一瞬不穏な空気も漂った幼馴染みとの地元での飲み会は、征ちゃんの凛とした一言でお開きになった。
明日仕事組は文句言いながら帰り支度をしているけど、私はちゃっかり休みだから余裕はある。
しかもこれまたちゃっかり、今日は実家に泊まる手筈になっているのだ。
それをテツヤくんに言うと、彼は方向が同じだから一緒に帰ろうと言ってくれた。
さすがテツヤくん!
「あー、お腹いっぱい…」
実家までの道を歩きながら空に向かってグンと両腕を伸ばすと、自転車を押しながら横を歩いていたテツヤくんは僅かに笑いを漏らした。
「結構食べてましたしね」
「あれはあっくんのせいだって!涼太と大輝はやたらお酒飲ませようとするし!」
思い出したらちょっと吐き気してきた…。
向かいがあっくん、両隣が涼太と大輝だったせいで食べ物も飲み物も胃にかなり押し込むことになったのだ。
「…でも、楽しかったなぁ」
皆超煩くて超騒がしかったけど、楽しかった。
久しぶりのこのノリが、本当に懐かしくて温かくて。
「…ボクも楽しかったです。久しぶりに瑞希さんに会えて嬉しかった」
ふわりと微笑んだテツヤくんは、街灯に照らされた夜道でもしっかり分かるぐらい可愛かった。
見た目は優しくて可愛い感じなのに、中身は男前なんてズルいよね、テツヤくん。
顔も胸もぽかぽかするのは、きっとアルコールのせいだけじゃない。
「また時間あるときに相手してね」
「はい、こちらこそお願いします」
そんな風に余韻に浸りながら足を動かしているうちに、我が家に到着した。
ご近所さんであるテツヤくんの家は、この先の角を曲がってすぐのところだ。
お腹いっぱいだし、久しぶりに皆とはしゃげたし、明日仕事休みだし、今日はぐっすり眠れそう。
「一緒に帰ってくれてありがとう。すぐそこだけど、気を付けてね」
「ありがとうございます。…あの、瑞希さん」
少し躊躇ったような、意を決したようなテツヤくんが、ひらひら手を振って見送ろうとした私を引き止めた。
暗がりの中向かい合う私たちにロマンチックな雰囲気は漂っていない。
ただあるのは、少し様子がおかしい幼馴染みと色々いっぱいいっぱいな私だけだ。
「その…良かったら今度、デートしませんか?」
「デート…?」
「この間遊園地のチケットをもらったんです。なので瑞希さんさえ良かったら、一緒に行きませんか?」
勤務先でもらったチケットは少々廃れ気味の遊園地のフリーパスチケットのため、無料でアトラクションが楽しめるということ。
使用期限は来月末までということ。
今後仕事で行くことになるかもしれないため、出来れば行っておきたいということ。
テツヤくんは親切丁寧に、これらの理由を話してくれた。
廃れ気味とは言っても、世界的に有名な例のリゾートに敵わないだけで、私も昔はよく連れていってもらった遊園地である。
それに彼は保父さんなんだから、遠足でこの遊園地に行くことになるかもしれないんだし、せっかくのチケットも勿体ない。
何よりあのテツヤくんが誘ってくれたんだ。
断るなんて選択肢はない、けど。
「私でいいの?」
「え?」
「ほら、さつきとか、彼女とか、仕事先の人とか」
「瑞希さんがいいです」
間髪を入れず言い切られてしまったら、これ以上どうすることも出来ない。
「…………よ、宜しくお願いします」
「はい、こちらこそ」
どもりながら尻すぼみに返事をした私を見て、テツヤくんはそれは優しく儚く微笑んだ。
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