを切っていく。


「その方が面白いと言われてな」
「面白いって…」
「協力してもらっている身としては、受け入れるしかないだろう」


コナン君の知り合いからのリクエストってことか。
今回の策は彼にがっつり協力してもらっているから、素直に乗るしかない、と。


「分かりました。年下の大学院生にちょっと翻弄されている設定で頑張ります」
「ああ、頼む」


それから、行く宛の分からないまま車に揺られているうちに、どうやら寝てしまったらしい。
優しく肩を叩かれて起きた時には、もう太陽が見えている時間だった。


「すみません、爆睡してました…」
「いえ、最近十分眠れていなかったのでしょう。寝顔も見れたので役得ですよ」


すっかり皮を被った彼のエスコートで車を降り、木馬荘へ向かう。
しかしそこに、先日戻ったばかりのアパートはなかった。
全て燃えてしまっていたのである。








警察立ち会いの下、住まいをなくした私達は残りの住民と一緒に事情聴取を受けていた。
何から何まで綺麗さっぱり燃えてしまっているが、とりあえず皆命があるというのが救いだ。


「あ、絵里衣お姉さんだぁ!」
「あれ、歩美ちゃん…って、少年探偵団?」


何故かコナン君の後ろに隠れ怯えているらしい哀ちゃん以外の4人が、元気良く声をかけてくれる。
此処にいる理由を訊けば、同じ学校の開人君から依頼を受け、今日会う約束になっていたらしい。
怪しい人がいたのは私も知っているから、小さな探偵さん達の力で今日解決かな?


「ねぇ絵里衣さん、此処に住んでる人ってこれで全員だよね?」
「そうだけど…」
「ありがとう。じゃあ青は絵里衣さんで決まりだね!」
「つーことは、まずこの姉ちゃんは外れるっつーことだな…」


よく分からないが、私は容疑者から外されたらしい。
男性陣は再度事件当時のアリバイを聞かれるようだ。
さっきもそうだが、例の設定のせいで沖矢さんの供述は非常に恥ずかしいものになっている。


「その夜はドライブしてました…隣の部屋の絵里衣さんと2人で」
「成程…」
「ああ、別に深い関係じゃありません。夜中に目が覚めたからと出かけようとされていた時に出会したので、お誘いしただけです。深夜に女性の1人歩きは危険ですから。と言っても、彼女は途中で眠ってしまいましたけどね」
「夜中に変に目が覚めたのでコンビニにでも行こうと思って…後は沖矢さんが言った通りです」


何で今こう含んだ感じでこっちを見たんですか、沖矢さん…。
そんな細かい描写いります?
もしかして、リクエストした方に見張られてるんですか?
しかも沖矢さん、見た目はいいからちょっと油断したら大変なことになりそうだし…。
中身は赤井さんだって分かってるのに、ほんと視覚って恐ろしい。

それにしても、何故か日本警察も味方につけてそちらの話も聞いているらしい小さな探偵諸君は、この聴取内容で犯人を割り出すことが出来るのだろうか。
ずっと日記がどうこう色がどうこう言ってるみたいだけど。


「あのよォ…さっきから気になってるんスけど…」
「何なんですか、その日記とは?」
「『黄色い人』とかっていうのも聞こえてたけど…」
「火事になったこのアパートの大家の息子の日記だよ…その中に出て来るんだ。『黄色い人』っていうのがな…」


開人君の日記?
歩美ちゃんが持っている、あの煤に汚れたノートがそうなのか。


「開人君の日記に書いてあったんですよ!夜中突然、その『黄色い人』が帰って来て、開人君のお父さんと口喧嘩してたと!あなた達3人は火事のあった夜は出かけていて、朝帰って来たと言ってましたよね?」
「これって誰かがウソついてるって事だもん!」
「そのウソついてる黄色い奴ってのがアパートに火をつけた犯人なんだよ!!その黄色い奴、夜になったら怪しい事してたって言ってたしよォ!!」


そうか、私が途中で寝てるから、真っ先に容疑者から除外された私といた沖矢さんは容疑者からは外れないのか。
って言っても、私も主犯の『黄色い人』ではないだけで、いるかもしれない共犯の可能性は消えていないんだろうけど。

私が青い人である理由は、コナン君が読んでくれた開人君の日記の中にあった。
車が好きな開人君は、毎日アパートの植物に水をやっていた沖矢さん=消防車=赤い人、絆創膏を持ち歩いていて開人君にもあげたことのある細井さん=救急車=白い人、として記載していたのだ。


「青だけは『青いお姉さん』って書いてあったからすぐ絵里衣さんのことだって分かったけど、これも車に例えるなら…」
「開人君の日記に『今日も綺麗好きの青いお姉さんがお掃除を手伝ってくれた。階段も廊下もピカピカで、ゴミが1つもなくなった』って書いてあるから…」
「「「…清掃車だ!」」」


向こうに行く前は大家さんを手伝ったりしてたからね…まさかこんなところで救われていたなんて。
これで赤と白が出たから、残る黄色は消去法で真壁さんだ。
コナン君が小学生らしからぬ知識を披露しながら、すらすら追い詰めれば、彼は観念したように犯行を認めた。
大家さんも開人君も無事だし、犯人が捕まったのもいいんだけど…家どうすればいいのよ。


「絵里衣さん」
「どうしたの?コナン君。今日も小学生とは思えない推理っぷりだったけど…」
「えへへ…あのね、あのお兄さんが博士に会いに行くみたいなんだけど、絵里衣さんもどうかなって」


一見親切に誘ってくれているようだが、コナン君の目が何かを訴えているし、彼の後ろで沖矢さんを睨んでいる哀ちゃんのためにも行くしか選択肢はなさそうだ。
肯定を返せば、哀ちゃんの警戒がほんの少しだけ緩んだように見える。
得体の知れない男よりは、身分をカミングアウトした私の方が安心よね、普通。

と言うわけで沖矢さんと2人阿笠博士宅にお邪魔することになったんだけど、そこで沖矢さんは凄まじく図々しい発言をしてみせた。


「実は住んでいたアパートが燃えてしまいまして…よろしければ新しい住居が決まるまで、ここに居させてもらえないでしょうか?もちろん暇な時は、博士の研究の助手でも何でもやりますよ!」
「あ、ああ…構わんよ…この子が良ければじゃが…」


哀ちゃんの首が凄まじい勢いで左右に振られる。
あれだけ警戒していたら…って、哀ちゃんは何で彼をそんなに警戒しているんだろう。
異性ではあるけど、赤井さんのことも知らないはずよね?
逆に赤井さんは、哀ちゃんを凄く気にかけているみたいだし。


「じゃあ新一兄ちゃんの家使う?」
「新一兄ちゃん?」
「うん!急にいなくなったお兄ちゃんだよ!ホラ、隣のあの家!ボク鍵預かってるから!」
「ホー…立派な洋館だけどいいのかい?」
「うん!」
「……と彼は言っていますが、絵里衣さんはどうされます?」


此処で何故私?
いきなり話題を振られたせいで相当間抜けな顔をしていたのだろう、沖矢さんにくすりと笑われた。


「彼の厚意で、ひとまずあの家に住むことになりそうなのですが…とても立派な洋館ですし、絵里衣さんもお世話になりますか?形としては僕と同居…いや、同棲かな」


だから何でそう含んだ言い方をするんですか、沖矢さん!
確かに家はないけど、貴方と同居とか絶対やめた方がいいやつでしょう。
頭の中が警告で真っ赤なんですけど。


「あなたは…」


突如挟まれた声に振り返れば、博士を盾にした哀ちゃんが、震えながらもしっかり此方を見て続けた。


「得体の知れない貴方はごめんだけど…絵里衣さんなら…絵里衣さんなら、いいわ」
「哀ちゃん…」
「別に、貴女の話は聞いたし…いくら元隣人って言っても、知らない男と1つ屋根の下は嫌でしょうから…」


まだ、完全に私への警戒を解いたわけではないだろう。
なのに、居候を許可してくれるなんて…。


「ありがとう。阿笠さん、出来るだけ早く出て行くので、少しの間お世話になって構わないでしょうか」
「ワシは構わんよ。商売道具も全て燃えてしまったんじゃろう?」


事前に怪しんだ赤井さんが部屋から引っ張り出してくれてはいたけど、民間人である私は本当に余分な物は持ち出していない。
力作の楽器ケースも、バイオリンも、モデルガンも、全部全部灰となってしまった。


「…今更シンデレラになったって何にもならないでしょうから、逃げずに前を向くことにします」


そうすればガラスの靴が見つかるかもしれないし、ね。


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