「…何でこうなるかな」


名前は浴衣の裾を払いながら独りごちる。

さっきまで隣にいた友人は、人が変わったように怒り狂いながら人混みへと消えてしまった。

もし彼女の言う通り、先程見かけた男女の片方が彼女の彼氏だったならば、今頃楽しい夏祭りの一角でそれは激しい修羅場が繰り広げられているに違いない。

致し方ない結果とでも言えば良いのか、取り残された名前は楽しげな喧騒を横目に溜め息を吐いた。

友人はおそらく帰ってこないだろうし、幸い此処はまだ夏祭りの会場の外れ、十分引き返すことが出来る場所である。

せめて友人にメールでも入れておこうと携帯を取り出したところで、名前の視界に見知った人物が飛び込んできた。


「桜井くん?」

「あ、名字さん…」


夏休みではあるが部活帰りなのだろうか、制服姿の桜井は大きな瞳を瞬かせている。


「部活?」

「はい、スイマセン!」

「え!?いや、それは全然いいんだけど…」


休みの期間暫し顔を合わせていなかったが、桜井は名前の記憶から寸分たがわぬままだ。


「名字さんはお祭りに?」

「うん。まあ相方は彼氏のところに行っちゃったんだけど」

「…?」


苦笑混じりに説明すれば、同じクラスである桜井は大体事態を把握したらしく、困り顔で相槌を返す。


「じゃあこれから1人で…?」

「まさか。1人で夏祭りはちょっとさすがに…ね。出店も回れてないけど、大人しく帰るよ」


浴衣まで着ていかにも"夏祭り"という格好をしておきながら、友人に放置された挙げ句1人でこの場を楽しむという選択肢を選ぶには、かなりの量の勇気が足りない。


「勿体ない…せっかく浴衣なのに…ってスイマセン」

「いや謝られても…」

「スイマセン、ボクなんかが可愛いって思っちゃってスイマセン!」


今度は名前が目を瞠る番だった。

仄かに桜井の頬が朱に染まっているのが、お世辞ではないと訴えているようである。


「とりあえず謝らないでいいから!むしろ褒めてくれてありがとう…でいいのかなこれ!?」

「スイマセン、スイマセン!」

「いやだから桜井くん…」


ふるふると震えながら頭を下げ続ける桜井に、名前はツッコミを入れながらも困惑していた。

そもそも同じクラスといっても部活も違えば仲の良いグループも別、かと言って2人の仲が悪いわけでもないのだが、要は微妙な間柄のただのクラスメイトなのである。


「あの…もう帰るんですよね?」

「うん、そうだけど…」

「どっちですか?」


一体何が彼を追い詰めたというのか、壮絶な弱肉強食の世界に生きる草食動物の如き桜井は、どうやら夜道を送ってくれるつもりらしい。

彼の台詞からそれを読み取った名前の脳裏に、1つの名案が過ぎる。

高鳴る鼓動に震える唇、暑いはずなのに悴んだように痺れ出す手。

それらが示す答えは───


「桜井くんは、この後時間ある?」

「あります…けど」

「私、本当はかき氷も食べたくて、林檎飴も狙ってて、小さい子用のおもちゃしか景品がないようなくじ引きもしたくて……それから花火も見たかったんだ」


ピクリと桜井の肩が跳ねた。

可愛い系男子として定評のある彼は、けして馬鹿ではない。


「…いいんですか?一緒に回っても」

「桜井くんさえ良かったらだけど」


嬉しそうに上がりかけた彼の口角が───次の瞬間見えなくなった。


「ボクなんかが…スイマセン、ほんとスイマセン!」

「それ、行ってくれるのかくれないのかどっちなのかな!?てか何で私そんなに怯えられてるの!?」


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