「結構買ってきたわね」
「当たり前!普段1人で寂しく飲んでる私の身にもなってよね」
「それもそうね。せっかく鳥籠のお姫様と会えたんだもの」
私がジョディの高層マンションにお邪魔して1分も経たないうちに、リビングのテーブルの上にはずらりと酒が並んだ。
ビールやチューハイという定番物からワインなどの洋酒まで、かなりの分量となっている。
今日はこの酒を浴びるように飲んでお泊まりの予定なのだ。
ジョディなんてもうお風呂にも入って準備万端だし。
間違いなく、酔って気持ち良くなってそのまま寝て朝にまたシャワー浴びるパターンだ。
「さて、アンティパストでも用意しますか…」
「じゃあカプレーゼね。エリーのは絶品だから!」
「カプレーゼに上手いも下手もないと思うけど…」
「それが全然違うのよ!」
ざっくり言ってしまえば、チーズとトマトにオイルかけてバジル飾るだけなのに…。
他に何か食料はあるのかと冷蔵庫を探れば、立派なメロンと対面した。
丸々としたそれはまだ熟しきってなさそうだ。
「ねえジョディ、メロン使っていいならプロシュート・エ・メローネも出来るけど…」
日本のハムとメロンだと好みが分かれるのよね、と続ける前に、インターフォンが鳴り響いた。
ジョディを見れば彼女も驚いた表情をしている。
私が来ると分かっている今日、他の人と約束をするはずなんてないし、この家にアポ無しで来る人なんて…。
怪訝に思ったのは彼女も同じらしく、立てた人差し指を口元にやってから受話器を取った。
「Who is it?」
『あ、ボ、ボクだよ、コナン…』
「Oh、クールキッド?」
『ちょ、ちょっと遊びに来たんだけど…』
「OK、OK、ちょっと待っててくださーい!」
耳を澄ませてインターフォン越しの会話を窺えば、訪ねてきたのはコナン君ではないか。
これは凄く宜しくない展開だ。
「エリー、悪いけどテーブルのアルコールを冷蔵庫に入れたら、寝室のクローゼットにでも隠れていてくれる?」
「了解」
そう言ったジョディはバスルームへ向かっていった。
風呂上がりを装うなら、テーブルの上の飲食物は全てしまうのが好ましいだろう。
靴は彼女がどうにかしてくれるとして、後は荷物を持ってクローゼットで音を立てなければやり過ごせるはず。
「Hi!お待たせしまーした!お風呂に入っていたのでーごーめんなさーい!」
高校英語教師に戻ったジョディが出迎えたのは、どうやらコナン君だけじゃないらしい。
可愛らしい声だけでなく、声変わりは済んでいるだろう少年の声も聞こえる。
標準語じゃなくて、関西弁みたいだけど。
「OK!トイレは玄関の横のその扉でーす!」
「あ、おーきに!」
ジョディが静かに寝室に戻ってきた。
バスローブ姿の彼女は服を選ぶついでに、携帯の画面を見せてくる。
『クールキッドと友人の服部平次君が来たから、彼らと夕食に行ってくるわ。
もう少し我慢しててね。』
こくりと頷けば、可愛らしくウィンクを返しながらクローゼットが閉じられた。
そう言えば、昔もこんなことがあったかもしれない。
まだ私がこの世界を知らなかった頃に、こんなこと───。
「!」
感傷に浸っていると、携帯が振動したのが分かった。
この長さは着信だ。
ジョディ達は出て行ったけど、此処で今声を出すのはマズい気がする。
そもそも、私に電話してくる人自体限られているけどね。
「………………」
やっぱりそうだ。
ディスプレイに名前の表示はないけれど、この下4桁は赤井さんの携帯だ。
出れません。
この状況では出れません。
とりあえず思い切って呼び出しを切った後、声を出したくない理由を簡単に記したメールを送っておいた。
彼の機嫌を損ねたくないからである。
今日のこのお泊まりだって、彼を根気強く説得して漸く許可をもらえたのだ。
尾行や盗聴がないことを何度もしつこく確認され、何度も注意点や対処法を聞かされ漸く漕ぎ着けたのだから、今更待ったは絶対に避けたい。
『分かった。
気を緩めるな。
解放されたら連絡しろ。』
やっぱり電話しないといけないのか。
有り得ない話だけど、赤井さんの携帯に盗聴器仕掛けられたら正体即バレするってぐらいには連絡取ってると思う。
私、そんなに頼りない?
「ただいま。もういいわよ」
それからたっぷり待たされて、やっとクローゼットから抜け出すことが出来た。
何でも、隣人が殺されてちょっとした騒ぎになっていたらしい。
外が騒がしかったから何処かで何かあったんだろうとは思ったけど、まさか隣で殺人事件とは。
「コナン君と…服部君?が来てたって?」
「ええ。さすが探偵…してやられたわ」
くすりと両手を上げてみせたジョディは、カメラをテーブルに置くと冷蔵庫から酒を取り出し始めた。
カメラの蓋が開いていて中が空ってことは、これが『してやられた』結果なのだろう。
ちなみに、服部君とやらは大阪府警本部長のご子息らしい。
「夕食は食べに行ってないのよね?」
「事件のせいでね。カプレーゼと…生ハムメロンだったかしら?」
「はいはい」
「ああそうだわ、エリー。まずはシェリーで乾杯といきましょうよ」
「シェリー?じゃあエントレメセス…カプレーゼじゃなくて生ハムメロンの方がいいか」
「カプレーゼも食べるわよ」
「私が言うのもあれだけど、異文化コミュニケーションね」
ジョディは事件現場の再現で既にシェリーを美味しくいただいた後らしいけど、気にすることなく私達はワイングラスで乾杯した。
ほろ酔いでご機嫌な親友はテーブルに置いたまま、キッチンを借りてリクエストのカプレーゼと生ハムメロンを用意する。
あ、そう言えば赤井さんに電話するの忘れてた。
手早く作り終えたカプレーゼと生ハムメロンをテーブルに置き、「先に食べてて」と声をかけてからベランダの方へ向かう。
数コールの内、彼の低い声が聞こえた。
「無事事件も終わって、今ジョディと飲んでます。この部屋に私がいたことは悟られていないかと」
『そうか…飲み過ぎるなよ』
「それ私じゃなくてジョディに言って下さいよ。シェリー飲んで既にご機嫌なので」
『シェリー?』
電波の先の赤井さんの様子が変わる。
食前酒として有名だし、お酒好きな彼は当然知っているであろう名前のはずだけど…。
ああ、そうか。
コードネームだ。
例の組織の地位が上の奴らは、酒の名前のコードネームがついているから、潜入捜査をしていた時に会っているのかもしれない。
それにしても、いい加減組織の情報を私に流してくれてもいいんじゃないだろうか。
きっと、知りすぎていれば私が疑われる可能性が高くなるから、最低限のことしか教えてくれないんだろうけど。
『お前達がシェリーなら、此方はジン・アンド・ビターズにでもするかな』
「きっと度数は高いんでしょうね…」
『そうでもないさ…』
赤井さんの「そうでもない」程信用出来ないものはない。
彼の普通は論外の域なのだから。
つくづく味方で良かったと思う。
「エリー?全部食べちゃうわよ〜?」
「食べてもいいけど、もう少し遠慮してくれてもいいんじゃない?」
ジョディの声が聞こえたらしく、携帯から笑いが返ってきた。
ここは元恋人同士だからね…きっと今の彼女の姿は筒抜けなのだろう。
私が知る赤井さんの情報は、ほぼ全てジョディの惚気からなのだから、当時はきっと上手くやっていたはずだ。
ただ仕事の都合上、これ以上同じ道は歩けなかっただけで。
正直、彼女が惚れるのが分かるぐらいカッコいいからね、赤井さん。
こうして、久しぶりの女子会は親友がさっさと夢の世界へ行ってしまったことにより、予定より早くお開きとなってしまった。
二足の草鞋で奴らを追い回す彼女のストレスが、少しでも軽減されていれば親友としては本望よ。
return