音楽発表会の練習後、モデルガンで脅かされながら持ち掛けられた頼みにOKを返すと、絵里衣さんは何処か清々しい表情で帰っていった。
自分と関わってしまった元太達を心配して、わざわざ身分を明かしてまでフォローを頼むなんて、一体何処まで先を考えているのか。

にしても、あの人もFBIだったとはな…。
これでバスジャックの時の落ち着きっぷりも、拳銃に慣れてるところも、オレと灰原に目を付けるのも全部納得出来るけど。


「信じるの?あの人のこと」
「ジョディ先生の知り合いみたいだし、訊けばひとまず身元ははっきりすんだろ」
「それすらも偽りかもしれないけどね」
「ああ…でも、アイツらの安全を守ろうとしてくれてんのは本当だろーぜ」
「そうでしょうね…わざわざ身分を明かしてまで頼んできたんだもの」


オレ達に疑われてんのが分かってて灰原とは立場も似ているから、親友であるジョディ先生の正体も知っているこのタイミングでの種明かしが、彼女の中ではベストタイミングだったんだろう。
謎は残ってるっちゃ残ってるけど、多分、悪い人じゃない。
寧ろあのことを思い出すぐらい───。


「それに、奴らから追われてて、身を隠してんのもマジだろーな」
「どうしてそう言い切れるわけ?」
「言ってたろ?東洋系の警察関係者の銃殺事件。あれの被害者の特徴、髪の色以外全部当てはまるんだよ。黒髪ってとこ以外がな」
「……!」


今の絵里衣さんの髪色は、恐らく地毛だ。
と言うことは、向こうではずっと黒髪だったってことだが、それは日本人寄りの顔立ちのせいか、はたまたフェイクか…。
ただ黒髪の彼女に会ったら、何処か灰原の姉さんと被りそうで、冷静ではいられなくなるかもしれない。
顔が似ているわけじゃなくて、何となく雰囲気が似ているのだ。
温かく穏やかで柔らかいモノが、冷たい薄い膜にすっぽり覆われてしまっているような。
だから灰原も、無意識のうちに疑いきれないんだろう。


「けど、正直まだ怪しいところは残ってんだよなー…」
「…本当にFBIって言うなら、尚更見せていないカードがあるでしょうね」


それは勿論そうだろう。
黒の組織に追われている身で、それでいて民間人を巻き込まないようにしているんだから。
でも、あの時のあの言葉はどう関係するんだ?


「ケージのプリンセス」
「ケージ?」
「絵里衣さんの父親と知り合いだって言うジェイムズさんが、彼女のことをそう言ったんだよ。後で間違えたとは言ってたけどな」
「アニマルショーの時の…」
「あの時歩美ちゃん達は、ケージを刑事だと思って訂正してた…が、発音は英語のcageだったはずだ」


何だcageって…動物を入れる籠?
エレベーターの箱?
収容所?
バスケット?


「一般的な意味なら籠…かしら」
「多分比喩だろーけどな…。それから、蚊なら鷲と狼に対抗出来るかもってやつもか」


この答えが彼女の正体であり、組織に追われる理由なんじゃないだろうか。
やっぱり、この辺りを解くにはジョディ先生に訊くっきゃないかな…。
奴らが絡んでるなら、彼女には見えるところにいてもらいたいし。
ああもう、考えなきゃなんねーことが多すぎる!







何となく愁いを帯びていたような灰原と別れて探偵事務所に帰ると、出迎えた蘭がおかえりといつもの笑顔と一緒に声をかけてくれた。


「どうだった?音楽発表会の練習」
「上手くなったと思うよ。バイオリン奏者のお姉さんが教えてくれたから」
「バイオリン奏者?」


ああそうか…コイツ結構音楽好きだっけ。
まぁ絵里衣さんが日本にいる間の仮の姿だから、コイツが知ってるはずないだろーけど。


「うん。斎藤絵里衣さんって言って、今怪我して療養中なんだって」
「斎藤絵里衣さん?あの人バイオリン奏者だったんだ」
「蘭姉ちゃん知ってるの!?」


知ってんのかよ!
まさかバイオリン奏者に同姓同名がいんのか!?


「うん。明るい長めの茶髪で、クォーターかハーフっぽい綺麗な顔の細身の人よね?こないだ引ったくりに遭いそうになってた時に、たまたま通りかかったの」
「そうだったんだ…」
「すっごく綺麗な人だったし、話をする時にわたし達の顔を見て静かに耳を傾ける姿が印象的だったから覚えてるわ」


多分、人間観察してたんだろうな。
人事部で、ましてや組織を警戒しているなら普段から人を観察していても不思議じゃない。


「コナン君、あの人と知り合いだったんだね」
「えへへ…次に会う機会があったら、蘭姉ちゃんのこと言っとくね」


まぁ、今のところはノーマーク…ただし射程圏内には入っていてもらうがな。
あいつらに繋がる糸、そう簡単には離さねーよ。


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