1年に数度しか出番がない浴衣に袖を通し、苦しいのを我慢しながら帯を締める。
どうせ汗やら何やらで気にしてられなくなるから、化粧はいつもよりはナチュラルめに。
その代わり髪には気を使って、スプレーやら櫛やら総動員で派手めにセットした。
少々歩きにくいのもご愛嬌、ちょっとでも可愛いって思ってもらえたらいいなぁなんて、ワクワクしながら待ち合わせ場所へ行ったら───そこには見慣れない彼が立っていた。
いや、確かに待ち合わせ相手は彼である。
でも、その、えっと…
「名前?」
「はいっ!」
「え、何そのリアクション」
名前を呼ばれただけなのに、変な返事をしてしまった。
"何かあった?"なんてきょとんと辺りを見渡す俊先輩は、いつもの制服でもなく、見慣れた練習着でもなく、数度見たカジュアルな私服でもなく───
「ごめんなさい、俊先輩が浴衣だったから」
浴衣だったのだ。
多分言葉に出来ないというのは、これのことを言うんだと思う。
スポーツマンであるものの、屋内競技のせいかあまり日に焼けていない肌に紺の浴衣。
そのコントラストも綺麗だけど、スッと着こなす先輩がただただ綺麗で。
和服が似合うだろうと思っていたけど、分かっていたけど…負けた。
「姉さんが着てけって言うから、着てみたんだけど」
「凄く似合ってます!」
「そう?」
穏やかに目元を和らげる先輩に、私は大きく首を縦に振るしか出来ない。
「そう言う名前も浴衣似合ってる。可愛い」
「えっ…………ありがとう、ございます」
"可愛い"が脳内でループする。
嬉しくて幸せで、この暑さに紛れて溶けてしまいそう…なんて大袈裟かな。
「行こっか」
「はい」
差し出された手に手を重ねれば、俊先輩はゆっくり歩き出した。
此処から神社はすぐのため、明るい屋台に挟まれた道を歩いていけば徐々に人混みへと飲まれていく。
不安になって繋いだ手に力を込めたら、"どうした?"って瞳が向けられた。
「何でもないです」
「ならいいけど…欲しいのあるなら言えよ」
「はい」
「あと、手は離さないこと」
「はい?」
え、それって…
「さすがに人多いし、見失うかもしれないだろ」
「見失われないように頑張ります」
「何だそれ」
先輩とずっと手を繋いでいられるチャンス、そう簡単に手放すものですか!
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