今年のバレンタインデーは土曜日だ。

従ってその前日の金曜日、校内は本命チョコと義理チョコと友チョコの甘ったるい香りがこれでもかという程充満することになるのは想像に容易い。

案の定、13日の金曜日は授業中だろうが休憩中だろうが関係なく、とにかく綺麗にラッピングされたチョコが飛び交った。

そしてそれと同時に、学年でちょっとした有名人である名前の周りも騒がしくなったのである。


「ねぇ、名前。伊月君にチョコあげたの?」

「俊?明日部活で会うから、そのときに渡すつもり」


放課後、帰り支度をしていた名前を呼び止めたのは、去年も同じクラスだった友人たちだ。

目当ては勿論、名前の交友関係である。

付き合っていないのが不思議な程いい雰囲気な伊月と、もはや結婚しているのではないかと錯覚するような雰囲気の木吉。

今年はどちらとどうなるかが、男女問わず同級生の間ではちょっとした話題になっているのだ。


「じゃあ木吉君にも明日渡すんだ?」

「ううん、今から渡すよ。鉄平、明日の部活休むから」

「あぁ、そっか。今日はバスケ部休みだっけ……って今から!?」

「うん。此処まで来てくれるって」


あっけらかんと答えた名前だったが、周りの友人たち───聞き耳を立てていた者も含む───は揃って顔を覆った。

この2人の関係は相変わらず読めない。


「名前ー」


と、ちょうどそのとき、渦中の木吉が2─Aまでやってきた。

教室の扉を軽く覆ってしまう程の恵まれた体格の持ち主である彼は、近くにいた部活仲間である伊月に声をかけてから、名前に向かって手を振っている。


「すまん、遅くなった」

「遅くないから大丈夫。わざわざ来てもらってごめんね」


そそくさと木吉の元へ向かった名前は、一目でそれと分かる可愛らしいが少々大きめな箱を取り出した。

英字が散りばめられた薄い桃色の包装紙の縦横を、真紅のリボンが横切っている。

仄かに甘い香りがするような気がするのは、2人の周りの甘い空気のせいだろうか。


「開けてもいいか?」

「うん」


しゅるりと解かれたリボンが囲っていたのは、様々なお菓子だった。

定番の生チョコは勿論、チョコがメインのクッキーにフォンダンショコラ、マカロンにムース。

それらがぎっしりと詰まっているのである。


「今年はまた凄いな」

「皆に配ろうと思って、色々作ってみました。おじいちゃんとおばあちゃんにも宜しくね」

「どれも美味そうだ。ありがとう」


木吉の優しい瞳に見つめられ、名前は恥ずかしそうに目を伏せた。

味見も当然念入りに行っているし不味いものはないとは思うが、嬉しいやら安堵やらで、湧き上がってきたのは羞恥だったのだ。


「なぁ名前」

「ん?」

「食わせてくれないか?」

「「!!!!!!??????」」


木吉の発言に飛び上がったのは、当人の名前ではなく、行く末を見守っていたクラスメートたちだった。

ただでさえ恋人なし=フリーには拷問のような光景だと言うのに、まだ先を見ることになるらしい。


「………はい」


帰り支度の整っている木吉の肩には重たげな鞄、そして両手にはチョコ系お菓子が所狭しと詰まっている少々大きめの箱と、その蓋。

両手は塞がっており、また持ち直しなど身動きも取りにくい状態ではある。

それらを確認すると、食べやすいであろうクッキーを摘まんだ名前は腕を伸ばした。

引き寄せられるように降下してきた端正な顔立ちに見とれる暇なく、その唇の間へとそれは消えていく。


「やっぱり美味いな。来年も頼む」

「うん、分かった」


物理的どんどん2人の距離は近付いていくし、どんどん空気は甘く深くなっていく。

しかしそういう仲ではないというのだから、世の中不思議すぎるではないか。

結局動くことも出来なくて最後までばっちり見て聞いてしまった友人たちは、またも手で顔を覆いながら盛大に溜め息を吐いた。

木吉、これわざとじゃないよね?


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