「君みたいな子を置いていくなんて、友達も薄情だね」

「どっちかと言えば置いていってもらったんで…」

「そうなんだ。結構人多いし、合流は大変そうだね」


と、ここで名前のカンが何かを察した。

心臓が、針でも刺さったかの如くチクリと痛む。

そしてその自身が示すシグナル通り───男の腕が名前の肩へと伸びた。


「ちょっ…」

「大丈夫、この人の数だよ?カップルだって多いんだ、誰も異変には気付かない」


耳元で吹き込まれた不吉な忠告に、名前は唇を噛んで身を固くする。

確かに綺麗に整っている男の相貌が、今はもう獲物を仕留める直前の肉食獣のようにキツく蠱惑的に歪んでいた。

人々で賑わうこの時期の海、男が言う通りカップルだって多いのだから、この状況に気付き手を差し伸べてくれる人もいないだろう。


「せっかくだし、名前教えてもらっていい?その方がお互いイイと思うし」


甘い猫撫で声も不快でしかない。


「答えたくない?カワイイ顔が暗くなってきたけど」


返事をすることなく、名前はチャンスを窺っていた。

どうにかこの男から逃げて、あのカラフルな仲間たちのところへ戻らなければ───


「名前!しゃがめ!」


突如飛び込んできたその声に、名前は体で反応した。

凄まじい速さでしゃがんだ彼女の頭上で、男が鈍く声を上げる。


「悪ィな、オニーサン。そいつオレらのツレなんだわ」

「そーそー。迎えが来たんで、もういいっスよ」


足元をころころと転がっていく、バスケットボール柄のビーチボール。

名前が視線を上げた先には、色鮮やかな彼らが待ち構えていた。


「ハー…名前ちん何やってんの〜?」

「…無事なようだな」


面倒臭そうではあるが、紫原がへたばっていた名前を抱え上げると、緑間がすぐに双眸を細め様子を窺う。

続いて、男を威嚇していた青峰と黄瀬がぶつくさ剥れながらも名前の頭を雑に撫でた。


「名前っち、今日はもうオレから離れちゃダメっスよ!」

「オマエといたらそれはそれでややこしくなんだろーが。つか、さっさと戻らねーと」


無事に迷子を救い出し、目的を果たした少年たちは、ぞろぞろと自分たちのパラソルへと踵を返す。

鼻の奥がツンと痛くなるのを耐えながら、名前は目の前で揺れる紫の髪に顔を埋めていた。









「名前っ!もー心配したんだから!」


名前がパラソルの下、陰になったシートへ降ろされるや否や、涙ぐんださつきが飛びついた。

その温かさに、再度名前の涙腺もゆるんでいく。


「大丈夫ですか?」

「うん…ありがとう、ごめんね」


横からかかる優しい声は、桃色の少女と同じくパラソルで待機していた黒子のものだ。

その彼の後ろで、宝石の如く綺麗な赤い瞳が何かを告げている。

声無きまま唇が動いたと思うと、次にしっかり紡がれたのは予想通りの指示だった。

"おかえり"、それから───


「名前は今日、たった今から僕の視界から消えることを許さない。いいね」

「…………………はい」

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