両親と連絡が取れない。
普通の家庭なら大問題だろうが、我が斎藤家ではそこまで大きな問題にはならない。
父も母も、この世界ではそこそこ有名人だからだ。
そして私も両親と同じ世界にいるのだから、音信不通な理由は大体分かるのだが───それにしても見付からない。
父も母も情報がさっぱり出てこないのだ。
最近の動向は不明でも、過去の資料ぐらい出てくると踏んでたんだけど…。
携帯に何度か連絡もしてみたが、メールは多分届いていて返信がなく、電話はずっと留守電で埒が明かない。

気分転換含めて朝のゴミ出しに外に出れば、大家さんの息子さんの開人君に会った。
ちょっと照れたように挨拶してくれるのが可愛い。
その後現れた大家さんが共用部分を清掃すると言うから、冬休み中の開人君と一緒に手伝えば、何だか心の中も綺麗になった気がした。

それから、大家さんの奥さんにお昼ご飯をご馳走になって、そのまま家に引きこもるのは勿体ないから散歩に繰り出してみた。
風は冷たいけど、だからこそ頭をクリアにしてくれる。
───やっぱり、いくら考えても、組織と私の繋がりを探るには両親の経歴を洗うのが一番だ。
でも母はまだしも、父に至っては今何処に所属しているかも怪しいところ。
あまりやりたくないけど、もう少し上のシステムを覗くしか……


「あっ…」
「すみません…っ!」


考え事をしていたせいか、人と擦れ違い様に鞄が引っ掛かってしまったらしく、勢いに負けた私は尻餅をついた。
咄嗟に右腕を地面についたせいで、未だに鈍痛を訴える傷跡がその存在を主張してくる。
声を出さず一瞬痛みを堪えたせいか、ぶつかった相手は親切にも片膝をついて、私に手を差し伸べてくれた。


「すみません、ちょっとぼーっとしてまして…大丈夫ですか?お怪我は?」
「いえ、大丈夫です。此方こそ不注意でした…ごめんなさい」


優しく左手を引いて立ち上がらせてくれたその男性は、私の上着だけでなく鞄もわざわざハンカチで払ってくれるという紳士ぶりを見せてくれる。
若干の居心地の悪さを感じながら礼を述べると、今度は何故か顔をまじまじと見つめられた。
同じ歳かもう少し下ぐらいだろうか、意志の強そうな瞳が魅力的な綺麗な顔立ちの人だ。
背も高いし、ぶつかった感覚から推測すると体もしっかり鍛えていそうだから、さぞモテるだろう。
……なんて観察してしまうのは、人事部の性かな。


「あの…」
「ああ、重ね重ねすみません。綺麗な瞳をされてるなって思って。薄めのブラウン…いや、グリーンも混ざっているからこの色合いなのかな。ご両親から受け継いでいらっしゃるのでしょう。とても素敵です」
「ありがとうございます…」


とりあえずお礼を言っておいたけど、もう目を合わせることが出来ない。
恥ずかしいだけじゃなくて…何だろう、この違和感。
一見、ただの虹彩の話だった気がしないでもないけど、まさか私の親を知ってる?
ちょっと待って、子供の瞳の色で親の瞳の色ってどれぐらい特定出来るものなの?
深読みしすぎ?
とにかく、こういう時はさっさと退散するのが吉だ。


「じゃあ私はこれで失礼します。本当にすみませんでした。ありがとうございました」
「あ、はい…此方こそ」


半ば強引に謝罪とお礼を繰り返し、逃げるように自宅へ戻ってきた。
ベッドに鞄を放り投げ、つけっぱなしだったPCの前に戻る。
せっかく心機一転頑張れるかと思ったのに、変な警戒心を解くためにPCに向かうことになろうとは。
お陰でシステムに入り込む踏ん切りがついたけど。
やはり最初は日本から攻めようか…警察庁に穴があれば有り難い。

しかし、この作業は一本の電話で即中断させられることとなる。


『お待ちかねの林檎狩りの時間だ…今すぐ用意しろ』








赤井さんの車に揺られ、到着したのは何の変哲もない雑居ビルの屋上だった。
向こうが埠頭なせいか視界がやけに開けていて、夜に移り変わろうとする濃紺と橙のコントラストが美しい。
髪を撫でていく冷たい風が心地好くて、まさか此処で今から狩りが行われるとは到底思えなかった。


「スコープからなら見えるだろう。必要だと思えば撃て」
「いや、ライフルなんて撃てませんけど。ハンドガンしか使えません」
「知っている」


詳しくないから名前なんて分からないが、赤井さんから如何にもなライフルを手渡される。
今日の私の役割は、此処から全体図の把握と管理、必要に応じて伝達とフォローらしいが、生憎私にスナイパーライフルを扱える技術は備わっていない。
例え扱えるとしても、ざっと見て700yd近く離れている此処からの狙撃に、精度は期待出来ないだろう。
見様見真似でスコープを覗き込んでみたけど、的が小さすぎて絶対無理だ。


「ん…?」
「どうした?」
「いえ、ジョディが…」


先程より少しライフルを移動させた先、本日の舞台に何故かジョディがいた。
しかも何か言ったらしく、ぞろぞろと待機していた他の捜査官達が持ち場を離れ始めたではないか。
誰が何処にいるか分からない今、持ち場を離れるのは少々軽率なのでは?


「…あれはジョディではない。今日の標的だ」
「ベルモット…!?」
「ああ。此方の策が読まれていたのだろう」


つまり、捜査官達は持ち場を離れたのではなく、完全に撤収させられたってことか。
スコープ越しにジョディが偽物で標的の変装だと見抜く彼はさすがだが、分が悪い感は否めない。


「今から捜査官を同じ配置につかせても、この状況をジョディに伝えても、此方の策を知っているなら結果は大して変わらないでしょうね」
「ならばこのまま、相手の策に乗ろうじゃないか…」
「まさか、最初からそのために私を…?」
「いや…可能性の1つではあったがな」


煙草に火を点けながら、赤井さんは埠頭を見下ろした。
捜査官達の撤収に成功していても、相手は此処に1人で来ることはないだろう。
だからと言って、複数で蜂の巣も地形からすればほぼ有り得ない。
ペアかトリオでフォローが無難だが、あの狭いスペースで全てが行われるのなら…。
私ならどう使うか。
私ならどう動くか。
相手はどう使うか。
相手はどう動くか。


「お前の考えで問題ない」
「…私の頭の中が読めるんですか?」


思わず頓珍漢な返しをしてしまったが、そこは見逃してもらいたい。
まさか、そんなセリフが飛んでくるとは思っていなかったのだ。


「俺の考えと大差ないだろう。通信さえ切れなければ、俺の方の音声はお前に聞こえるし、お前の方の音声は俺に聞こえる。それで十分だ」
「出番がないことを祈っています」








それから2時間後、何も知らないジョディは予定通りベルモットと対峙し、赤井さんの介入もあったお陰で、江戸川コナン、灰原哀、毛利蘭を巻き込んだ誘拐事件は少々の銃撃戦だけで何事もなかったかのように幕を下ろした。
スコープで全体図を見ることしか出来なかった私は、赤井さんにカルバドスの場所を伝えて日本警察と救急に連絡をしたぐらいしか働いていない。
分かってはいたものの、自分の無能さには反吐が出るわ。
所詮親の七光り…私自身は役立たずってね。


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