「…っあー、まじキツいコレ」


両手でハンドルを強く握り締め、足にひたすら力を込めてペダルを回す。

椅子には座らず全体重を以て前へ進もうとしているのだが、その自転車は後ろの大きな荷物のせいか、とろとろと進んでいるのかいないのかといったぐらいのスピードしか出ていなかった。


「ちょっと和成ー、さっきから全然進んでなくない?」

「そりゃ普通の自転車じゃなくて、人2人乗ったリヤカーも引いてるからな…っ」

「もー、バスケ部レギュラーなんだから、それぐらい余裕でしょ?海見えてるのに…後そこ下るだけじゃん」

「レギュラー関係ねーし!つか下る前にこの上りがあんだよ」


リヤカー付きの自転車を必死の形相で漕ぐ高校生というだけでも人目を引くというのに、リヤカーには同じく高校生の男女が乗っているのだからそれはもう滑稽な光景である。

ちなみにリヤカーで大人しくしている男子高校生の手には、自販機でも滅多にお目にかからない"おしるこ"の缶が握られているのだが、通行人の中に缶にツッコミを入れる者はいなかった。


「つか、名前が海行きたいっつーのは分かるんだけどさ、ちっさい頃から毎年海海言ってたし…。何で真ちゃんもついてくる気になったの?」

「…別に大きな理由はない。ただ夏らしいことをしたかっただけなのだよ」

「まあ夏休みって言っても、毎日バスケしかしてないもんね」


じゃんけんに負けたため例の如く自転車を漕いでいる高尾と、リヤカー上で悠々とおしるこを啜っている緑間、そして名前の3人は揃って歴史ある秀徳バスケ部所属なのである。

夏休みは勿論バスケ一色、遊びや勉強も組み込まれはするも、基本バスケに始まりバスケに終わる1日ばかりだったのだ。


「んじゃまあ、ウチのエースとマネージャーのためにも、もう一頑張りしますかね…」


頬を伝う汗を袖口で雑に拭うと、高尾は諦め混じりに上り坂に挑んでいった。









「…海だ」


念願だった砂浜に自転車+リヤカーが到着するや否や飛び降りた名前は、目の前に広がる青に全てを奪われているようである。

羨望や憧憬とでも言えばいいのか、その後ろ姿からは哀愁のようなものすら漂っているようだ。


「……?」

「あー、アイツ海とか水族館とかもすげー好きなんだよ。なんか懐かしい気持ちになるって」


不思議そうに目を細めた緑間の肩に手を置くと、高尾はどこか愛おしげに苦笑してみせる。

肩に乗った彼の腕を軽く振り払うと、緑間は名前の隣へ歩みを進めた。


「…そんなに好きなのか」

「大好き」

「海で泳ぐには遅いが、水遊び程度なら出来るだろう。…リクエストの花火も用意してあるのだよ」


今まで真っ直ぐに海だけを見つめていた双眸が、瞬時に緑間へと向けられる。


「ほんと!?"花火など無駄なのだよ"って言ってたのに!?さすが真ちゃん!ありがとう大好き!」

「高尾を思い出すから、その呼び方はよせ」

「ちょ、名前も真ちゃんもオレ抜きで盛り上がるのやめてくんない?いっちばん苦労したのオレなんですけど!」


不満を言いながらもいそいそと裸足になると、高尾は名前に向けて手を差し出した。


「ほら行くぞ」

「…うん!」


今となっては邪魔な靴を脱ぎ捨てると、太陽に温められた砂浜の熱が直に伝わってくる。

しかし一度海へ足を浸けてしまえば、その痛いぐらいの熱さは消え去ってしまうのである。


「緑間くんも行こう?私実は泳げないんだよね」


未だ空いている手を差し出され、緑間は二重の意味で面食らってしまった。

明るいようで影があるようで、分かりやすいようで全く読めない───まるで漣のようではないか。


「……世話が焼けるのだよ」


言い聞かせるように呟いてから、緑間はその手に己の手を重ねたのだった。

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