「分かった。邪魔者は退散するとして、宮地、此処を頼む」


肩を竦めてみせた大坪は、荷物を手早く纏めると部室を出て行った。


「大坪先輩……」


あの捨て台詞から察するに、名前の気持ちは筒抜けということではないか。

項垂れる名前を横目に、宮地は鬱陶しげに髪を掻きあげると大きく舌打ちした。

しんとした部室に、その音はよく響く。

途端背筋を伸ばした名前は、色々な意味で棒立ちとなった。

引退した3年生が今日部活に顔を出すと聞いて、大坪に渡したのと同じように、宮地用のチョコレートもしっかり用意してある。

がしかし、勿論渡せるような雰囲気ではないし、この状況で勇気も出なかった。


「なぁ」

「はい!」


反射的に返した声は、辛うじて裏返らなかったというぐらい不安定だ。


「全員分用意したのかよ」

「…何をですか?」

「さっき渡してたやつ」


突如訪れたチャンスに、名前は震える手を鞄に突っ込み、彼用に用意したのだと一目で分かるように装飾を施した包みを取り出した。


「人数が多すぎて、全員分はさすがに…。だから何人かと監督の分しか用意してないです」

「ふーん」

「その…迷惑かもしれないんですけど、宮地先輩のも……」


おずおずと差し出したのは、大坪のものより少しだけリボンが派手な箱。

見た目はそれぐらいしか違わないが、中身はそれは様々な意味で全く異なるものになっている。


「オマエ顔真っ赤じゃん」

「!」


慌てて頬に手を当てると、抑えきれない熱が伝わってくる。

これは指摘されるぐらい真っ赤だろう───だが、見上げる先、高い位置にある宮地の頬も朱に染まっているように見えるではないか。


「先輩…」

「っせーな、見んな」

「きゃっ」


チョコレートが手から離れたと同時に、大きな掌に目元を覆われる。

奪われた視界に都合のいい期待が混じり、心拍数はみるみるうちに上昇して壊れんばかりだ。


「来月、覚えとけ」

「───!」


吐息が触れる程耳元で囁かれたのは、優しい命令。

腰が抜けて座り込んだ名前の視界に、唇を尖らせ僅かに頬を朱に染めた宮地が入る。

胸にじんわり染み渡るのは、やはり彼が好きだという確信だ。


「さっさと終わらせんぞ」

「…はい!」


卒業を控えた先輩をただの涙だけで送り出さぬよう、来月勇気を出してみよう───そう思いながら、名前も仕事を再開させたのだった。


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