目の前にこれでもかというぐらい積まれている緑の球体を眺め、私はとりあえず絶句していた。

いや、これはさすがに…ちょっとキツい。


「凄く美味しそうなんだけど…」


冷水でしっかり冷やされ、瑞々しく水滴の伝うそれは、暑い夏の海合宿真っ只中の今、それはもうキラキラと輝いて見えた。

つい先程、差し入れだとわざわざトラックで持ってきてくれた木村先輩のお父さんも凄くいい人だったし、きっとこのスイカも凄く甘いんだと思う。

でも。


「私1人で───?」


秀徳高校のバスケ部の部員数は、そんじょそこらの学校とは桁が違う。

しかも、勿論全員が参加してないっていっても、この夏合宿参加メンバーは皆よく食べるのだ。

更に、先輩のお父さんも空気を読んで、これでもかという量を置いていってくれたのである。

これを私1人で切って出して消化させろって…?

皆食べ尽くしてくれるならいいんだけど、この量は誠凛に分けるのも有りかもしれない。


「とにかく切らないと…」


一番上に積まれていたスイカをまな板に乗せ、私は包丁を握り締めた。

その立派な球体は中身もぎっしり詰まっているのだろう、包丁が小さく見える。

やや緊張しながら真ん中に押し当て切り進めていけば、思ったよりは簡単に赤い身が露になった。

綺麗に並ぶ黒い種も色鮮やかで、やっぱり美味しそう。


「うわ、木村の親父頑張りすぎだろ」


と、突如背後から聞こえた声に、私は危うく包丁を落としそうになった。


「宮地先輩!?」


颯爽とキッチンへ入ってきた先輩は、私を一瞥するのみで戸棚を漁り始める。

え、休憩中なんだろうけど、何で先輩が…?


「手、止めんな。終わんねーぞ、この量」

「は、はいっ」


ぶっきらぼうに言われ、私はすぐさまスイカへ向き直った。

皆がかぶりつきやすい大きさに出来るだけ早く切り分けて、どんどん皿へ盛っていく。

その横で宮地先輩もスイカをさくさく切り分けて───って、え!?


「ちょ、何してるんですか宮地先輩!」

「見て分かんだろ」


手慣れた様子で手を動かす先輩は、当たり前だろと蔑んでいるかのようだ。

いや、私でもそれぐらい見たら分かりますけど!


「名字1人じゃ3時に間に合わねーだろ。オラ、さっさと切れ」

「………はい」


先輩の言うことは間違いじゃない。

私1人じゃ、この量のスイカを時間までに処理出来ないもん。

宮地先輩を手伝わしてるぐらいなんだから、名字名前、本気で頑張ります。

ひたすら、ただ無心に切って盛って切って盛って切って盛って───


「名字」

「はい」

「口開けろ」


最後の一玉を切り終えた先輩に差し出されたのは、少し小さめに切り分けられた赤い甘そうなスイカだった。


「え?せんぱ…」

「ぐだぐだ言うな食え」


有無を言わせず押し込まれたスイカを咀嚼すれば、想像以上の甘さが口中に広がって染み渡っていく。

美味しい。

超美味しい。


「美味いか?」

「はい!」

「ん」


それで満足したのか、宮地先輩はさっさと後片付けをし背を向けた。

本当に手伝うためだけにこっちに来てくれたんだ…。


「宮地先輩、ありがとうございました」

「オマエが一番に食わねーで誰が食うんだよ」


振り向き様に僅かに口角を上げると、先輩は今度こそ練習に戻っていった。

木村先輩の家のスイカだけど、3時になったら真っ先に宮地先輩のところに持っていきたいな、なんて。




───ちなみに3時、案の定スイカが多すぎて私だけじゃ運べないのを見越した先輩が部員皆をキッチンに連れてきてくれたから、真っ先に持っていくどころじゃなかったのはちょっと残念でした。

私らしいっちゃ私らしいオチ…かな?

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