あれから1週間が経った。
あっくんの言っていた通り、あの新作ショートケーキの人気は凄まじいらしく、ニュースにも取り上げられているぐらいだ。
勿論お店は混みすぎて、そう簡単に入れないらしい。
私の職場でも話題のそのショートケーキを、実は既に友達サービスで食べたなんて誰かに言えるはずもなく、私はいつもその話が出たときは適当にぼかして相槌を打つしか出来なかったのである。
そんな日々を過ごして漸く訪れた休日、私はあっくんの店ではなくもっとローカルな喫茶店にやってきていた。
職場の近くにある個人経営のこの喫茶店は、隠れた老舗とでも言えばいいのか、歴史を感じる外観と時が止まったかのような穏やかな店内が心地いい喫茶店である。
三代目らしいマスターの人柄は勿論、何より此処のパンケーキは絶品だ。
そんなわけで、今日もいつも通り窓際のテーブル席を陣取ってパンケーキを頬張りながら、買ったばかりの雑誌に目を通していた。
───あの声が聞こえるまでは。
「いらっしゃ……あぁ、辰也くん。久しぶりじゃないか」
「お久しぶりです、マスター。この間まで仕事で日本にいなかったんですよ」
「そうかそうか。来てくれて嬉しいよ。いつものでいいのかな」
「はい」
その柔らかな声音とマスターの親しげな様子が気になって目を向ければ、一方的に見覚えのあるその姿に思わず声を上げそうになる。
全身を髪と同じ暗めの服で統一した細身ながらも男性らしい体躯、片目が隠れていても整っていると分かる顔立ち。
優しい声は初めて聞いたけど、あっくんの店で見かけたあのイケメンさんに違いない。
「そう言えば辰也くん、今度は何処に行ってたんだい?」
「アメリカですよ」
あぁ、何だかドキドキしてきた。
耳をイケメンさんへ傾けつつ、私は手元の雑誌を捲る。
すると、今度は見覚えのありすぎる姿が飛び込んできた。
「あっくん…」
そこにはあの新作ショートケーキの特集記事と、あっくんのインタビューが載っていたのである。
小さい頃は一緒にやんちゃなことだってしたし、今だって普通に話したりは出来る。
けど、こう見ると少し遠い世界に行ってしまったように思えて───寂しい。
あっくんだけじゃなく、よくメディアに取り上げられている征ちゃんや涼太にも言えることだけど。
「君、彼と知り合いなの?」
降ってきた声に勢いよく顔を上げれば、例のイケメンさんと目があった。
思わず息が詰まる。
そんな私の動揺が伝わったのか、イケメンさんは優しく目を細めて私の返事を待ってくれた。
「…あの、知り合いと言うか、幼馴染みなんです」
「へぇ…じゃあ彼に会うことがあったら伝えておいてくれないかな。ケーキ以外にも期待してるって」
「は、はい」
突然ごめんね───そう付け足して、イケメンさんはカウンター席へと戻っていった。
どうやらお手洗いのついでにこの雑誌が目に入ったらしいけど……まさか声をかけられるとは思わないでしょ。
とりあえず私は鞄の中から携帯を引っ張り出すと、あっくんにメールを送っておいた。
『ショートケーキ凄い人気みたいだね!
まぁあれだけ美味しかったら当たり前だろうけど。
ケーキ以外にも期待してるってイケメンさんも言ってたよ!』
その数分後、何故かあっくんから着信があり、美味しいのは当たり前だとか忙しくてめんどいだとかイケメンさんって誰だとか散々不満そうに喋られたけど、それがまたあっくんらしくて。
今度は、ちゃんとお店が開いてる時間に行こうかな。
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