「いらっしゃいませー!1名様ですか?カウンターになってしまうんですが…」
「カウンターで大丈夫です」


楽器ケースをそっと足元に置いてカウンターに腰掛けようとすると、小走りでやってきたウェイトレスが楽器ケースの横に籠を置いた。


「すみません、良かったら使って下さい」
「ありがとうございます」


失礼な話だが、住宅街のビルの1階にある喫茶店なんて空いているだろうと思って入るのを決めたのに、このポアロは常連らしい客で大いに賑わっていた。
日曜の昼前なら、常連を抱えるどの喫茶店でもこんなものなのだろうか。

定番のサンドイッチとコーヒーをオーダーし、そっと店内に目を配る。
そんなに広くはないが、だからこそ心地好い圧迫感というか、何処か温かさを感じさせる店だ。
ジェイムズさんが日本に来た時に、赤井さんと行った喫茶店も中々だったけど、この店も好きな雰囲気だ。


「えっ…絵里衣さん?」
「えっ…コナン君?」
「あ、引ったくり事件の時の斎藤絵里衣さん?」
「あ、引ったくり事件の時に助けてくれた女子高生…の蘭さん、だったかしら?」
「おいおい、お前らこの美人と知り合いか?」


新たに客が増えたと思いきや、やってきたのは私の正体を知る江戸川コナン君に、いつぞやに助けてもらった空手少女毛利蘭さんに、その蘭さんの父親の毛利探偵だった。
蘭さんに会うのはあの時以来、毛利探偵は此方が一方的に知ってるだけで、初めましてである。


「お父さんは知らないと思うけど…バイオリン奏者の斎藤絵里衣さんよ」
「初めまして、毛利名探偵。いつぞやはお嬢様に助けていただきまして…」
「困っている人がいれば手を差し伸べる…娘は当然のことをしたまでですよ!特に貴女のような美人が困っていたならね…」
「もう、お父さん!」


恥ずかしそうにペコペコする蘭さんを制してから、此方を見上げていた小さな探偵さんに合わせて腰を落とした。
メガネの奥の丸い瞳は、今日もキラキラ輝いている。


「久しぶりだね、コナン君」
「うん!絵里衣さんは変わりない?」
「ええ。至って平和な毎日を過ごしているわ」


今のところ、私はノーマークのままだし、生存確認として赤井さんやジョディから電話がある以外、仕事の話もない。
まだ動作によっては右腕が引っかかりはするものの、バイオリンの練習も順調だ。
にっこり笑ってみせれば、小学生らしい可愛らしい笑みが返ってきた。


「それにしてもお綺麗ですな…失礼ですが、その髪も地毛で?」
「はい。半分は日本なのですが…この色が地毛なんです。海外にいると、顔が東洋顔だから結構からかわれたりしますけど」
「そう言えば目の色も…」
「多分ヘーゼルに分類されるかと」


そうこうしているうちに、私の注文していたものが運ばれてきた。
毛利探偵は私も一緒にテーブル席で、と進めてくれたのだが、さすがにその輪に入る勇気はないので遠慮しておいた。
外から店内も見えることだし、自分から積極的に接触するのは避けたい。


「絵里衣さんに音楽のテスト対策してもらうから、ボクこっちで食べるね!」


そう言ったコナン君が何故かカウンターに来たので、私は足元の楽器ケースを此方に寄せて隣へ座るよう促した。
ウェイトレスからオレンジジュースをもらった彼はニコニコとお礼を言っていたが、彼女が席を離れた瞬間にがらりと雰囲気を変える。


「ボクが居候してる家、この上なんだ」
「上?」
「知らない?毛利探偵事務所だよ」
「ああ…注意力が足りなかったみたい。前に彼らとやり合ってたの、此処だったんだね」


そう言えば、赤井さんに呼び出されたビル、この位置から直線距離700ydぐらいの場所にあった気がする。
ずっとお店のランチの看板ばっかり見ながら歩いてたから、2階が毛利探偵事務所だったなんて気付かなかった。
平和ボケかしら。


「前って…」
「発信器と盗聴器が奴らの仲間についちゃった時、コナン君もいたんでしょ?」
「絵里衣さんもいたの?」
「赤井さんと、ちょっと先のビルの屋上にね」
「狙撃手だったなんて知らなかったよ。お気に入りはモスキートって言ってたし」
「狙撃手は私じゃないよ。撃てるのはハンドガンだけだからね」


個人的に、サンドイッチが美味しい喫茶店は流行るイメージがあるんだけど、此処は正直立地以外は大当たりだ。
コーヒーも私好みの味わいで、立地さえ良ければ毎日でも通いたいぐらい。

コナン君は何やら眉間に皺を寄せながらピラフを頬張っているが、その大人びた表情と頬にご飯粒をつける様は何ともミスマッチだ。


「食事が疎かになってるよ、小さな探偵さん?」
「うわ…っ」


紙ナプキンで拭ってやれば、頬を真っ赤にしてあたふたし始める。
こうしてるとただ照れてる小学生なんだけどな…。
顔付きも雰囲気も一気に変わるんだから、やっぱりただ者ではないよね。


「それで、音楽のテストは大丈夫そうなの?」
「う、うん」
「ほら、質問があるなら今のうちにどうぞ?次いつ会えるか分からないしね」
「じゃ、じゃあ…ボクと連絡先交換してくれる?」


小学生に上目遣いでおずおずと頼まれたら、例え教えたくなくてもNOとは言えない。
十中八九、音楽のテストのためでなく、FBIならびに組織に追われる身としての『私』目当てだと分かっていてもね。
連絡先は此方も知っている方が後々助かりそうだし、私としても良かったけど。


「さて…じゃあ私はそろそろ帰るから。元気でね、コナン君」
「あ、待って!ずっと気になってたんだけど…絵里衣さんって何処まで知ってるの?」


最後の最後で小さく落とされた爆弾が、不発弾でありますように。


「さぁ…多分何も知らないんじゃないかな」


毛利親子に手短に挨拶も済ませ、ウェイトレスの可愛らしい笑顔と声を背に喫茶店ポアロを後にした。
今日のこの行動は迂闊すぎたし…気を引き締めなければ、いつボロが出るか分からない。
私はまだ、バイオリン奏者の斎藤絵里衣でいないといけないんだから。
糸を見つけるまではね。


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