ベルモットにしてやられた我々───いや、私以外の日本で活動中の捜査官達は、彼女が医者に化けていた際に接触のあったとあるアナウンサーに探りを入れているらしい。
生憎そちらの明るい世界に知り合いのいない私は、大人しく民間人に紛れていろとの指令を継続中である。

言いつけを素直に守った私は、それはもう大人しくしていた。
極力家に籠もってPCの前に居座り続けたのである。
神経のすり減るような僅かな隙間を潜り抜け、辿り着いた大海原の水面を一気に浚う。
そして浚った後にもう一潜り───ここまでして漸く、母が母国で今も現役らしいという情報を掴むことが出来たのだった。
本当に手の掛かることをさせてくれる。
正直、私レベルで潜れる=罠という可能性も捨てきれないけれど、この世界でノーリスクなんて存在しないことはよくよく理解しているつもりだ。

そしてついでに、ではあるが面白い事実も判明した。
この間道端でぶつかって親切にしてくれたあのイケメンが、立場は違えど所謂此方側の人間だったのだ。
偶然か必然か、勿論前者であることを祈っているけど、世の中の狭さには脱帽である。

右腕につけた腕時計に目をやれば、いつの間にか結構な時間が経ってしまっていた。
そろそろ用意しなければ、待ち合わせに遅れてしまう。
いつもの楽器ケースにいつもの電子バイオリン、更にちょっとしたオマケが入っているのを確認してから、私は木馬荘を後にした。
向かうは帝丹小学校だ。








「これは?こう?」
「歩美ちゃんにはまだ大きいから、こう持つ方がいいかな」
「お、オレ結構上手いんじゃねぇ?」
「元太君筋いいね。でももう少し周りの音を聞きながらやると、もっと一体感がでるかな」
「絵里衣さん…」
「光彦君、練習でこの曲やってみる?」
「はい!」


音楽発表会の練習に付き合ってほしいと真剣な表情で頼まれたから、私も真剣に教えているつもり───なんだけど、此処に来てから視線がグサグサ刺さって痛い。
その主は、言わずもがなコナン君と哀ちゃん。
小学生らしく楽器の練習をしているようで、静かに私を監視しているのだ。
先日の誘拐事件で、ジョディがFBI捜査官であることや、例の組織が哀ちゃんを狙っていることは共有済み、更に大まかにFBI側の事情も説明済みらしい。
となると、彼ら彼女らを取り巻く人間のうち怪しい動きをした者に対して敏感にならざるを得ないのは必然で、私もその対象ということだろう。
まぁそれもそうよね。
逆の立場なら凄く怪しいだろうし。
でも勿論、私は哀ちゃんに危害を加える気もなければ、皆を危険に巻き込む気もない。
取引をするなら、今日だ。


「じゃあ今日の練習はこれで終わり。お手洗いに寄るついでに私が教室の鍵を返しておくから、皆は先に帰っていてね。先生にご挨拶もあるし、遅くなると思うから」


一頻り練習を終えて少年探偵団達にそう声をかけると、一緒に帰れないと不満を言われたものの渋々了承してくれた。
元気に手を振ってお礼を言いながら帰っていく皆を見送ってから、バイオリンケースの二重底を外し、中の物を取り出して一番近いお手洗いへと入る。
此処からなら、ケースを触る者の背後を取れることは計算済みだ。

するとすぐ、予想通り廊下を走る小さな足音が聞こえてきた。
声と物音を抑えて教室に戻ってきたのは、コナン君と哀ちゃんだ。


「ちょっと、貴方何して…!」
「おかしーんだよ」
「何が…」
「絵里衣さん、自分の楽器持ってきたくせに最初にせがまれて弾いただけで、すぐ直しちまった。あれは間違いなく電子バイオリンだったけど、このケースとサイズが合わねーんだよ」
「ケースのサイズなんて、メーカーによって多少違うんでしょ?」


驚いた様子の哀ちゃんを横目に、早口で説明するコナン君の手は机に置きっぱなしのバイオリンケースを慎重に、だが素早く開けていく。


「ああ違う。だが持っていたあのメーカーは、数ある電子バイオリンの中でも最軽量の物だ。絵里衣さんの体格からしてもアンバランスだし、腕の怪我が本当で、療養中なのが本当ならやっぱりアンバランスだ」


口を開けたケースに眠る電子バイオリンを見て、コナン君が息を飲んだ。
様々な楽器サイズに対応出来るタイプの、ビオラ用ケースであることに気付いたのだろう。
正確には、二重底にするために色々弄くったビオラ用ケースだけど。
ケースや楽器の扱い、知識…コナン君弦楽器経験者?


「やっぱりビオラ用のケースか…」
「それが何だって言うの?早くしないと、あの人が戻ってくるわよ!」
「杞憂ならそれでいい。ただ───」
「…まさか」


カコン、と二重底が外れる音がした。
気付くのも早ければ開けるのも早い。
小学生にこのスピードで攻略されるなら、対組織では全く役に立たないわね。


「二重底…!でも中に何もないってことは、絵里衣さんが…」


大正解。
気配を消してケースに夢中な彼らの背後を取ると、お気に入りの短機関銃、ベレッタM1938Aの銃口を向ける。


「探し物はこれかしら、小さな探偵さん?」
「!!」


自分もさぞ驚いただろうに、大きく目を見開いて固まってしまった哀ちゃんを庇うように、コナン君は前に出た。
カタカタ震える少女は、やはり私から感じる組織の影に怯えているのだろうけど、対するコナン君の度胸はさすがだ。
腕時計に手をかけているのが少々気になるところではあるが、それは次の彼のセリフで更に疑問を深めることとなる。


「モスキート!?」
「意外と蚊なら鷲と狼に対抗出来るかなって思って気に入ってるんだけど…見ただけで愛称を言えるなんて、拳銃にも詳しいのね。やっぱり普通の小学生とは思えない」
「それはこっちのセリフだよ、絵里衣さん。まさかケースにそんなのを隠してたなんてね」
「さすがに、本物のモスキートの大きさまでは知らない?」
「…!!」
「そう。そのケースにコレは入らないの。分かったら、その腕時計を使うのはやめてくれる?」


少年少女に向けていたモスキートの銃口を、自分の横の床へ。
コナン君を見ながらトリガーを引いてみせるが、弾は出ないし銃声も鳴らない。
この間買ったモデルガンだからね。
へなへなと崩れる哀ちゃんには、ちょっと刺激が強かったようだけど。


「ごめんね、哀ちゃん。貴女達、私を凄く疑ってたみたいだから」
「こんなことまでして…何者なの貴女…」
「わざわざボクが疑うように仕向けたんだから…教えてくれるんだよね?」


モデルガンを玩具だと見せつけるように分解し、元通り二重底にしまう。
そしてケースもしっかり閉じてから、彼らを振り返った。


「改めまして、連邦捜査局人事部の斎藤絵里衣です。ちょっと君達とお話がしたくてね…さすがcool kidだわ」
「連邦捜査局…FBI!?それにその呼び方…ジョディ先生とも知り合いなんだね?」
「ジョディとはFBI入局試験の時に知り合ったの。今では親友よ」
「で、そのFBIが何の用?あの話なら…」
「ああ、違う違う。私が個人的に用があっただけなの」


哀ちゃんが言い掛けたのは保護プログラムの件だろう。
経験者であるジョディが、哀ちゃんに話をするって言ってたし。
結局結論は聞いていないけど、今彼女が此処にいることが答えだろう。


「理由は全くもってサッパリなんだけど、私も哀ちゃんを追う奴らに追われてるみたいでね」
「絵里衣さんも…!?」
「多分親の関係だと思うけど…海外で東洋系の警察関係者が銃殺されてるの知ってる?あれ、私を捜してるかららしくて。だからまぁ何て言うか、哀ちゃんとはちょっと境遇が似てるのかな」


そう言うと、哀ちゃんの瞳がほんの僅かに揺れた。
大人びた彼女の心を垣間見たようで、この子も相当な重要人物だと脳が告げる。


「だからね、私は急に姿を消すかもしれないから…その時に歩美ちゃんと元太君と光彦君のフォローをお願いしたかったの」
「え…?」


警戒と動揺が入り混じっていたコナン君の体から、力が抜けたのが分かった。
私が身分を明かした理由が予想外すぎたからだろう。


「仲良くなるつもりはなかったんだけど、なっちゃったから。あの3人、見ず知らずの私の怪我も真剣に心配してくれた優しいいい子達なの。だから…自惚れかもしれないけど多分、私が何も言わずいなくなったり、死んだりしたら…凄く悲しんでくれそうで」


自分に何かあった場合、明らかに小学生に見えない、精神的に大人な2人に上手くフォローしてほしいのだ。
あの3人が、自然に私を過去の人に出来るように。
つまり酷く自己満足な話なのだが、2人は受けてくれるだろうか。


「………分かったよ」
「そう言うことなら…」
「ありがとう」
「でも、そんなことさせないけどね!」
「え…?」
「ボクは探偵だから。勿論絶対危ないことはしないって約束するけど……未解決のままサヨナラはさせないよ」
「そう…ありがとう。小さな探偵さん」








これでとりあえず、私に何かあってもあの子達に疑いはかからなくなるだろう。
もし探りが入っても、全く何も知らない民間人と思われるはず。
此方側はこれでいい。
万が一子供達を巻き込むようなことがあったら、私は死んでも死にきれないだろうから。


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