2月の14日。
その日は土曜日ではあったが、誠凛バスケ部はいつも通り練習に明け暮れていた。
カントク+マネージャーからのバレンタインプレゼントに、部員たちは色々な意味で号泣していたが、それもまた青春の1ページである。
そんなイベント事らしい盛り上がりを見せた部活もお開きとなった、数分後。
名前は動揺を露に目を瞬かせながら、目の前の青年を見つめていた。
背後は校舎であるし、青年の逞しい腕が両横を囲っているせいで四面楚歌、逃げ場はない。
名と同じ赤の双眸が、小動物のような反応を見せる名前を愛おしげになぞっていく。
「征十郎…」
「お久しぶりです、名字先輩」
名前の脳裏に疑問はいくつも渦巻いているが、それを言葉にする余裕がない程頭上に疑問符が浮かんでいた。
何故彼が誠凛の、しかも校舎裏にいるのだろうか。
そして何故、あれよあれよと言う間に今話題のシチュエーションになっているのだろうか。
「手荒な真似をしてすみません。こうでもしないと、静かに話せないと思ったので」
「それはいいんだけど…こっちに来てたんだね」
「はい。先輩からバレンタインをいただくために」
名前の目が更に丸くなった。
確かに今日は所謂バレンタインデーではあるが、文武両道だけでなく類い希なカリスマ性も備えているあの赤司征十郎であれば、強請る必要なく手に入るはずだ。
「ごめんね、征十郎たちに渡せないって思ってたし、それに今日会えるなんて思ってなかったから用意してなくて…」
「そうですか」
一瞬赤司の表情が翳った。
憂いを見せる端正な顔が視界を埋め尽くしているせいで、名前の胸を支配するのは感じなくてもいい罪悪感だ。
「…まぁそうだと思っていたので、持ってきました」
「え…?」
赤司が制服のポケットから取り出したのは、こじんまりとした箱だった。
見るからに高級そうなラッピングを容易く解くと、中から現れたのは、これまた高級そうなトリュフチョコだ。
「さぁ、どうぞ」
細長い指がそれを摘まみ、口元へと運んでくる。
当然抵抗など出来るはずもなく、名前は躊躇いがちに口を開いた。
するりと入ってきたのはトリュフチョコだが、やはり値が張るものなのだろう、舌触りが滑らかで、濃厚で、思わず頬が緩むような美味さではないか。
「お口には合いましたか?」
「うん、凄く美味しい…!」
「それは良かった」
蕩けるような美味さの後の蕩けるような後輩の笑顔。
油断していた名前を現実に引き戻したのは、急激に距離を狭めてきた赤い瞳と啄むように触れた唇だった。
「………っ…!?」
「ご馳走様」
ずるずると壁伝いに座り込んでしまった名前を見下ろしながら、赤司は至極優しく、それでいて怖いぐらいに楽しげに微笑んでいる。
そんな彼に心酔しながらも、名前は頬を赤く染めたまま彼を見つめ返した。
「おねだりの仕方はご存知ですか?」
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