連絡を入れていたせいか、アメリカに到着すると上司のカイルが迎えに来てくれていた。
すっかり日は落ちていたが、彼の運転で久しぶりの街並みを眺めながら本部へ移動するのは、心を落ち着けるのにちょうどいい時間だったようだ。
その間、私が確認出来た範囲では、怪しい人物や怪しい車はなかったと思う。


「怪我したって聞いたが、もう大丈夫なのか?」
「日本に行く前ですから…綺麗さっぱりですよ」


何年も通っているいつものエントランスを抜け、エレベーターで人事部のエリアへ。
そこから更に別の専用エレベーターで鳥籠のエリアへ行けば、ここからが本番だ。
頭の先から足の先まで、ありとあらゆる生体認証を1つ1つクリアしていく。
変に緊張すると弾かれる可能性もあるから、頭の中は空っぽに。
そうして一体いくつある鍵を何の認証で解除したか分からないまま、許可が下りた証に道は開かれるのである。


「とりあえず…」


日本とは時差の関係もあるから、いくらなんでもまだ何も起きていないはずだ。
が、せっかく来たのだから見るだけ見ておくか。

もしかしたら操作方法を忘れているかとも思ったが、体はしっかり記憶してくれていたらしく、素早くデータベースを立ち上げ、ニュースと隈無く照合していく。
やはりそれらしき情報はまだない。


「もういいのか?」
「はい。今日は確認だけでしたので」


全てのツールをシャットダウンし、カイルと共に本部を後にした。
日付が変わる前だというのに、最後まで付き合ってくれた彼には頭が下がる。

徒歩5分の我が家に入ると、暫く家を空けていた証拠として埃っぽい空気が出迎えてくれた。
咳払いをしながら窓を開け、ある程度入れ換えが済んでから、空気清浄機も稼働させる。
少なくとも数日は此方へいなければならないのに、こんな部屋で生活していたら体調を崩しかねない。
今、鳥籠に入れなくなったら全てが台無しだ。

時差ボケの頭で何とかベッドメイキングも済ませ、漸く就寝というところで、私は自分が時差ボケだけでなく激しい平和ボケまでしているという現実に直面した。


「……!」


部屋は私が出て行った時のままだった。
帰宅していなかった部屋は埃っぽく、空気が淀んでいた。
そんな数ヶ月持ち主が帰宅していなかったはずのこの部屋に、何故盗聴器が───?
この部屋に人が隠れられるスペースなんてない。
と言うことは、これを仕掛けた犯人は、私の帰宅を音声で知ったはずだ。
攻めてくるか……いや、気付かなかったふりをして、このまま自然に朝まで待って、通常通り出勤するか。

気になるのは、盗聴器が分かりやすい箇所に仕掛けてあるってことだ。
ベッドに横になれば、すぐに熟睡しない限りこれに気付くだろう。
つまり犯人は、私に盗聴を教えている。

手早く着替え、ハンドガンと必要最低限の貴重品だけ持って、私は本部に蜻蛉返りすることにした。
仮眠室で寝る方がまだ安心だ。
私はまだ死ねない。








寝坊した。
案の定寝坊した。
フライト疲れと時差ボケと平和ボケと緊張と、その他諸々のせいで起きられない気はしてたけど、やっぱりその通りだった。
仮眠室で飛び起きて急いで鳥籠に向かったものの、このままでは絶対引っかかるので精神統一に数分かかった。
逸る気持ちを押し込んで中に入った時、カイル含め鳥籠のメンバーが皆笑顔で声をかけてくれたのが逆にキツい。
カイルは当然だが、他のメンバーも大まかに事情は聞いているらしく、遅刻も長期帰省と言う名の出張も気にした様子は見せないし。
鳥籠と揶揄される表に出ることのない閉鎖空間は、意外ととても温かい場所なのだ。


「君の遅刻は想定内だ。やるべきことをやればいいさ」
「ありがとうございます」


右手首に視線を落とせば、腕時計は、時差を考慮すると既に赤井さんが亡くなっているかもしれない時間を指し示していた。
大体こういう事件は夜に起きるだろうから、深夜か早朝に情報更新、メディアで放送となるはずだ。
ざっと調べてみれば、やはり赤井さんは亡くなっているらしく、30分程前にジェイムズさんから本部へその旨の報告が届いているようだった。
報告書の内容は、私が予め聞いていた通りの内容と相違ない。

データベースの捜査員情報を自らの手で『死亡』へ更新し、数度見直してから、詰めていた息を吐き出した。
これで各担当に指令が伝達され、赤井さんの家族にも彼の死が報告されるだろう。
ご家族には申し訳ないが、目的のために当分彼には姿を眩ましてもらわなければならない。


「…よし」


これで海外公演の目的は達成した。
あと片付けるべきことは、盗聴器を仕掛けた犯人を炙り出すこと。
余計にややこしくなるから、出来ればこの問題は日本へ持ち帰りたくない。

定時まで仕事をしてから我が家に戻ってみたが、やはり誰かが侵入した形跡はなかった。
物が動いた形跡もなければ、盗聴器だってそのままだ。
とりあえず今日はホテルを取って、明日も同じことが続くなら転々としながら様子を見るしかない。








事態が動いたのは、それから3日後。
いつも通り、定時に仕事を終え昨日とは別のホテルへ帰ろうとすると、鋭い声と共に車が横付けされた。


「エリー!!」


それとほぼ同時に、車に銃弾が当たる音が響く。
狙撃されているのだ。

車体に銃撃を受けながら、助手席を開けて素早く私を招き入れてくれたのは、元捜査官現鳥籠のカイルだった。
私が乗り込んだのを確認すると、アクセルを強く踏む。


「向こうのビルに1人、あっちのビルに1人…後ろから車も追ってきているようだ」
「カイル…どうして…」


何故、貴方が此処に。
後ろを警戒しながら巧みにハンドルを操るカイルは、愚問とばかりに言った。


「君を何年見ていると思うんだい?問題はジェイムズの報告書の件だけでないと、すぐにピンときたさ」


車が叫んでいるようなドリフトを決めながら、次々に前の車両を追い抜いていく。
捜査官の運転は皆こんな感じなのか。
ジョディの運転が荒いのは周知の事実だけど、ジェイムズさんは違うと思いたい。

後ろを振り返れる状況でないのでよく分からないが、カイルの表情が苦いままと言うことは、狙撃してきた奴らはまだついてきているのだろう。
此方も応戦出来ればいいけど、私に銃のスキルがない時点でアウトだ。
運転だってほぼペーパーだし。


「エリー、撃てるか?」
「まぐれなら当たるかもしれませんが、もれなく民間人を巻き込むでしょうね」
「鳥籠に銃を撃つ機会なんてないからな」


ホワイトハウスを越え、ジョン・F・ケネディ・センターを越えても追っ手は止まらない。
ポトマック川沿いに出ると、今度は後方から銃弾が飛んできた。
ライフルを持つ奴も追いついて合流したらしい。
どうやら私が日本に行く前───つまりちまちま銃殺事件を起こしていた時と、状況はかなり変わっているようだ。
職場を出てすぐ弾を浴びたのだから、少なくとも身元はバレているだろう。


「チッ…やられたか…!」


キン、という金属音がしたかと思うと急に車が暴れだした。
激しい揺れと共に蛇行し始める。


「カイル、前が…!」


更に事態は悪い方へ向かうらしい。
目の前のフランシス・スコット・キー橋が大渋滞で、しかも人が車から次々と降りて此方へ走ってくるのだ。


「エリー!車から降りろ!!」
「な…っ」


視界が明るくなったかと思うと、次の瞬間、前から順に車が爆発していった。
多分、何処かで事故車両が燃えてそれが引火していっているのだろう。

ゆっくり考える暇もなく、反射的に助手席から転がり降りた時、撃たれたらしい痛みを横っ腹に感じたかと思うと、後ろからの爆風に吹っ飛ばされた。


「がはっ…」


ゴミのように吹っ飛んだ体が道路横の草むらに転がって止まれば良かったが、運悪く橋の下の河川敷近くまで止まらなかったようだ。
何度か弾んで転がってを繰り返し、漸く動きが止まる。
頭も痛いし、肺も痛いし、お腹も痛いし、腕も足も……。








薄れゆく意識の中で、銃声が聞こえた。
等速で連続して聞こえるこの音は、マシンガンの音だ。
サブマシンガン。
それも私が一番好きな………。

誰かが橋から落下していく。
長い黒髪の女性が、銃と一緒に。
待って、待って、まるで私が川に落ちていくみたいじゃないか!


「Mamma…!」


それが川に沈んでいく姿を見届けることなく、私の意識は闇に飲まれていった。


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