所謂"簡単バレンタイン"のメニューに名を連ねる定番メニューではあったが、大人数に配るには都合がいいと言うことで今年は生チョコを手作りした。
それでもパウダーは定番の茶色だけでなく、緑や白など見た目で少しでも差が出るよう工夫したつもりである。
ちなみに今年のバレンタインデーは土曜日だが、誠凛バスケ部は通常運行ということで、部員+カントク+顧問と思い浮かんだ面々には当日中にサクッと渡すことが出来た。
───本命の1人を除いて。
「何か変な感じだな。名前とこうやって帰るのって」
「いつも先輩が送ってくれますもんね。でも今日はバレンタインなんで、私が先輩を送るんです!」
俊先輩は困ったように、でも綺麗に微笑むと、ありがとうと言ってくれた。
私の我が儘かもしれないけど、今日はいつもと違って、私が俊先輩を家まで送って、チョコを渡したかったのだ。
お菓子会社の陰謀だろうが何だろうが、今日は女の子が頑張る日なのだから。
私には勿体ないぐらい格好良くて優しくて大好きな彼氏……と言うと恥ずかしくて死にたくなるけど、自分の気持ちをちゃんと形にして渡したい。
そうこうしているうちに、目的地である伊月家の前へと到着した。
今がチャンスと、私は鞄からチョコの入った包みを取り出す。
「俊先輩、いつも色々お世話になってます。ありがとうございます」
「え、うん」
「あの…大好きです。今も、これからも。良かったら受け取って下さい」
まさか拒否されるとは思ってはいなかったけど、先輩は躊躇いもなく青い包みを受け取ってくれた。
「…ありがとう。こんなオレだけど、これからも宜しくな」
「こちらこそ!」
私が力強く頷いたのがいけなかったのか、先輩は少し目を瞠ったまま固まってしまう。
こんなところで地雷を踏むなんて、失態にも程がある。
「……なぁ、名前」
「はい」
「やっぱりオレ、このまま名前を1人で帰すなんて無理だ」
「……え?」
今度は私が目を瞠る番だった。
「だから晩飯食べて行かないか?ベッドならオレの使っていいし」
「それ、晩ご飯いただいた後にお風呂とかもお借りするパターンなんじゃ…」
「大丈夫、母さん達も名前なら歓迎するよ」
何だかそういう問題じゃない気もしたが、俊先輩の表情は至って真面目で、それこそ試合中のあの研ぎ澄まされたときの表情と似ている気さえする。
「でも…」
「名前のお母さんにはオレから説明するよ。娘さんをお借りしますってね」
そう言うと、俊先輩は私の手を引いて玄関の扉を開けたのだった。
ちなみにその後、俊先輩のことが大好きなお母さんは、私からの電話だけで即外泊許可をくれた。
家族公認みたいなのは嬉しくもあるけど、これからあの美形揃いかつダジャレ好きな伊月家に囲まれての夕食が待っているかと思うと、もういろんな意味で心臓が壊れそうである。
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