何度同じ行動を繰り返そうと、それは見事なまでの放物線を描き続けた。

ライトも消され静寂に包まれた体育館に1人佇んでいた彼の周りには、毎日嫌と言う程手にする球体が散らばっている。

もう連続何本放ったか分からないシュートは全てネットを潜っていたにも関わらず、何とも言い表せない虚無感に苛まれていた彼には何の喜びも与えることはなかった。


「今日の最後は赤司くんだったんだね」


そんな空気に似合わぬ声音に振り返れば、もうとっくに帰路についたと思われていた、先輩でありマネージャーである少女が様子を伺うように扉から顔を覗かせている。

誰よりも立場を理解し、誰よりも己の力量を嫌悪している彼女は、赤司からすればまさに二律背反を体現した存在だった。

尊敬、憧れ、慈悲、軽蔑───色々な感情が雁字搦めに駆け巡った後、最後の最後に残るのは逸脱したモノなのである。


「…お疲れ様です」

「お疲れ様。そろそろいい時間だと思うよ」


そう言われ壁掛けの時計に目をやれば、部活終了が告げられてからかなりの時間が経っていた。

無心に自主練に打ち込んでいたからだというのは分かるが、では、このマネージャーはこんな時間まで一体何をしていたというのか。


「先輩も遅くまで残っていたんですね」

「修くんと色々話してたらこの時間だったの。さっき先生に捕まって行っちゃったけど」

「……そうですか」


冷えた声でそう返すと、赤司は投げられたままになっていたボールに手を伸ばした。


「すぐに支度をするので待ってもらえませんか。もう遅いですし、送ります」

「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」


予想通りの返答をしながら、名前はこれもまた予想通り赤司の元へと駆けてくる。

そうして手慣れた様子で散らばるボールを拾うと、次々カゴへ収めていった。

───赤司の予想通りに。


「…っ」


突如強く腕を引かれた少女は、背中をぶつけた痛みに息を飲む。

壁に背と腕を押さえつけられる形となった名前の瞳は大きく見開かれ、その中には驚く程表情の消え去ってしまっている後輩の姿しか映り込んでいなかった。


「…………赤司くん、どうしたの?」


この状況で核心を躱すことが出来るのは彼女ぐらいだと、赤司は声にせぬままそっと賞賛を贈る。

全てが演技ではないかと思わせる程、彼にとって彼女は脅威ですらあったのだ。


「いえ」


ふ、と薄い唇に笑みが浮かぶ。


「無防備だな───と思って」


それに伴い細められた双眸は、獰猛な鋭さを携えたままだった。

その顔立ちからか、それすら艶やかな彼は緩やかに距離を縮める。

途端、名前の頬が瑞々しく蒸気した。

ただでさえ、腕を押さえられたまま壁と彼に挟まれているのだから当然と言えば当然なのだが、ゆっくり近付くにつれておろおろと動揺を見せる彼女の姿は化けの皮を無理矢理剥がされたような無垢な姿。

その震える唇に、赤司は自身のそれを優しく押し当てた。

見せつけるかの如く優しく、丁寧に、それでいて隙間なく。

その長い一瞬、動くことも出来ず固まってしまった唇を余すところなく堪能してから離れると、弛緩した名前はずるずると壁に支えられながら崩れ落ちていった。

それに合わせて元凶である赤司も膝をつく。


「…物理的な距離は、こんなにも容易く縮まると言うのに」


その獰猛さの奥に見える憂いに、高鳴る鼓動を押さえ込むのに必死であった名前が気付くことはなかった。


「名字先輩。貴女のことをもっと知りたい、と思うこの感情を、迷惑だと思いますか」

「……………思わない、よ」


絞り出された回答は予想通りであったが、赤司は穏やかに微笑むと、姿勢を崩さぬまま立ち上がった。

その単純な所作すら美しく思えるのは、ピンと伸びた背筋から見て取れる育ちの良さと彼自身の人を惹きつける力からなのだろう。


「帰り支度をしてくるので待っていて下さい」

「え?」

「送ると言ったはずです。異論は認めない」

「ええ?」


有無を言わさず颯爽と備品を片付けていく後輩の背を見送りながら、名前は困ったように眉を下げた。


「…………どこまで本気か分からないよ」


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